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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
9.「決戦前夜の波乱」編
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114 男の喧嘩

「……俺のせいだ」


 なぜ気づいてやれなかったんだ、と自分自身を責める。不甲斐なさに顔を歪め、能見は膝から崩れ落ちた。自分でも意識しないうちに、視界が涙でぼやけていた。


「元はといえば、俺が悪かったんだ。オーガストを倒すために、俺は咲希さんの力を借りようとしてしまった。その後も何度か、彼女に頼ってしまった。それが積み重なって、咲希さんの体を蝕む結果になってしまったんだ」


「……違うよ。能見くんのせいじゃない」


 打倒オーガストのための作戦は、陽菜と芳賀もいる場で決定された。ゆえに彼女も、咲希に力を使わせたことで、一定の責任を感じずにはいられなかった。


「あのときはまだ、能見くんの力にデメリットがあるって誰も知らなかったでしょ? 言い方は悪いけど、荒谷くんの意見は結果論だよ」


「そうだ。能見だけに責任を押しつけるべきじゃない」


 必死にフォローする陽菜と、彼女に賛同する芳賀。しかし荒谷は、そんな二人をぎろりと睨みつけた。


「――お前らは少し黙ってろ」


 そして能見に近づき、肩に手を置く。


「俺とこいつの二人だけで話がしたい。悪いけど、しばらく放っておいてくれないか」


 自分の力が咲希を傷つけてしまった。その事実に耐えられず、能見は打ちひしがれていた。涙が止まる気配は、まだない。


 一方の荒谷も、行き場のない怒りを全身から滲ませていた。恋人が人の姿を失うかもしれないという悲劇的な状況に直面し、彼は半ば自暴自棄になっていた。


 あまりの気迫に、陽菜も芳賀も言い返すことができなかった。



 引きずられるようにして、アパートの外へ連れ出される。


 芳賀が支配下に置いているエリアであるため、よその被験者が乱入してくる心配はない。アパート群に挟まれた人気のない通りで、二人は向かい合っていた。


「……分かってはいるんだ。元はといえば、俺たちに薬剤を投与した管理者が悪いんだとな。対オーガスト用の作戦も、管理者に対抗するにはああするしかなかった、と理解しているつもりだ」


 生気のない、虚ろな目をした能見と対峙し、荒谷は独り言ちた。彼の目には、少しの迷いと圧倒的な憤怒が映っていた。


「我ながら、道理に合わないことをしていると思う。理不尽だと思う。それでも俺は、お前のことが恨めしい。咲希をあんな状態にさせたお前が憎い」


 拳を固く握り締め、荒谷は猛然と駆けた。「うおおおっ」と叫び、右腕を大きく振りかぶる。


「……なぜだ。なぜ、咲希に力を使わせたんだ!」


 悲しげな雄叫びが、街にこだまする。



 ガン、と鈍い音がしたのち、能見は無様に倒れた。左の頬を強く殴られていた。口の中は血の味で溢れている。


 彼は全く抵抗せず、荒谷の殴打を受けた。能見自身、咲希が怪人化しつつあることに責任を感じていたからだ。自分は殴られて当然なのだ、と思っていたからだ。


「答えろ、能見!」


 だが、すべてを受け入れたような能見の態度は、逆に荒谷の癪に障ったらしい。苛立ったように吠え、彼は能見の上に馬乗りになった。胸倉を掴み、挑発する。


「なぜ咲希に力を使わせたんだ。お前が答えるまで、俺はお前と戦う!」


「……すまなかった」


 執拗に痛めつけられてもなお、能見は抗わなかった。血の混じった唾を吐き出し、涙ながらに言葉を紡ぐ。


「知らなかったとはいえ、結果的に俺は、咲希さんを怪人へ近づけてしまった。お前にとって大切な人を傷つけてしまった。どれだけ謝っても、許されることじゃないかもしれない」


「能見、お前……」


 ぎらぎらとした目で、荒谷は彼の顔を覗き込んだ。胸倉を掴み手に、さらに力がこもる。



「聞けば、菅井たちが共闘を申し入れてきたとき、お前や陽菜さんは渋ったらしいじゃないか。林愛海を殺した奴らと手を組むわけにはいかない、と言ってな」


 お前はあのときの菅井と同じなんだよ、と荒谷は言い放った。


「能見、お前にあいつらを責める資格はなかった。菅井たちと同じように、お前だって気づかないうちに誰かを傷つけていたんだよ。それが愛海だったか、咲希だったかという違いがあるだけだ」


 荒谷がもう一度、拳を振り上げる。奥歯を噛みしめ、何かに耐えるような面持ちでそれを叩き込もうとする。


「……愛海を殺したあいつらをお前が許せなかったように、咲希を怪人化させつつあるお前を、俺は許すことができない。こうでもしなければ、俺の心が静まらない!」


 彼の気持ちは痛いほど理解できた。今度も能見は、一切抵抗しなかった。


 運命を受け入れ、能見が目を閉じる。彼の歯を砕かんばかりの勢いで、荒谷の拳が迫った。


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