111 トリプルツーの異変
武装ガジェットの機能が回復したのは、それとほぼ同時だったらしい。
スチュアートを庇い、全てを彼に託したケリーの散りざまには、敵ながら思わず感じ入るものがあった。菅井たちの注意がついそちらへ向いた隙に、スチュアートは光学迷彩を再発動した。
「しまった」
血相を変え、菅井は必死に辺りへ視線を巡らせた。
「まだ遠くへは行っていないはずだ。探せ。探すんだっ」
敵を視認できなければ、停止能力は使えない。効果時間の五秒を過ぎれば、スチュアートの硬直は解ける。
そうなってしまえば、逃走を許すことになる。ここまで追い詰めた敵を逃がすつもりは、毛頭なかった。
菅井の指示を受け、皆は散らばった。ナイフを振り回したり、でたらめな方向へ銃を撃ったりして捜索したのだが、残念ながら成果はない。
そのうちに、スチュアートが投影していた立体映像が消えた。どうやら、元通りにガジェットを操れるようになったらしい。
「――見事だ、ナンバーズ諸君」
ぱちぱち、という微かな拍手の音が、どこからか聞こえる。小馬鹿にしているようでもあり、素直に賞賛しているようでもあった。
「正直なところ、ここまで追い詰められるとは思っていなかったよ。ケリーが私を庇おうとしていなければ、あるいは光学迷彩のアビリティーが復活していなければ、私も倒されていたかもしれない」
能見たちは身構え、どこに潜んでいるかも分からない敵を警戒した。しかし、スチュアートに戦闘を続行するつもりはないようだった。
それ以上に驚いたのは、彼がケリーの死をさも当然のことのように語ったことだ。動かなくなった彼女の前で見せた表情は、演技だったのか。能見たちを欺き、油断させるための作戦だったのか。
「今日のところは退くとしよう。……だが、覚えておきたまえ。私たちはいずれ必ず、君たちを滅ぼす。せいぜい首を洗って待っておくといい」
徐々に足音が遠ざかり、何も聞こえなくなる。スチュアートはこの場からの撤退を完了したようだった。
(「私たちは」だと?)
彼の最後の言葉が、能見はどうも気になった。
四人の管理者のうち、オーガスト、アイザック、ケリーは倒された。残るはスチュアートだけだと思っていたが、まだ他にもいるのだろうか。それとも単なる言い間違いか、言葉の綾のようなものだろうか。
懸念は残るものの、管理者の一角を倒したのは事実だ。複雑そうな表情を浮かべている菅井へ駆け寄り、能見はぽんと肩を叩いた。
「そんなに気落ちするなよ。今は、ケリーを倒せただけでも良しとするしかない。スチュアートとは、また改めて決着をつけよう」
「……ああ、そうだな。落ち込んでいても仕方がない」
かぶりを振り、菅井は笑った。ようやく管理者へ一矢報いることができたためか、憑き物が落ちたように晴れ晴れとした笑顔だった。
「まずは、怪我人の手当てが優先だ。能見、唯のことを頼めるか?」
「おう」
傷は何とか塞いだものの、彼女の体調は万全とは言い難かった。ゆえに、介助が必要だと思われたのだが。
肩を貸そうとした能見から、唯は一歩距離を取ったのである。
「……いや、能見はちょっとねー。どうせ運んでもらうなら、荒谷さんがいいんだけど。あ、できればお姫様抱っこのオプション付きで」
「選り好みしてる場合かよ⁉」
いや、軽口を叩けるくらいには全然元気じゃないか。そう思いつつ、能見はツッコミを入れた。
とはいえ、荒谷に運んでもらうという案自体は悪くない。飛行能力を使える彼の方が、怪我人をより迅速に、安全なところまで移動させられるはずである。
(参ったな)
ともかく、誰が誰に付き添って帰るかを決めなければなるまい。皆の意見を聞こうと、能見は振り返った。
管理者にも打撃を与えたことだし、すぐには反撃に転じて来ないだろう。今この瞬間くらいは戦いの疲れを癒し、羽を伸ばしたいところだった。
だが、勝利の余韻に浸る間もなく、異変は起きていたのだった。
「……咲希ちゃん⁉ ねえ、しっかりしてよ。咲希ちゃん!」
目を閉じ、ぐったりと陽菜へもたれかかっているのは咲希である。二人で協力して雷撃を放った、その姿勢のまま彼女は倒れかかっていた。
見るからに熱っぽく、顔が真っ赤である。「ただ事ではない」と感じ、能見は我を忘れて駆け寄った。
咲希の方が、陽菜よりも身長が少し高い。陽菜だけでは彼女を支えきれないだろう、と判断し、咲希の手を取って支えた。
その瞬間、能見ははっと目を見開いた。
「……これって、まさか」
「うん」
陽菜と顔を見合わせる。さっきから彼女と肌を触れ合わせていた陽菜には、能見の考えていることが容易に察せられた。
能見も陽菜も、顔色が優れなかった。
それは、とてつもなく嫌な想像だった。口にするのもおぞましかった。
(――これじゃまるで、愛海さんのときと同じじゃないか)
咲希の体から伝わる高熱は、尋常ではなかった。
あのときバスローブ越しに触れた、愛海の体と同じだ。体の奥から湧き上がるようなすさまじい熱が、全身に満ち満ちている。
突然、咲希が目を開けた。
「……熱い。熱いよ」
その目は虚空を睨み、口は半開きになって唾液を垂らしている。
「何か冷たいものが食べたい。体が燃えてるみたいで、死にそうなの」
どこにそんな力が残っていたのだろう。能見と陽菜に支えられたまま、咲希はめちゃくちゃに腕を振り回した。おかげで体勢が崩れそうになり、二人は彼女を押さえつけるのに精一杯だった。
「おい、どうしたんだ。咲希っ」
血相を変えて、そこへ荒谷も走り寄ってくる。
彼が自分よりも恋人を優先したので、唯は少なからず傷ついたかもしれない。しかし、もはやそんなことには構っていられないほど、事態は深刻だったのだ。
「しっかりしろ」
荒谷も能見たちに手を貸し、咲希の肩を揺する。だが、彼女の目は虚ろなままだ。熱も一向に下がらず、むしろ上がっているように思える。




