104 スチュアートをおびき出せ
パチン、パチン、と指が続けざまに二回鳴らされた。
何が起こったのかも知らず、部下たちはリーダーの指示を仰ごうとした。
「永井さん、こんな奴ら蹴散らしちまいましょうよ」
「向こうに負けていられません。冴さん、私たちも戦いましょう!」
だが、返事は一向にない。
五秒の効果時間が経過したのちに、二人はようやく体の自由を取り戻した。しかし、抵抗する気力を奪われてしまったようだった。へなへなと座り込み、「信じられない」と言わんばかりに目を見開いている。恐怖のあまり、指先が震えていた。
どういう理屈かは分からないが、あのホスト風の男は自分たちの動きを止めることができた。これほど規格外の力を持っている相手に、敵うわけがなかった。
「これで実力差を理解できただろう。命が惜しければ、しっぽを巻いて逃げることだな」
冷たい声音で、菅井は最後通牒を突きつけた。
「……わ、分かった。言う通りにする。だから、命だけは助けてくれ」
先ほどまでの威勢はどこへやら、永井は命乞いを始めてしまった。急いで立ち上がったかと思えば、「退くぞ」と部下を連れて逃げ去っていく。相変わらず、逃げ足だけは早い男であった。
「……しょうがないわね」
申し訳程度の威厳を保ちつつ、冴も仲間たちとともに退却を始めた。永井らとの決着も、ひとまずはお預けとなる。
抵抗すれば本当に殺されかねない。その恐怖が、永井たちの背中を押していた。
一方の菅井たちは、彼らの後ろ姿を見送っていたのではない。すぐ側のアパートの外壁に設置された、監視カメラのレンズを睨んでいた。
無論、菅井たちは永井や冴を本気で仕留めようと思ってはいなかった。自分たちが彼らに喧嘩を売る様子を、カメラに収めさせたかっただけである。
要するに、作戦を遂行するための演技であった。
「この映像も見ているんだろう? スチュアート」
監視カメラを見上げ、菅井は姿の見えない管理者へ語りかけた。
「俺たちは今から、この一帯へ攻撃を仕掛ける。勢力範囲を拡大し、より多くの被験者の動向を把握できるようにするつもりだ。万が一にも誰かがサンプルに覚醒したとき、お前たちに渡さないに越したことはないからな」
林愛海が怪人化したときも、スチュアートは自分たちへすぐ連絡を寄こし、オーガストを現場へ向かわせていた。おそらく今この瞬間も、管理者は監視カメラへ張りつき、即座に行動を起こせるようにしているはずだ。
「さっきの奴らのように投降すれば見逃すが、抵抗するのなら命の保証はしない。たとえ何人かを斬り捨ててでも、その他大勢を管理者から守れれば構わない」
さあどうする、と菅井は微かに笑む。
「早く来ないと、お前たちの大切なサンプル候補が失われるかもしれないぞ」
冷静に考えて、菅井の言ったようなやり方はかなり乱暴だ。
なるほど、確かに管理者の目的は「被験者をサンプルに覚醒させ、より自らに近い体組成の怪人を生み出す」ことである。彼らの詳しい事情は分からないが、どうやらこの街で実験を行うことにより、同胞を増やそうとしているらしい。
『ならば問うが、自らの種族が滅亡の危機に瀕したとき、貴様はみすみす絶滅の道を選べるか? 何が何でも生き延びたい。そう思うのが、生命体としての性ではないのか』
これは能見からの又聞きになるが、オーガストを追い詰めた際、彼はこのように語っていたそうだ。自力では子孫を繁栄させられないような、何か深刻な背景があるに違いなかった。
今まで管理者がナンバーズのみを襲ってきたのは、彼らはサンプルに覚醒しづらい、いわば「失敗作」であり、デスゲームの進行を止めようとする邪魔者でもあったからだ。それ以外の被験者に対しては、直接的な危害を加えていない。
菅井たちが行おう(と見せかけている)作戦は、管理者を倒そうとする従来の作戦とはベクトルが逆だった。つまり、管理者を撃破することで街から脱出するのではなく、他の被験者を排除することで、管理者の計画を台無しにするというものである。
これがもし成功すれば、仮にスチュアートたちがナンバーズに勝利してもサンプルを回収できず、計画を頓挫させられる。同胞を増やすという当初の目的は達せられず、閉ざされた街の中で彼らは死を迎え、やがて絶滅するのだ。
スチュアートが、菅井の言葉を鵜呑みにしたとは考え難い。管理者の中で最も頭脳明晰な彼が、この程度のハッタリに騙されるはずもなかった。
しかし重要なのは、「菅井たちが他の被験者を殺すかもしれない」という可能性があることだ。どれだけ小さな可能性であれ、もしそれが実現してしまえば、計画に大きな支障が出る。彼らの動きを無視することはできなかった。
「……ケリー、周囲の他のカメラも確認してみてくれ。トリプルナイン以外の勢力が待機してはいないかな?」
「いえ、見当たらないわ」
オーガストが口封じのため消され、アイザックも能見との激闘の果てに倒れた。元々は四人で使っていたモニタールームも、今では二人だけ。少々寂しく、広々と感じなくもない。
だがあいにく、怪人たちは悲しみという感情と無縁だった。薄暗がりの中で、淡々とした会話が交わされる。
自分のデスクチェアーに腰掛けたスチュアートと、壁一面のモニターと向き合っているケリー。菅井たちの動向をキャッチし、二人は対応を迫られていた。
「あの四人だけなら、ねじ伏せるのは容易い。ちょっとばかり躾をしてあげようじゃないか」
「いいわね。私も付いていくわ」
怪人が顔を見合わせ、笑みのようなものを浮かべる。
アイザックがやられた今、戦力ダウンは否めない。ならばこちらも、ナンバーズ側の一勢力を潰しておくのが最善だろう。倒すべき敵は、倒せるときに始末するべきだ。
実に合理的な判断によって、彼らはモニタールームを後にした。




