107 喪失は繰り返すのか
ケリーが猛スピードで接近し、爪を一薙ぎする。スチュアートも彼女に続き、光学迷彩を纏ったまま爪を振るう。
一連の動作の中で、先ほど散った砂埃は再び舞い上がり、彼の迷彩に付着しているはずだ。しかし、スチュアートの武装ガジェットは進化を遂げている。砂粒が付くと同時に光学迷彩を再発動し、自らの姿を隠し続けているのだ。
菅井たちもナイフで応戦しようとしたが、管理者たちの姿を目で捉えるのもやっとであり、まともに防御することはほとんど不可能だった。高速で移動できるケリーは、その残像を捉えるのがせいぜいだ。ましてや姿を消せるスチュアートは、攻撃を察知しようがない。
「これでも喰らっとけや!」
かまいたちを放つ武智を筆頭に、四人は次々と技を繰り出した。風の刃が唸り、和子の構えたスナイパーライフルが火を噴く。菅井と唯も、拳銃を発砲する。
けれども、攻撃はことごとく外れた。それどころか、やみくもに技を放ったせいで隙が生じ、敵につけこまれることとなった。
「どこを狙っているのかしら?」
ケリーのかぎ爪が一閃、また一閃される。かん高い笑い声と残像が走り抜け、四人の体を浅く引き裂く。
「……その程度の力で挑むとは、身の程を知らないようだね」
四人の前にそれぞれ一体ずつ、深緑の皮膚の怪人が現れる。立体映像に注意を引きつけた隙に、スチュアートは菅井たちへ肉迫した。
「すぐにでも、トリプルゼロと同じところへ送ってあげよう!」
体重を乗せた回し蹴りが繰り出され、四人の戦士へ一撃を見舞う。
そこへケリーの斬撃が追い打ちをかけ、ほどなくして菅井は片膝を突いた。斬りつけられた肩からは出血がいちじるしい。
(……畜生っ)
管理者たちの猛攻になすすべもなく、菅井は強く唇を噛んだ。握り拳を、滴った血の中に叩きつけた。
(美音さんを手にかけたスチュアート。ずっと倒したいと思ってきた、憎むべき敵が目の前にいるのに。それなのに俺は、何もできないのか。俺たちは奴らに勝てないのか)
綿密に作戦を練った上で臨んだにもかかわらず、菅井たちは劣勢に立たされていた。その事実が受け入れられず、彼の目には悔し涙が滲んでいた。
(なぜだ。どうして俺たちは奴に勝てない。……あいつは美音さんの仇なんだぞ。他の皆だって、奴を倒したいという想いは決して弱くないはずだ。なのに、なぜなんだ!)
四人のうち、無傷である者はいなかった。
中でも唯は、腹部を爪で刺されて重傷を負っていた。必死に手で傷口を押さえているが、溢れ出る血は止まることを知らない。
「唯ちゃん、大丈夫⁉」
「私に構わないで、和子」
駆け寄ろうとした和子を手で制し、唯は弱々しい声音で言った。無理に笑顔をつくっていた。
「私の傷を治してたら、今度は和子が狙われちゃう。だから、いいの。……うっ、けほっ」
言い終わるか終わらないかのうちに、唯は激しく咳き込み、地面に突っ伏した。真っ赤な血が唇から漏れ、呼吸が不規則になる。
「唯ちゃん!」
親友がこれほど苦しんでいて、黙っていられるほど和子は白状ではなかった。それが彼女の優しさであり、同時に弱さでもある。
唯に言われたことを無視し、倒れた彼女の元へ走り寄る。お腹の傷に手を当てて、和子は応急処置を行った。裂かれた皮膚、破れた血管を一瞬で分解・再構築し、傷口を塞ぐ。
「させるものですか!」
しかし、敵が回復するのを許すほど、ケリーは慈悲深くなかった。瞬時に和子の間合いへ踏み込むと、胸部に掌底打ちを喰らわせる。
「きゃっ」
予期せぬ攻撃に、和子は避ける間も与えられなかった。か細い悲鳴を上げ、彼女の体が崩れ落ちる。
それを満足げに見つめてから、ケリーはどこへいるのかも分からない同胞へ語りかけた。
「スチュアート、そろそろ頃合いじゃない? 誰から処分するか決めましょう」
レストランで何を注文するか迷っているかのような、気楽な調子だった。
「そうだね」
深緑の怪人の声だけが響く。少しの間思案し、スチュアートの足音は唯へと近づいていった。
「以前、トリプルファイブとトリプルエイトの二人を人質に取ったことがあった。あのときは前者を優先的に消そうかと思ったけど、考えを変えることにしたよ」
目に見えない腕が伸び、唯の首元を掴んで持ち上げる。喉を圧迫されて、彼女は苦しげに悶えた。
「……ぐっ。う、あああっ」
「アイザックが倒されたことで、私たちにとって最大の脅威はトリプルシックスであると確信した。だとすれば、彼の能力を引き上げられるトリプルエイトもまた、同様に脅威とみなさねばなるまい」
首を締め上げる手に、一層の力が込められる。
「よせっ」
「やめろや!」
菅井と武智は、スチュアートが立っていると思しき場所へ拳銃を向けた。だが彼は、そんな威嚇には屈しなかった。
「無駄な抵抗はよした方がいいな。でたらめに撃ったところで、私には当たらない。仮に当たったとしても、私の肉体は人間よりはるかに丈夫にできている。致命傷にはなりやしないんだよ」
それに、と怪人は楽しそうに続けた。
「君たちが私を撃つよりも、私が彼女を絞め殺す方が早い!」
ぐぐっ、とスチュアートの腕に力がこもる。呼吸の自由を奪われ、唯が声にならない悲鳴を上げた。
(……またか)
菅井は拳銃を構えた手を下ろした。堪えきれずに流した涙が、ぽたぽたと地面へ滴り落ちる。
(俺はまた失うのか。管理者の手で、目の前で大切な人の命が消されるのか)
スチュアートの光学迷彩は健在で、菅井の停止能力は効かない。普通の攻撃を浴びせようにも、見えない敵が相手ではどうしようもなかった。
唯の息の根が止まりかけた、そのときである。
撃ち出された真紅の破壊光弾が、スチュアート目がけて迫った。




