113 「6」番の呪い、再び
「前から不思議だと思っていたんだ。咲希が敵の能力をコピーできるのは、どういう理屈なんだろうってな」
鋭い眼光を、荒谷は能見から片時も離そうとしない。
「被験者一人一人には、それぞれ異なったパターンで薬剤が投与されている。そして、それに応じて能力が使えるようになっている。だが咲希は、自分の投与パターンでは本来使えないはずの力を使いこなせた」
「何を言ってるんだよ、荒谷。咲希さんの能力と俺に、何の関係があるっていうんだ」
口を挟んだ能見を、荒谷が睨みつける。
「――こういう仮説を立てればどうだ? 咲希は力をコピーするとき、相手の投与パターンをも模倣していた。だから、どんな種類の能力であっても扱えた」
「それが……」
「どうかしたのか」と言いかけて、能見の口は半開きのまま動かなくなった。彼はようやく、荒谷の言わんとするところを理解したのだった。
戦慄が走った。もしや、自分は彼女にとんでもないことをしてしまったのではないか。
「やっと呑み込めたようだな」
フン、と荒谷が鼻を鳴らす。
「お前の力をコピーするたびに、咲希は『666』の投与パターンを身に宿していた。そう考えれば、すべて辻褄が合うんだよ。アイザックによれば、『6』番の薬剤は劇薬らしいじゃないか。それを何度も体内に取り込めば、怪人化が進んでもおかしくはない」
「ちょ、ちょっと待って、荒谷くん」
二人が険悪な雰囲気になろうとしているのを察し、陽菜は慌てて間に入った。
「でも、咲希ちゃんもナンバーズだよね? だったら、耐性があるはずだよ。仮に荒谷くんの言う通りだとしても、能見くんの力を少し借りたくらいで、体に変化が起きるとは思えないけど」
「……いや、そうとは限らないよ」
黙って話を聞いていた芳賀が、不意に口を開く。
「オーガストによれば、確かにナンバーズには薬剤耐性がある。けど、それは自身に繰り返し投与された薬品に対してのみ有効なんだ。咲希さんの場合、『2』番の薬品による怪人化は抑えられても、他の薬品には耐性がなかったんじゃないかな」
『これは我々にとっても予想外のことだったが、三桁全てに同じナンバーを持つ個体――我らは「ナンバーズ」と呼称している――は、薬品に対して耐性を持っているようなのだ。同一の薬品を繰り返し投与された結果、免疫機能が働き、薬品による肉体変化がきわめて起こりにくくなったらしい』
能見たちに追い詰められた際、漆黒の怪人はこのように語っていた。
「2」番の薬品にはおそらく、他の薬剤へ変化する性質があるのだろう。トリプルツーである咲希は、他の誰よりもその特質を使いこなすことができ、他者の力を完璧にコピーするという芸当さえ可能だった。あまつさえ、オリジナルを凌駕する攻撃力を発揮することもできる。
むろん、咲希が力をコピーした相手は能見だけではない。この街に来たばかりの頃は、喧嘩を売ってきた被験者たちの能力を片っ端からコピー・増幅し、一掃していた。そうしているうちに最愛の人、荒谷と出会い、以後は主に彼の能力をコピーするようになる。
したがって、「能見だけに責任を押しつけるのはおかしい」と見る向きもあるかもしれない。荒谷など、コピー元となった能見以外のナンバーズはともかくとして(彼らの投与パターンには、能見と異なり薬剤耐性がある)、「有象無象の被験者たちにも責任はある」と考えることもできる。
が、咲希が発熱して倒れたのは、能見の力をコピーした直後だった。この事実が、荒谷の主張に説得力を与えていた。「咲希の怪人化を進めた直接的な原因は、能見にある」と決めつける根拠となっていた。
「……そんな」
一歩、二歩と能見は後ずさった。彼の両手はわなわなと震えていた。
思い出すのは、初めて咲希に自分の力をコピーさせたときだ。
オーガストの防御力に対抗するため、能見は彼女と特訓に励んでいた。二人で力を合わせ、威力を倍増させた紫電を放つ以外に、オーガストに打ち勝つ手段は見当たらなかった。
『初めてだわ。あたしが、コピーした力を上手くコントロールできないなんて』
思うように稲妻を操れないことに、彼女は少なからず驚いていた。荒谷の仮説が正しければ、あのとき咲希は、能見と同じ「666」の投与パターンを身に宿していたことになる。
コントロールできなくて当たり前だ。咲希はいわば、自分が最初に能力を使おうとしたときと同じ体験をしていたのだから。
耐性があっても抑えきれないほど強い、肉体変化のエネルギー。体内で暴れ回らんとするそれを、かろうじて制御できていたにすぎないのかもしれない。
いや、そのときだけではない。二度目に咲希が能見の力をコピーしたのは、唯と和子を救出しようとしたときだ。菅井たちの裏切りを見抜いたスチュアートは、アイザックとともに彼女らを強襲。二人を人質に取り、菅井を「彼女たちを助けたければ、もう一度私たちに従え」と脅したのである。
『……今だ。二人を助けるぞ!』
『任せなさい!』
一瞬の隙を突き、能見と咲希は同時攻撃を行った。稲妻が二体の管理者にヒットし、怯ませた。はたして唯と和子は無事に救出され、アイザックを撃退することにも成功したのだった。
三度目は、監視カメラの破壊作戦に乗り出したときだ。能見、咲希、陽菜、武智の四人はチーム一に振り分けられ、街の北西のエリアを担当した。
咲希は自分を差し置いて稲妻を撃ちまくり、かなり速いペースでカメラを潰していった。能見が内心、「俺がいる必要ないんじゃないか?」と思ったほどである。
けれども、当時から既に兆候はあったのだ。
『おかしいな。あたし、どうしちゃったんだろう』
作業が終わった頃、彼女の足元が急におぼつかなくなり、前のめりに転びかけた。能見が抱きとめて事なきを得たが、それが原因で陽菜の機嫌を損ね、「私と咲希ちゃんだったらどっちが好きなの?」と詰問された。
あのときに気づくべきだった。咲希の具合が悪いのではないか、と。
そして四度目が、ケリーを葬ったときだ。能見の力を借りて怪人を倒した直後、咲希は苦しみ始めたのだ。




