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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
8.「反撃のトリプルナイン」編
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111 トリプルツーの異変

 武装ガジェットの機能が回復したのは、それとほぼ同時だったらしい。


 スチュアートを庇い、全てを彼に託したケリーの散りざまには、敵ながら思わず感じ入るものがあった。菅井たちの注意がついそちらへ向いた隙に、スチュアートは光学迷彩を再発動した。


「しまった」


 血相を変え、菅井は必死に辺りへ視線を巡らせた。


「まだ遠くへは行っていないはずだ。探せ。探すんだっ」


 敵を視認できなければ、停止能力は使えない。効果時間の五秒を過ぎれば、スチュアートの硬直は解ける。


 そうなってしまえば、逃走を許すことになる。ここまで追い詰めた敵を逃がすつもりは、毛頭なかった。


 菅井の指示を受け、皆は散らばった。ナイフを振り回したり、でたらめな方向へ銃を撃ったりして捜索したのだが、残念ながら成果はない。


 そのうちに、スチュアートが投影していた立体映像が消えた。どうやら、元通りにガジェットを操れるようになったらしい。



「――見事だ、ナンバーズ諸君」


 ぱちぱち、という微かな拍手の音が、どこからか聞こえる。小馬鹿にしているようでもあり、素直に賞賛しているようでもあった。


「正直なところ、ここまで追い詰められるとは思っていなかったよ。ケリーが私を庇おうとしていなければ、あるいは光学迷彩のアビリティーが復活していなければ、私も倒されていたかもしれない」


 能見たちは身構え、どこに潜んでいるかも分からない敵を警戒した。しかし、スチュアートに戦闘を続行するつもりはないようだった。


 それ以上に驚いたのは、彼がケリーの死をさも当然のことのように語ったことだ。動かなくなった彼女の前で見せた表情は、演技だったのか。能見たちを欺き、油断させるための作戦だったのか。


「今日のところは退くとしよう。……だが、覚えておきたまえ。私たちはいずれ必ず、君たちを滅ぼす。せいぜい首を洗って待っておくといい」


 徐々に足音が遠ざかり、何も聞こえなくなる。スチュアートはこの場からの撤退を完了したようだった。



(「私たちは」だと?)


 彼の最後の言葉が、能見はどうも気になった。


 四人の管理者のうち、オーガスト、アイザック、ケリーは倒された。残るはスチュアートだけだと思っていたが、まだ他にもいるのだろうか。それとも単なる言い間違いか、言葉の綾のようなものだろうか。


 懸念は残るものの、管理者の一角を倒したのは事実だ。複雑そうな表情を浮かべている菅井へ駆け寄り、能見はぽんと肩を叩いた。


「そんなに気落ちするなよ。今は、ケリーを倒せただけでも良しとするしかない。スチュアートとは、また改めて決着をつけよう」


「……ああ、そうだな。落ち込んでいても仕方がない」


 かぶりを振り、菅井は笑った。ようやく管理者へ一矢報いることができたためか、憑き物が落ちたように晴れ晴れとした笑顔だった。


「まずは、怪我人の手当てが優先だ。能見、唯のことを頼めるか?」


「おう」


 傷は何とか塞いだものの、彼女の体調は万全とは言い難かった。ゆえに、介助が必要だと思われたのだが。


 肩を貸そうとした能見から、唯は一歩距離を取ったのである。



「……いや、能見はちょっとねー。どうせ運んでもらうなら、荒谷さんがいいんだけど。あ、できればお姫様抱っこのオプション付きで」


「選り好みしてる場合かよ⁉」


 いや、軽口を叩けるくらいには全然元気じゃないか。そう思いつつ、能見はツッコミを入れた。


 とはいえ、荒谷に運んでもらうという案自体は悪くない。飛行能力を使える彼の方が、怪我人をより迅速に、安全なところまで移動させられるはずである。


(参ったな)


 ともかく、誰が誰に付き添って帰るかを決めなければなるまい。皆の意見を聞こうと、能見は振り返った。


 管理者にも打撃を与えたことだし、すぐには反撃に転じて来ないだろう。今この瞬間くらいは戦いの疲れを癒し、羽を伸ばしたいところだった。


 だが、勝利の余韻に浸る間もなく、異変は起きていたのだった。



「……咲希ちゃん⁉ ねえ、しっかりしてよ。咲希ちゃん!」


 目を閉じ、ぐったりと陽菜へもたれかかっているのは咲希である。二人で協力して雷撃を放った、その姿勢のまま彼女は倒れかかっていた。


 見るからに熱っぽく、顔が真っ赤である。「ただ事ではない」と感じ、能見は我を忘れて駆け寄った。


 咲希の方が、陽菜よりも身長が少し高い。陽菜だけでは彼女を支えきれないだろう、と判断し、咲希の手を取って支えた。


 その瞬間、能見ははっと目を見開いた。


「……これって、まさか」 


「うん」


 陽菜と顔を見合わせる。さっきから彼女と肌を触れ合わせていた陽菜には、能見の考えていることが容易に察せられた。


 能見も陽菜も、顔色が優れなかった。


 それは、とてつもなく嫌な想像だった。口にするのもおぞましかった。


(――これじゃまるで、愛海さんのときと同じじゃないか)


 咲希の体から伝わる高熱は、尋常ではなかった。


 あのときバスローブ越しに触れた、愛海の体と同じだ。体の奥から湧き上がるようなすさまじい熱が、全身に満ち満ちている。



 突然、咲希が目を開けた。


「……熱い。熱いよ」


 その目は虚空を睨み、口は半開きになって唾液を垂らしている。


「何か冷たいものが食べたい。体が燃えてるみたいで、死にそうなの」


 どこにそんな力が残っていたのだろう。能見と陽菜に支えられたまま、咲希はめちゃくちゃに腕を振り回した。おかげで体勢が崩れそうになり、二人は彼女を押さえつけるのに精一杯だった。


「おい、どうしたんだ。咲希っ」


 血相を変えて、そこへ荒谷も走り寄ってくる。


 彼が自分よりも恋人を優先したので、唯は少なからず傷ついたかもしれない。しかし、もはやそんなことには構っていられないほど、事態は深刻だったのだ。


「しっかりしろ」


 荒谷も能見たちに手を貸し、咲希の肩を揺する。だが、彼女の目は虚ろなままだ。熱も一向に下がらず、むしろ上がっているように思える。


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