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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
7.「トリプルシックスの秘密」編
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096 お前の想いは届かない

「あなたたちの相手は私よ!」


 スチュアート、アイザックを凌駕する瞬発力を発揮し、ケリーは突進した。


 彼女の狙っている獲物は、トリプルエイトこと清水唯。仲間の力を強化できる彼女をまず潰し、それから残りを片付けるつもりだった。


「……させるか!」


 だが、荒谷の放った光弾が怪人を阻む。接近を諦めてバックステップを踏み、ケリーは真紅の破壊光弾をひらりとかわした。


 彼女から唯を庇うように、荒谷が前に出る。その背中がやけに大きく、頼もしく見えて、唯はどきりとした。


「清水さん。俺の側を離れないでくれ」


「う、うん」


 緊張し、こくこくと頷く唯へ振り向き、荒谷は真剣な表情で言った。


「君は俺が守る。守り抜いてみせる」


「……分かった。サポートは任せて」


 思えば、二人がタッグを組んで戦うのは初めてである。荒谷は咲希と組むのが普通だし、唯も和子とペアで戦うことが多かった。


 いわば即席コンビではあるものの、彼らの闘志の炎は熱く燃えている。



 視界の隅に映るのは、アイザックの奇襲攻撃を受け、重傷を負った咲希。彼女を助けようと、和子が能力を使って何かしようとしているのが見える。


 たぶん、傷口近くの皮膚を再構成し、止血しようとしているのだろう。錬金術に似た彼女の力は、応急手当にも使えるのだ。


 荒谷にとって咲希は恋人であり、世界で最も大切に想っている人だ。彼女を傷つけられて、怒りを爆発させないはずがない。


 唯からすれば咲希は恋敵である。しかし、恋敵である前に、彼女は自分たちの仲間だ。ともに手を取って立ち上がり、管理者の支配に抵抗する同志なのだ。唯もまた、仲間に手荒な真似をされて立腹していた。



「行くよ、荒谷さん」


「ああ」


 唯の手が、荒谷の背中に触れる。彼の異能がブーストされ、光弾の威力や射出速度が跳ね上がる。


 片手を伸ばし、荒谷は手のひらから光弾を続けざまに放った。対するケリーは、両手の爪でそれを弾き、薙ぎ払い、巧みに受け流しながら間合いを詰めようとする。


 息をもつかせぬ攻防戦が、幕を開けた。



「トリプルワンに、トリプルセブンか。厄介な能力持ちばかり集まりやがって」


 陽菜と芳賀の二人と対峙し、アイザックは相手を推し量るように呟いた。


「面倒な奴らだぜ。ま、とりあえずこうしておくか」


 言うが早いか、屈み込み、右の拳を地面へ叩きつける。大地を伝って放出された赤い稲妻が、二人を足元から呑み込んだ。


「きゃっ」


「くっ」


 抵抗することも、逃げることもできない。


 いくら回避能力を使おうとも、敵の攻撃を予知しようとも、地面全体を覆う雷撃には対処のしようがなかった。荒谷のような飛行能力でもない限り、かわしようがない。


「まずい。このままでは……」


 靴の裏から稲妻が這い上がってきて、芳賀はよろめいた。体が麻痺し、思うように動かせない。



「案外、楽に攻略できるもんだな。こうもスチュアートの作戦通りに行くとは思わなかったぜ」


 ゆらりと立ち上がり、アイザックが彼に向かって突進した。その腕には、紅の電流が纏わされている。


「いくらお前たちが監視カメラを壊そうとも、記録された映像データまでもが消えるわけじゃない。データを解析して戦闘パターンを洗い出せば、能力の弱点を見抜くなんざ簡単なんだよ!」


 咆哮とともに、剛腕が振るわれる。稲妻を帯びたアッパーカットの一撃が、芳賀の体を軽く吹き飛ばす。


 アパートの外壁に叩きつけられ、彼はぐったりと倒れ込んだ。目は閉じられ、シャツには血が滲んでいる。


「芳賀くん!」 


 陽菜が悲鳴を上げた。けれども、彼女も同様に体が痺れており、武器を構えることもままならない。


 震える手から拳銃が落ちたのを見て、アイザックは嘲笑った。


「次はお前の番だぜ」



 彼の笑い声が聞こえた、と思った次の瞬間には、怪人は陽菜の眼前まで踏み込んでいた。抵抗できない彼女の首を掴み、その体を片手で持ち上げる。人間離れした怪人の筋肉量は、力任せな芸当をも可能にしていた。


「トリプルワン。お前の存在はずっと前から邪魔だった。オーガストを始末したときだって、お前の予知能力さえなければ、ナンバーズをまとめて処分できていたはずだ。今日こそ引導を渡してやる」


「……う、ううっ」


 声にならないくぐもった音を発し、陽菜は必死に手足を動かそうとした。喉元をがっちりと掴んでいる大きな手を、引き剥がそうとした。だが、麻痺した体は言うことを聞かない。


 じわじわと首を締め上げられ、呼吸が圧迫される。陽菜の両目には、涙が浮かんでいた。


「ごめんなさい」


「……あ?」


 刹那、アイザックは怪訝そうな顔をした。


「何だ? この期に及んで命乞いのつもりか? 潔く負けを受け入れて、処分されればいいのによ」


「違います」


 意識が遠のきかける中、陽菜の頬を涙が伝った。


「今のは、能見くんに言ったんです」



 何という意志の強さだろうか。いつ窒息死してもおかしくない状況で、彼女は自分のことではなく、ここにはいない大切な仲間のことを想っていたのだ。


「……能見くんは、私たちを何度も助けてくれたから。だから、これからは私たちが能見くんを守るって。そう約束したのに」


 ぽろぽろ涙をこぼす陽菜を、紅の怪人は戸惑ったように見つめている。


 口封じのためとはいえ、アイザックは同胞のオーガストを躊躇なく殺した。そんな彼に、仲間を思いやる気持ちほど縁のないものはないかもしれない。


「ごめん、能見くん。約束守れなかった。私たちだけじゃ、管理者に太刀打ちできなかった」



「……あー、もう。うるせえな、下等生物の分際で」


 理解できない感情を見せたモルモットに、アイザックは苛立ちを募らせたらしい。首を絞める手に、より一層の力が加わる。


「トリプルシックスはここにはいない。何を懺悔しようが、何を祈ろうが、お前の想いが届くことなんかねえんだよ!」


 突如として、その手のひらから赤い稲妻がほとばしった。


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