表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
8.「反撃のトリプルナイン」編
116/216

104 スチュアートをおびき出せ

 パチン、パチン、と指が続けざまに二回鳴らされた。


 何が起こったのかも知らず、部下たちはリーダーの指示を仰ごうとした。


「永井さん、こんな奴ら蹴散らしちまいましょうよ」


「向こうに負けていられません。冴さん、私たちも戦いましょう!」


 だが、返事は一向にない。


 五秒の効果時間が経過したのちに、二人はようやく体の自由を取り戻した。しかし、抵抗する気力を奪われてしまったようだった。へなへなと座り込み、「信じられない」と言わんばかりに目を見開いている。恐怖のあまり、指先が震えていた。


 どういう理屈かは分からないが、あのホスト風の男は自分たちの動きを止めることができた。これほど規格外の力を持っている相手に、敵うわけがなかった。



「これで実力差を理解できただろう。命が惜しければ、しっぽを巻いて逃げることだな」


 冷たい声音で、菅井は最後通牒を突きつけた。


「……わ、分かった。言う通りにする。だから、命だけは助けてくれ」


 先ほどまでの威勢はどこへやら、永井は命乞いを始めてしまった。急いで立ち上がったかと思えば、「退くぞ」と部下を連れて逃げ去っていく。相変わらず、逃げ足だけは早い男であった。


「……しょうがないわね」


 申し訳程度の威厳を保ちつつ、冴も仲間たちとともに退却を始めた。永井らとの決着も、ひとまずはお預けとなる。


 抵抗すれば本当に殺されかねない。その恐怖が、永井たちの背中を押していた。


 一方の菅井たちは、彼らの後ろ姿を見送っていたのではない。すぐ側のアパートの外壁に設置された、監視カメラのレンズを睨んでいた。



 無論、菅井たちは永井や冴を本気で仕留めようと思ってはいなかった。自分たちが彼らに喧嘩を売る様子を、カメラに収めさせたかっただけである。


 要するに、作戦を遂行するための演技であった。


「この映像も見ているんだろう? スチュアート」


 監視カメラを見上げ、菅井は姿の見えない管理者へ語りかけた。


「俺たちは今から、この一帯へ攻撃を仕掛ける。勢力範囲を拡大し、より多くの被験者の動向を把握できるようにするつもりだ。万が一にも誰かがサンプルに覚醒したとき、お前たちに渡さないに越したことはないからな」


 林愛海が怪人化したときも、スチュアートは自分たちへすぐ連絡を寄こし、オーガストを現場へ向かわせていた。おそらく今この瞬間も、管理者は監視カメラへ張りつき、即座に行動を起こせるようにしているはずだ。


「さっきの奴らのように投降すれば見逃すが、抵抗するのなら命の保証はしない。たとえ何人かを斬り捨ててでも、その他大勢を管理者から守れれば構わない」


 さあどうする、と菅井は微かに笑む。


「早く来ないと、お前たちの大切なサンプル候補が失われるかもしれないぞ」



 冷静に考えて、菅井の言ったようなやり方はかなり乱暴だ。


 なるほど、確かに管理者の目的は「被験者をサンプルに覚醒させ、より自らに近い体組成の怪人を生み出す」ことである。彼らの詳しい事情は分からないが、どうやらこの街で実験を行うことにより、同胞を増やそうとしているらしい。


『ならば問うが、自らの種族が滅亡の危機に瀕したとき、貴様はみすみす絶滅の道を選べるか? 何が何でも生き延びたい。そう思うのが、生命体としてのさがではないのか』


 これは能見からの又聞きになるが、オーガストを追い詰めた際、彼はこのように語っていたそうだ。自力では子孫を繁栄させられないような、何か深刻な背景があるに違いなかった。


 今まで管理者がナンバーズのみを襲ってきたのは、彼らはサンプルに覚醒しづらい、いわば「失敗作」であり、デスゲームの進行を止めようとする邪魔者でもあったからだ。それ以外の被験者に対しては、直接的な危害を加えていない。


 菅井たちが行おう(と見せかけている)作戦は、管理者を倒そうとする従来の作戦とはベクトルが逆だった。つまり、管理者を撃破することで街から脱出するのではなく、他の被験者を排除することで、管理者の計画を台無しにするというものである。


 これがもし成功すれば、仮にスチュアートたちがナンバーズに勝利してもサンプルを回収できず、計画を頓挫させられる。同胞を増やすという当初の目的は達せられず、閉ざされた街の中で彼らは死を迎え、やがて絶滅するのだ。



 スチュアートが、菅井の言葉を鵜呑みにしたとは考え難い。管理者の中で最も頭脳明晰な彼が、この程度のハッタリに騙されるはずもなかった。


 しかし重要なのは、「菅井たちが他の被験者を殺すかもしれない」という可能性があることだ。どれだけ小さな可能性であれ、もしそれが実現してしまえば、計画に大きな支障が出る。彼らの動きを無視することはできなかった。


「……ケリー、周囲の他のカメラも確認してみてくれ。トリプルナイン以外の勢力が待機してはいないかな?」


「いえ、見当たらないわ」


 オーガストが口封じのため消され、アイザックも能見との激闘の果てに倒れた。元々は四人で使っていたモニタールームも、今では二人だけ。少々寂しく、広々と感じなくもない。


 だがあいにく、怪人たちは悲しみという感情と無縁だった。薄暗がりの中で、淡々とした会話が交わされる。


 自分のデスクチェアーに腰掛けたスチュアートと、壁一面のモニターと向き合っているケリー。菅井たちの動向をキャッチし、二人は対応を迫られていた。



「あの四人だけなら、ねじ伏せるのは容易い。ちょっとばかり躾をしてあげようじゃないか」


「いいわね。私も付いていくわ」


 怪人が顔を見合わせ、笑みのようなものを浮かべる。


 アイザックがやられた今、戦力ダウンは否めない。ならばこちらも、ナンバーズ側の一勢力を潰しておくのが最善だろう。倒すべき敵は、倒せるときに始末するべきだ。


 実に合理的な判断によって、彼らはモニタールームを後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ