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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
8.「反撃のトリプルナイン」編
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105 攻防一体の作戦

「よっ、と」


 武智が拳を突き出す。その動作と呼応して、空気塊が弾丸のように撃ち出される。


 圧縮された空気は、監視カメラのレンズを見事に貫いた。これを何度か繰り返し、辺りのカメラを全壊させる。


「これで全部やな」


「ああ。ご苦労様」


 ふう、と息を吐き出した武智へ、菅井は軽く頷きかけた。


 菅井の目的は、あくまで管理者を誘い出すことだ。「サンプルを失ってもいいのか」と揺さぶりをかけ、戦場へおびき寄せる。そこへ一気呵成に畳みかけ、撃破するつもりだった。カメラを壊すのはそのついでに過ぎない。


 四人だけで戦いに臨むことを、菅井は後悔していなかった。これ以上能見たちを戦わせ、迷惑をかけるわけにはいかない。戦乱の決着は、自分たちだけでつける覚悟だった。


 たとえ刺し違えてでも、管理者を葬る。そのために作戦を練り上げ、彼らへの対抗策を用意してきたのだ。


「でも、本当に来るのかなあ」


「きっと来るよ。私があいつらの立場だったら、罠だと分かってても来ざるを得ないと思う」


 不安そうな声を上げた和子を、唯が勇気づける。四人は円陣を組み、敵の出現に備えて周囲に視線を走らせていた。



「……珍しいね。君たちの方から呼び出してくるとは」


 突然、どこからか声が聞こえた。


 はっと見上げると、アパートの屋上から、深緑の怪人がこちらを見下ろしている。気配をまるで感じられなかったが、いつの間に現れたのだろうか。


「お前たちに呼び出される時代は、終わったってことだ」


 スチュアートを睨み、菅井は胸ポケットから無線機を取り出した。美音を殺害した後、彼が自分に手渡してきた、忌々しい機器だった。管理者への服従の象徴だともいえる。


 無線機を地面へ叩きつけ、菅井は力を込めて踏みつけた。ぐしゃり、と嫌な音がして、それはあっけなく砕けた。


「その様子だと、さっきのはハッタリだったようだね。やはり、私たちを誘い出すのが目的かい?」


「そうだ」


 粉々になった無線機を眺めつつ、スチュアートは楽しそうに笑う。宿敵を目の前にし、菅井たちは怒りの炎を燃やしていた。


「……スチュアート、今度こそお前を倒す! 美音さんの命を奪ったお前だけは、地獄の底へ送ってやる」



「馬鹿馬鹿しい。地獄に落ちるのは、君たちの方だよ」


 鬼気迫る表情で啖呵を切られてもなお、スチュアートは余裕を崩さなかった。それどころか、煽るように菅井たちを手招きしてみせる。


「この前に戦ったときだって、トリプルシックスが駆けつけていなければ、君たちは全滅していても不思議じゃなかったはずだ。たった四人だけで、一体何ができるというのかな?」


「……ええい、やかましい。以前の俺らと同じだと思ったら、大間違いやで!」


 ついにしびれを切らし、武智が動いた。ナイフを握った右手を素早く振るい、風の刃を放つ。


 だが、繰り出されたかまいたちは何のダメージも与えなかった。怪人の体をすり抜け、虚空へと消える。その直後、スチュアートの姿が徐々に薄れ、溶けるように消えた。


「立体映像か。そういうことだろうと思っていた」


 腑に落ちた、と菅井が独り言ちる。


 前触れもなく現れたのも、これで説明がつく。おそらく本体は近くに潜んでいて、立体映像を出して様子見していたのだろう。



 次の瞬間、菅井たちを取り囲むように六つの影が顕現した。スチュアートそっくりの姿をした怪人らが、五メートルほど離れたところにいきなり現れる。


 これも立体映像に違いない。前回同様、映像によって菅井の視界を遮り、停止能力の照準を上手く合わせられないようにする。その隙に本体は光学迷彩を使い、背後から不意打ちを仕掛けるつもりだろう。


(――だが、そうはさせん)


 このときのために、対抗手段を用意してきたのだ。右手に拳銃を構え、菅井が仲間たちへ指示を飛ばす。


「望月、清水。今だ!」


「は、はい!」


「分かってるわ」


 こくりと頷き、両名は作戦通りに動いた。唯が和子の背をさすり、その能力を最大限までブーストする。仲間からの精一杯のアシストを受け、和子は地面に両手を突き、間もなく形成されるであろう巨大な物体をイメージした。


 刹那、四人を守るように地面が隆起し、高さ二メートルもあろうかという土の障壁ができあがった。厚い土壁に守られ、菅井たちの姿は外からほとんど見えなくなる。



「……あらあら、何をするのかと思えば。最初から防御に徹するなんて、ずいぶんと弱腰ね」


 壁のすぐ向こう側から、小馬鹿にしたようなケリーの声が聞こえる。そして、ザク、ザク、と爪で砂の障壁を削り取るような音も。


 先刻、スチュアートが「私たち」という言い方をしたので「もしや」と思っていたが、予想通り仲間を連れてきたようだ。


 この紺色の怪人は、他のどの管理者よりも俊敏性に長けている。その気になれば、壁を跳び越えて襲いかかるなんて芸当もできるはずだ。


 だが、ケリーはスピードに秀でている反面、オーガストほどの防御力を持たない。不用意に踏み込んで、武智の放つ風の刃を受けてしまってはひとたまりもないと考えたのだろう。爪で壁を破壊し、正面突破する作戦に出た。


 高速で両手の爪を突き込み続け、彼女はみるみるうちに障壁を崩していった。和子が再び地面に触れ、再構築を試みるも間に合わない。新たに壁をつくるよりも、壊される速度の方が上だった。



「いい加減、無駄な足掻きだと気づきなさい!」


 あと数センチで土壁に穴が開く、というところまで来た。今やケリーの爪が壁の一部から突き出し、菅井たちに届かんとしている。


「……崩せ、望月!」


「了解です!」


 しかし、それこそが菅井の作戦だったのだ。


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