108 俺たちの贖罪
「……何っ⁉」
奇襲へとっさに反応できず、スチュアートは光弾の直撃を受けた。その拍子に唯から手が離れ、数メートルも吹き飛ばされる。
倒れた唯は苦しそうだが、意識はある。命に別状はないようだった。
「大丈夫か?」
音もなく地面へ降り立ち、荒谷が四人を見回す。
彼に続き、咲希も着地した。彼女の目には非難するような色がある。
「勝手に攻め込んでるんじゃないわよ。あたしたちがどれだけ心配したと思ってるわけ?」
「お前ら、どうして……」
呆然として、菅井は二人を見つめ返した。
「騒ぎが聞こえたから、来てみただけだ。まあ、間に合って良かったぜ」
唯を助け起こしながら、荒谷は飾らずに答えた。
「……置いていくなよ、二人とも」
「そうですよ! もうへとへとです」
「……僕も右に同じだ」
荒谷と咲希の後を追いかけてきたのは、能見と陽菜、それから芳賀である。二人が先行してしまったがために、三人はひいひい言いつつ全速力で走る羽目になった。
だが、休憩している場合ではない。芳賀は菅井へ、陽菜は和子へ、能見は武智へ駆け寄り、その体を支えた。怪我人を安全な場所へ移動させ、ひとまず撤退するつもりだった。総力を挙げて戦うつもりがなかったからこそ、能見も戦場へ参じたのである。
能見たちが加勢している間、管理者も黙って見ていたわけではない。
「なるほどね。私がいそうな場所に弾幕を張れば、ある程度の牽制はできるというわけか。いやはや、このアビリティーも万能ではないな」
痛そうに顔をしかめ、スチュアートが身を起こす。彼の姿が見えるようになっていることに気づき、ケリーは息を呑んだ。
「スチュアート、あなた……」
「ん?」
指摘されてはじめて、彼は光学迷彩の効果が消えていることに気づいたようだった。見れば、左腕に装着したガジェットのランプが、不規則に明滅している。「やられた」とばかりに、スチュアートは頭を掻いた。
「さっき攻撃を受けたときに、不具合が生じたようだね。アビリティーが使えなくなったわけではなさそうだが、発動速度が若干落ちている」
悪い兆候だった。彼の計算が、僅かに狂い始めている。
「俺と咲希で弾幕を張って、敵の注意を逸らす。お前たちはその隙に退くんだ!」
恋人と連れ添い、荒谷は戦場に立っていた。右の手のひらを真っ直ぐに突き出し、スチュアートとケリーへ向ける。
彼らの背後では、能見たちに助けられ、菅井ら四人が撤退を開始しようとしていた。撤退を決めたのは芳賀だったが、彼の判断は妥当だといえた。
能見を戦わせるわけにはいかないため、戦力となるのはそれ以外のメンバーに限定される。しかし唯は重傷を負い、菅井、武智、和子も各々が怪我をしているため、四人に十分な活躍を期待するのは難しい。
ゆえに荒谷、咲希、芳賀、陽菜の四名で迎え撃つしかないのだが、やや心もとない。芳賀の自慢の回避能力も、姿を消せるスチュアート、動きが肉眼で捉えづらいケリーには通用しないからだ。
ならば陽菜の照準補助を受け、荒谷と咲希が遠距離攻撃を仕掛ける展開になるのだろうか。それでも形勢が有利になるかどうかは微妙なところで、良くて五分五分くらいだろうと思われた。勝てるという確信がないのなら、潔く退いた方がいい。
以上のような芳賀の考えは、菅井にもおおよそのところは理解できていた。
(こいつらはあくまで、俺たちを助けるために来たということか。管理者を倒すのが目的ではなく、仲間を失わないために……)
そうだ。能見らは自分たちを救うために駆けつけ、今こうして管理者と相対しているのだ。
そのことに気がつき、菅井は軽く目をみはった。芳賀の肩を借り、一歩ずつ前へ進めていた足が、ぴたりと止まる。
最初から、答えはずっと近くにあったのだ。ただ、戦果を上げようと焦るあまり、なかなか見つけられなかっただけだ。
「どうかしたのかい? もしかして、足にも怪我をしているとか?」
「いや」
怪訝そうにこちらを覗き込んでくる芳賀へ、菅井は首を振った。
「俺たちはまだやれる。一緒に戦わせてくれ」
「何を無茶なことを言ってるんだ。その怪我じゃ……」
「今、スチュアートの光学迷彩は十分に機能していない。このチャンスを逃せば、奴を倒すときはないかもしれないんだぞ」
制止を振り切り、菅井は踵を返した。三人の部下へ順番に目を向け、問う。
「行くぞ、皆」
「せやな!」
「うん! ……えっと、じゃなくて、はい!」
「ええ」
傍らでは和子が唯の止血に成功し、短時間であれば三人ともまだ戦える状態だった。皆、力強く拳を突き上げ、闘志は十分である。
能見と陽菜も、もう彼らを止めることはしなかった。一度退きかけた行軍が、再び戦場へと舞い戻ってくる。
スチュアートとケリーは、荒谷と咲希の放つ光弾に手を焼いているところだった。いかに速く動こうとも、姿を隠そうとも、辺り一帯に爆撃すれば一定のダメージを与えられる。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」を地で行く作戦ではあるが、二人は管理者を近寄らせないことに成功していた。
「おや?」
スチュアートは立体映像を投影して敵を惑わし、照準をずらす戦法に出た。映像の影に隠れ、光弾をやりすごしていた彼の視界に、こちらへ戻ってくる菅井たちの姿が映る。
途端に、深緑の怪人はおかしそうに笑った。
「よくもまあ、懲りずにやって来れるものだね。君たちの力では私に勝てないと、まだ分からないのかい?」
迫りくる光弾を爪で弾き、切り裂いて防ぐ。巧みに防御しながら、ケリーも首だけを彼らへ向けた。彼女が抱いているのは、嗜虐的な興味だけだった。
「それとも、またトリプルシックスの力に頼るつもりなのかしら? ……言っておくけれど、アイザックを倒したときのようにはいかないわよ。彼の体はもう限界に近い。あと一度でも力を使えば、今度こそ人の姿をなくしてしまうわ」
自分の体のことは、自分が一番よく分かっているつもりだ。紺の怪人が嘘を並べているとは、能見には思えなかった。
アイザックと戦ったとき、自分が自分ではなくなってしまったかのような感覚があった。通常ではあり得ないほどの威力の雷を放つことができ、アイザックの稲妻の破壊力を上回った。あれほど苦戦した紅の怪人に、ほとんど能見一人だけで勝利を収めた。
勝ったはいいものの、その後は意識を失った。
昏倒する直前、腕が管理者と同じものへ変化する幻覚を見た。三葉虫を思わせる硬い皮膚は、能見が操る紫電と同じ色をしていた。今でも鮮明に思い出せるほど、リアルな幻影だった。あるいは一瞬だけ、本当に起きたことだったのかもしれない。
皆の前では気丈に振る舞っているが、内心では怖い。ケリーの言う通り、次に力を使えば、今度こそ自分は異形の存在へと変わってしまうのかもしれない。
「……能見くん」
陽菜がくるりと振り返った。彼女の瞳は、不安そうに揺れている。
「心配するなって。俺は――」
陽菜へ微笑を浮かべかけた能見を、菅井が遮った。
「能見には戦わせない。お前の相手は俺たちだ」
肩を借りていた芳賀たちから離れ、自ら前線へ出る。四人の戦士は今、管理者へ再戦を挑もうとしていた。
「ようやく分かったよ、スチュアート。なぜ俺たちが、お前に勝てなかったのか」
「……ほう? 君たち人間がいかに脆弱な生命体か、自覚できたとでも言うのかい?」
「違う」
菅井は目を細め、険しい眼差しをスチュアートへ向けた。熱い炎が、瞳の奥で燃え上がる。
「お前を倒して美音さんの仇を討ちたいと、ずっと思っていた。だが、それだけでは足りなかったんだ。怒りや憎しみだけでは、人は強くなれない」
宿敵を睨み、菅井が吠える。
「俺たちがお前に勝てなかったのは、仇を討つことばかりを考えていたからだ。――彼女だけでなく、全ての人々を救うために戦う。それが俺たちの贖罪だ!」




