102 ナンバーズか、それ以外か
拠点としているアパートへ帰り着くやいなや、菅井は三人を自室へ呼び集めていた。
彼らが会議を抜けたのは、療養するためではない。芳賀たちには聞かせたくない話があったからである。
「お前ら、自分が不甲斐ないとは思わないのか」
開口一番、菅井は強い口調で言った。その気迫に圧倒され、武智ら三人はぽかんとしていた。
「トリプルシックスは……いや、能見は、自らが怪人化するリスクを背負ってまで、俺たちを助けてくれたんだぞ。以前の俺たちが、あいつの命を奪おうとしていたのにもかかわらずだ」
もちろん、と菅井が付け足す。
「俺たちとあいつらが手を組んだのは、しばらく前のことだ。そのときに謝罪し、罪を償うために戦うことを決め、過去を清算した。だから、今さら昔のことを持ち出すのは水臭いかもしれない。だがな」
「うん」
世間話でもするような調子で、和子が無邪気に頷いた。その肩を、唯がバシッと叩く。
「そこは『はい』でしょ。今、リーダーは真面目な話をしてるんだから」
「ご、ごめんなさい」
改めて菅井へ向き直ると、彼は怖い目で彼女らを見ていた。「どっちでもいいから、話を聞け」と言いたげだった。
縮こまった和子と唯へ、リーダーが続ける。
「……だが、俺たちがいくら正義のために戦おうとも、過去が消えるわけじゃない。サンプルを回収して管理者の計画へ協力したことも、能見たちを手にかけようとしたことも、一生背負って生きていかなきゃならないんだ」
彼の瞳には、冷たい光が宿っていた。
「美音さんを殺されてから、俺たちは生き延びるために他の被験者を利用してきた。能見たちにも本当に悪いことをしたと思う。けど、あいつらは俺たちを受け入れてくれた。仲間として認め、共に戦ってくれた。望月と清水が人質に取られたときも、助けてくれた」
「はい」
和子がこくこくと頷く。「黙って耳を傾ける」という選択肢もありそうなものだが、彼女は唯のアドバイスへ馬鹿正直に従った。
「……それに比べて、俺たちはあいつらに何をしてやれた?」
トリプルナインの眼光が、三人を射抜く。
「戦力増強という意味では、確かに貢献できているかもしれない。だが全体としては、むしろ手を煩わせてばかりだ。管理者を倒せず、能見に怪人化の危険を冒させたことが何よりの証拠だろう」
唯も和子も、反論できなかった。
アイザックの攻撃から和子を庇おうとして、咲希は重傷を負った。唯を守りながら戦ったことで隙が生じ、荒谷はケリーに斬りつけられた。ある意味、彼らを傷つけたのは自分自身なのだ。
自分たちが足を引っ張っていなければ、咲希と荒谷が苦しむこともなかったかもしれない。「もっと強くなりたい」というプラス思考ではなく、今や彼女たちの思考はマイナス方向へ下降しようとしていた。
そして、菅井が何を言おうとしているのか、武智はようやく掴みかけていた。はっと目を見開き、呟く。
「まさか、リーダー」
「ああ。お前の考えている通りだ」
拳を突き上げ、菅井が語気を強める。
「これ以上、あいつらに迷惑をかけることはできない。ましてや、能見に戦わせるなんて言語道断だ。奴らの手は借りず、俺たちだけで管理者を葬る」
夕暮れの街。
防波壁の上から差し込む光が、閉ざされた監獄を照らす。
海上都市西側の一画で、四、五人の男女のグループが向かい合い、互いを憎々しげに睨んでいた。
彼らは芳賀や菅井の率いるグループに属しておらず、ごく少人数でまとまって行動している。芳賀たちとしてはすべての被験者を勢力下に収めて守りたいのだが、いかんせん全体の人数が多すぎる。管理者の存在や彼らの計画、ウィダーゼリーの持つ副作用を知らない者も少なくない。
力を使い続ければ怪人化するのは、何も能見に限った話ではない。むしろ、ナンバーズではなく薬剤耐性を持たない被験者の方が、そのリスクは大きい。
このデスゲーム自体に大きな意味はない。管理者の真の目的は、被験者を極限状態にまで追い込んでサンプルとしての覚醒を促すことである。戦績上位百名に入ったからといって、街から出られる保証もない。
彼らは何も知らないまま、争いと殺戮の日々を繰り返しているのだった。
「てめえらとの決着、今こそつけてやるぜ」
右方のグループを率いている青年が、革ジャンの下から拳銃を取り出した。それを右手で、ナイフを左手で構えると同時に、彼の能力が発動する。
「さあ、ショーの始まりだ!」
首筋に刻まれているナンバーは、「455」。トリプルファイブ――望月和子には及ばないものの、青年もまた、物質を分解・再構築する異能を有していた。
なお、ナンバーの並びから分かる通り、彼は「5」番の薬剤を二回投与されている。そのため、三桁バラバラの数字を持つ被験者よりは、薬剤への耐性をそなえていた。
青年の構えた拳銃が光り輝き、銃身が細く長く伸びる。そこへ吸い寄せられるように、ナイフが左手を離れて銃と融合した。
数秒後、彼の所持している武器はもはや拳銃ではなくなっていた。ショットガンの下部に鋭利なブレードを取りつけた、遠近両用の強力なデバイスである。
「どうだ。ビビって逃げるなら、今のうちだぞ」
完成した銃剣を、青年は右手で軽々と振り回した。リーダー格らしい彼に続き、仲間たちもそれぞれ槍や戦斧、棍棒、ボウガンなどの武器を構える。
部下が所持している武装はすべて、青年が自ら生成したものだった。グループの構成員の全員が通常より強力な武器を使えることによって、彼らはしぶとく生き延びてきたのである。
これは余談だが、先日、芳賀のグループと衝突したのもこの集団だった。結局は猛反撃を受けてあっという間に敗走したのだが、逃げる彼らを追う中で、芳賀の部下はリーダーたちのピンチを偶然目撃した。そして、帰ってきたその部下が状況報告をし、「どうすればよいか」と話し合っているところを、部屋を出ようとした能見がたまたま聞いてしまった。
したがって、彼らがあの日に攻撃を仕掛けて来なければ、能見が仲間たちのピンチを知ることもなかったかもしれない。そういう意味で、青年たちは芳賀らの命を救ったのだ。人と人との縁は、時として実に奇妙なものである。




