110 さらばケリー
(……完全に想定外だ)
何度目になるかも分からない銃撃を喰らい、スチュアートは激痛に呻いた。否、呻こうとしたが体が動かず、声を出すこともままならなかった。
一切抵抗ができないまま、和子のスナイパーライフルから弾丸が放たれ続ける。一発一発のダメージはさほどではないが、蓄積すれば致命傷になりかねない。
風を切り、何かが迫ってくる。視界の隅に映ったのは、膨大なエネルギーを秘めた雷撃だった。
(まさか、トリプルシックスが力を使ったのか⁉)
そう思いかけたが、彼の明晰な頭脳はすぐに否定した。
(いや、違う。認めたくはないが、今彼らは優勢に立っている。前回のように追い込まれた状況ならともかく、こんなところでリスクを冒す必要はないはずだ)
空中を突き進む紫電の槍からは、アイザックを屠ったときほどの威力を感じない。あのときのトリプルシックスは、ほんの短い間ではあるが人の領域を超えていた。
(となると、これはオリジナルではなくコピー。トリプルツーが彼の能力を模倣したか)
いずれにせよ、あれが直撃すればただではすまない。停止能力による拘束に加え、電撃による麻痺も受けてしまう。そうなればいよいよ、状況の打開は困難だ。
稲妻が立体映像を突き抜け、眼前まで迫らんとする。
(……光学迷彩。光学迷彩さえ使えれば)
だが、それも大した意味を持たないことに気づかされる。
既に雷撃は放たれた。そして、トリプルワンの照準補佐を得た稲妻が外れることは、まずありえない。監視カメラで集めた戦闘データから、そのことは明らかだった。
いくら姿を消そうとも、自分の位置を動かせなければ意味がない。雷の軌道がずれることはなく、結局攻撃は当たる。
(認めない。私は、こんなところで終わるわけにはいかないんだ)
どこから計算が狂ったのだろう。トリプルスリーの光弾で、武装ガジェットに不具合が生じてからか。トリプルフォーが、こちらの想定をはるかに超える力を発揮してからか。
それでもなお、スチュアートは敗北を認めなかった。彼ら管理者が人類へ抱いている憎しみは、並大抵のものではない。
『お前を倒して美音さんの仇を討ちたいと、ずっと思っていた。だが、それだけでは足りなかったんだ。怒りや憎しみだけでは、人は強くなれない』
菅井はこう言ったが、スチュアートの考えは真逆である。激しい憎悪のみによって、彼はこの街の、ひいては世界の支配を進めてきた。
(……ここで倒れれば、私たちの種族はほとんど根絶されてしまう。それだけは絶対に回避しなければならない。人間のような下等生物に、この星を我が物顔で歩き回らせてたまるものか)
彼の命を救ったのは、その執念だったのかもしれない。
「スチュアート、危ない!」
武智と荒谷の猛攻を受け、深手を負っているにもかかわらず、ケリーはただ真っ直ぐに駆けた。痛む足を引きずりつつ、それでも全速力で疾駆する。光弾とかまいたちが何発か当たり、皮膚を抉ったが、気にも留めない。
スチュアートの前に立ち塞がり、彼女は両手を大きく広げた。そして、身を挺して稲妻を防いだのだった。
「……うっ。が、あああああっ!」
紫電の奔流に全身を貫かれ、紺の怪人は断末魔の悲鳴を上げた。
耐えがたいほどの熱が、体の中を駆け巡っていく。電圧がかかり続け、麻痺した手足がぴくぴくと痙攣する。やがて力尽き、抜け殻のようになった体がどさりと崩れ落ちた。
ネイビーブルーの皮膚は黒く焼け焦げ、彼女は見るも無残な姿となっていた。呼吸はごく浅く、もう長くはないだろう。
(私を、庇ったのか)
仰向けに倒れた同胞を見つめ、スチュアートは動揺を隠せなかった。
彼を見上げ、ケリーが弱々しい笑みを浮かべる。
「……これでいいの。どちらかしか助からないとしたら、生き残るのはあなたの方がいいと思うから。あなたになら、私たちの種族の未来を託せるわ」
ゆっくりと瞼が閉じられる。手足の痙攣が収まり、硬直が始まる。
「あとは頼んだわよ、スチュアート。私たちの未来を、あなたが必ず……」
ケリーの言葉は、そこで途切れた。
彼女の亡骸を前にし、スチュアートは呆然としているように見えた。




