098 唸れ、覚醒の稲妻
「――しかし、お前も馬鹿だよなあ、トリプルシックス。せっかく俺が忠告してやったのに、のこのこ戦場に出てくるとは」
ようやく電撃のダメージから回復し、アイザックは体勢を立て直した。だが、余裕の表情を崩してはいない。
「なあ、俺は親切心から言ってるんだぜ。このままじゃ、お前は確実に俺たちの同類になっちまう。それでもいいのか?」
「余計なお世話だ」
しかし、能見はもう迷わなかった。怪人へ険しい視線をぶつけ、言い放つ。
「そもそも、俺に薬剤を投与したのはお前たちだろう。俺が変身する原因を自分で作っておいて、いざ変身しそうになったら止めるなんて、よくよく考えたら変な話だぜ」
「……ハッ、言ってくれるじゃねえか。最初に会ったときと比べて、ずいぶんと舐めた口をきくようになりやがって」
アイザックが目を細める。ゆっくりと広げた両腕から、紅のスパークが小刻みに散った。
溢れんばかりのエネルギーが、彼の全身から獲物に向けて放出されようとしていた。
「だが、今さら何をしても無駄だ。お前一人が加勢したところで、この戦況を変えることなんざできはしないんだよ!」
「……そうだ、能見。ここは一旦退くんだ」
意識を取り戻したらしい芳賀が、かすれた声で引き止めた。壁にもたれたままうっすらと目を開け、ぼやけた視界の中で彼を見つめている。
別にアイザックに同調したわけではないだろうが、芳賀の判断はきわめて現実的だった。
「いくら君の力が強くても、管理者三人が相手では勝算は低い。勝てるはずがないよ」
「冗談きついぜ。ここまで仲間を傷つけられて、何もせずに退却なんてできるわけないだろ」
対して、能見は退かなかった。グループ全体を指揮している芳賀に背いたのは、これが初めてかもしれなかった。
そのくらい、能見の中では怒りの炎が燃えていたのだ。
「待って、能見。あんたには戦わせない」
和子の懸命な手当てを受け、咲希は目を覚ましていた。
腹部の皮膚を能力でつなぎ合わせ、かろうじて出血を止めている。が、それはあくまで応急処置にすぎず、激しい動きをすればすぐに傷口が開くと思われた。
和子に体を支えられ、彼女が不安定な足取りで立ち上がろうとする。
「あたしなら、あんたの能力をコピーできる。あたしが代わりに――」
「その怪我じゃ無理だろ。俺がやる」
咲希の台詞を途中で遮り、能見は倒すべき敵へと向き直った。
雷撃を受けて黒く焦げ、大量の血が付着したチュニック。唇も真紅に染まっていて、血を吐いた跡が窺える。咲希がボロボロであることに気づかないほど、能見は鈍感ではなかった。
地面を踏みしめる足に、一層の力が入った。
スチュアートを、ケリーを、そしてアイザックを順に睨みつけて言い放つ。
「……よく聞け、管理者。俺はお前たちを絶対に許さない。お前たちを倒して、街の皆を支配から解放してみせる!」
「戯言を言うな」
アイザックがせせら笑い、右手を突き出す。その手のひらの先で火花が散り、赤い稲妻が生成された。
「お前らモルモットの能力は所詮、俺たちの下位互換にすぎない。お前には誰も守れない。誰も救えないんだよ!」
一方の能見も、無言で右手を前に出した。生み出された紫電が、唸りを上げてアイザックへと放たれる。
アイザックと能見、両者の撃ち出した雷撃の槍が、正面から激突した。赤と紫、二色の電光がぶつかり合い、すさまじいエネルギーをほとばしらせる。
均衡が保たれたのは、ほんの一、二秒だった。
初めは、アイザックが僅かに押していた。それも当然で、威力・射程距離ともに彼の方が高いはずなのである。
だが信じられないことに、途中から能見が優勢になった。どこからか湧き上がる力が、紫電の威力を飛躍的に高めていく。
そのとき、能見の目が一瞬、紫色に光ったのをスチュアートは見逃さなかった。彼の瞳の奥に宿った紫の炎は今、激しく燃え上がっていた。
まるで、能見の感情とシンクロしているようだ。陽菜をはじめ、大勢の仲間を死の淵まで追い詰めた管理者。彼らに対する怒りが、そして戦士としての悲壮なまでの覚悟が、トリプルシックスに新たな力を授けたというのだろうか。
「……俺は、皆を救いたい」
ぶつかり合った赤と紫の稲妻のうち、紫電が徐々に押し返し始める。紅蓮の雷をはねのけ、雷撃の槍がアイザック目がけて直進する。
「そのために、俺は戦うんだ!」
気合とともに、能見は渾身の力を込めて右腕を突き出した。それと呼応し、紫電の輝きも激しさを増す。
紫の光を宿した目で、彼はアイザックを真っ向から見据えていた。
赤き稲妻に、紫電が完全に競り勝つ。膨大な電気エネルギーの奔流が、紅の怪人を呑み込む。
刹那、耳をつんざくような轟音が響いた。
「……ぐあああっ」
スパークが辺りに散り、爆発が起こる。衝撃で体が宙に舞い上げられ、アイザックは悶え苦しんだ。
閃光が飛び散る地上へ叩きつけられ、彼の顔には恐怖の色があった。よろよろと立ち上がり、能見を前に声を震わせる。
「馬鹿な。この俺が人間ごときに押されるなど、あり得ない。……認めん。絶対に認めんぞ!」
両腕に電撃を纏わせ、アイザックは咆哮を上げて突進した。




