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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
8.「反撃のトリプルナイン」編
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106 多重展開のカウンター

 彼の指示で、和子が土へ干渉する。築き上げた壁を分解して砂粒へと戻し、それに武智が両手を向けた。手のひらから放たれた突風が、大量の砂を四方八方へまき散らす。


 壊そうとしていた壁が自ら崩れ、ケリーは意表を突かれた。とっさにガードしようとするも遅く、砂嵐の直撃を受けてしまう。


「……くっ。小賢しい真似を」


 目に砂粒が入り、紺の怪人は痛みに悶えた。吹き荒れる砂嵐の中を、よろよろと後退する。


 まずはケリーに一矢報いたことに満足し、菅井はさっと周囲に視線を走らせた。彼女の視界を封じているうちに、スチュアートに決定打を与えなければならない。



「リーダー、あそこ!」


 唯が遠くを指差した。アパートの前、何もないはずの空間に、不自然に砂粒が浮いている。目を凝らせば、人型の輪郭に沿って砂が付着していることが分かっただろう。


 土壁をつくってから崩し、風で砂を飛ばす――これには二つの狙いがあった。一つは、敵の視界を遮ること。そしてもう一つは、光学迷彩を使ったスチュアートの位置を割り出すことである。


 いかに姿を見えなくしようとも、存在自体が消えたわけではない。透明になった肉体に砂を纏わりつかせ、おおよその居場所を特定する狙いがあった。


「清水、サポートは任せたぞ」


 右腕をすっと持ち上げ、菅井が中指と親指をこすり合わせる。唯が彼の背中に触れ、停止能力の効果時間を伸ばす。


 相手を視認することさえできれば、停止能力は発動する。巻き上げられた砂が体に付いたことで、スチュアートの体の輪郭は明らかになっていた。これで光学迷彩の意味は失われた。


「……終わりだ、スチュアート。お前を倒し、美音さんの無念を晴らす!」


 菅井の雄叫びは、指を鳴らした音をかき消すほどだった。



 唯がブーストをかけたことで、彼の停止能力は十秒ほど続く。その隙に武智がスチュアートへ接近し、身動きのとれない相手に風の刃を浴びせまくる。十秒が経過したら、すぐさま指を鳴らし、再び怪人を停止させる。


 これを繰り返せば、仇敵を葬り去ることも不可能ではないはずだった。目を潰したため、ケリーもすぐには反撃してこないだろう。ついにスチュアートの光学迷彩を破り、菅井は勝利を確信していた。


 しかし、事態は彼が予想だにしない方向へ進もうとしていた。あり得ない現象が起きたのである。


「いやはや、恐れ入った。モルモットにしては、なかなか知恵を働かせた方だと思うよ」


 砂が纏わりついていたスチュアートの肉体が、虚空に溶けて消える。


「けど、残念だったね。君たちごときに、私の頭脳を上回ることなどできはしない」


 照準を外され、停止能力は不発に終わった。スチュアートの笑い声がどこからか響く。


「……そんな。どうしてだ⁉」


 対照的に、菅井の表情は絶望に満ちていた。千載一遇のチャンスを逃し、彼は唖然としていた。



「君たち人類の歴史については私もざっと学んでいるが、酷いものだね。他の動植物のことなんか眼中にない。経済的利益を追求して木々を切り倒し、海を汚し、数々の生態系を破壊してきた」


 砂嵐は止んでいない。が、スチュアートの姿は消えたまま、二度と現れなかった。


「なかなかどうして、人間という生き物は自分たちが一番優れていると思い込んでいる。常に自分たちだけが進歩している、と勘違いしている。まったく、愚かな生命体だよ」


「……何が言いたい?」


 敵の位置が補足できなくなり、もはや作戦は破綻しかけていた。どこに潜んでいるのかも分からない宿敵へ、菅井は怖々と問いかけた。


「つまり、こういうことさ。君たちが連携を磨いて強くなったのと同じように、私たちも強くなっている。私が使用している武装ガジェットも、日々アップグレードし続けているわけだ」


 声が聞こえてくる方向が、少しずつ変わっている。じわじわとこちらへ近づいてくる。


「私はガジェットに改良を加え、光学迷彩の多重展開が可能なようにした。――一度効果を発動した後でも、返り血や砂を浴びれば場所が明らかになってしまうだろう? そうなっては困るから、迷彩を重ね掛けできるようにしたのさ」



 スチュアートの使う光学迷彩とは、「使用者の肉体・及びそれが身につけている物」を効果範囲として定義し、その範囲に当たる光を屈折させるというテクノロジーだ。光が全く当たらない物体を視認することはできない。したがって、使用者の姿は目に見えなくなる。


 従来は、光学迷彩を使った上に何か付着した場合、一旦迷彩を解いてから再発動する必要があった。汚れもろとも効果範囲内に含み、定義しなおすわけである。しかし、それでは手間がかかるし、何より迷彩を解いた瞬間に自身を危険にさらすこととなる。


 スチュアートはそうした欠点を解消し、隙を見せずに光学迷彩を再発動できるようにしたのだ。瞬時に再定義・再発動を行えるようにし、効果を解く必要をなくした。


「トリプルゼロを始末した時点で、いずれはこういう機能を追加したいと思っていたんだけどね。ようやく実現できたというわけさ」


 声はすぐ近くまで迫っていた。冷や汗が背筋を流れるのを感じる。



「もう一度防御だ。体勢を立て直すぞ」


「わ、分かりました!」


 菅井に命じられ、和子はもう一度大地に手を触れた。周りの地面が盛り上がり、土の壁を形成していく。


 だが、壁は完成間近で破壊されることとなった。


「……さっきはよくもやってくれたわね」


 鋭く振るわれた爪が、砂の塊を粉砕する。壁の一画を薙ぎ払い、ケリーは残忍な笑みを浮かべた。


「この屈辱、倍にして返してあげようかしら」


「頼もしいね、ケリー」


 彼女の側で、仇敵の声が聞こえた。


「では、私もそろそろ本気を出すとしようか。姿を隠してばかりだと思われるのも、少々癪に障るからね」


 菅井たち四人の心が、恐怖に呑み込まれかける。


 スチュアートとケリー、二体の管理者を前に、彼らはもう有効な攻撃方法を有していなかった。


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