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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
9.「決戦前夜の波乱」編
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116 双方、策を練れ

「能見の場合は、力を使いさえしなければ大丈夫そうだ。適量を守っている限り、ゼリーを食べても問題はないだろう。――けど、咲希さんは違う。少しでもゼリーを摂取すれば、怪人化する恐れがある。今は水だけで凌がせているけれど、長くはもたない」


 時間がないのだ、と芳賀は暗に示した。


 一般に、人が水だけで生きられるのは一か月だと言われている。もっとも、これは運動などで体に負荷をかけず、安静にして過ごした場合だし、その人の有する脂肪量によっても異なってくる。


 現在、咲希は部屋で大人しく寝ている。しかし彼女には、「薬剤による肉体変化」という人類にとって未知の現象が起きようとしているのだ。当然、体への負荷は半端ではないだろう。スレンダーな体型で脂肪が少ないことも考慮すると、咲希に残された時間はそう多くないと思われた。


「だから、僕たちがやるしかないんだ。スチュアートを撃破して、咲希さんを助ける方法を彼から聞き出す」



「……でも、そんなに上手くいくかな?」


 陽菜の瞳が、不安そうに揺れる。


「芳賀くん、覚えてる? 管理者のオーガストを問い詰めてたとき、アイザックが乱入してきたよね。あのとき、アイザックは『スチュアートに頼まれた』って言ってた」


「ああ。覚えているよ」


 予知能力を使って陽菜が警告してくれていなかったら、皆やられていただろう。突然現れた第二の管理者・アイザックは、赤い稲妻を扇状に放って奇襲を仕掛けた。


 彼の狙いはナンバーズのみならず、自分たちの正体を明かそうとしたオーガストの始末でもあった。



「たぶん、スチュアートは秘密が漏れることを嫌ってるんだと思う。もし彼を尋問したとしても、私たちが知りたいことをすぐ話してくれるとは考えにくいかも」


 陽菜の言うことにも一理ある。スチュアートはこれまで、徹底した秘密主義を貫いてきた。能見の持つ力について警告してきたことこそあったものの、あれは戦略の一環だ。能見を動揺させて戦いから遠ざけ、ナンバーズの戦力ダウンを狙ったものである。


 しかし、だからといって戦わないという選択肢はない。


「それでも、やるしかない。他に方法はないんだ」


 思いつめた表情で、芳賀は静かに告げた。作戦の立案を担当し、長きにわたって仲間たちを支え続けた彼でさえ、今回ばかりは妙案が浮かばないようだった。


「能見のことだ。僕たちがピンチに陥ったと知れば、彼は必ず戦おうとするだろう。……今度こそ絶対に、能見の力は借りない。戦えば怪物になってしまう人間を、戦わせるわけにはいかない。残っている僕たちだけで、スチュアートを倒すんだ」



 机上に置かれているのは、武装ガジェットのうちの一つ。先ほどの戦闘で不具合が生じた、左腕に装着していたものだ。


 薄暗いモニタールームの中で、ガジェットの赤いランプが明滅している。かつてはオーガスト、アイザック、ケリー、スチュアートの四人で使っていたこの部屋も、今は彼一人だけのものだった。


 部屋はやけに広く感じられた。


 壁一面を覆うモニター。碁盤の目のように細かく区切られたそれは、画面の半数以上がブラックアウトしていた。ナンバーズの手で監視カメラの多くが破壊され、被験者の動向を細かく観察することはもはや困難だった。



 デスクチェアーに腰掛け、修復を終えた武装ガジェットを眺める。


「……こんなはずではなかった」


 ややあって、深緑の怪人は机に拳を叩きつけた。鋭い爪をそなえた指が、怒りのあまりわなわなと震えている。


 だが彼は、ケリーを失ったことを嘆いているのではなかった。彼らの種族は同胞意識が希薄で、仲間の死にいちいち動揺したりはしない。第一、それほど仲間思いな性格であれば、口封じのためにオーガストを殺すわけがない。


 スチュアートが苛立っているのは、手駒の数が減りすぎたからだった。いくら頭が切れ、武装ガジェットが強力だとしても、彼一人で街全体を管理するのは困難をきわめる。



「正直、ナンバーズの実力を少し見くびっていたかもしれないな。まさかアイザックに続き、ケリーまでも倒されるとは」


 他に誰もいない部屋で、独り言ちる。


 アイザックとの一騎打ちに臨んだ際、トリプルシックスは潜在能力のすべてを解放したように見えた。肉体が変化することをも辞さない覚悟で、能見は圧倒的な力を発揮した。その力はアイザックをも凌駕し、完膚なきまでに彼を叩き潰したのだった。


 そのトリプルシックスが直接手を下さずとも、ナンバーズはケリー相手に善戦した。菅井や武智ら、かつては管理者に味方していた者たちも牙を剥き、見事な連携攻撃で迫ってきた。


 トリプルゼロを処分し、彼らに取り引きを持ちかけたのがそもそもの間違いだったのだろうか――そんなことまで考えてしまうほど、スチュアートは弱り切っていた。


 計算外の出来事が続き、彼は狼狽し、焦っていた。



「……考えろ。考えなければ。ナンバーズに対し、私が今取るべき方策は何だ?」


 出し抜けに椅子から立ち上がり、怪人はモニタールーム内をうろうろと歩き回った。並外れた頭脳がフル回転し、十歩と進まないうちに歩みを止める。


「そうだ。いっそのこと、一旦ナンバーズを放置してはどうだろう?」


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