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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
7.「トリプルシックスの秘密」編
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094 駆けろ英雄

 同時刻。


 一人残された能見は、手持ち無沙汰に過ごしていた。部屋に敷いた布団へ寝転がり、ぼんやりと天井を眺める。


 この街に来てからというもの、ずっと陽菜と行動を共にしてきた。パートナーがいない部屋がこれほど寂しく感じられることに、能見自身、驚いていた。


「行ってくるね」


 一時間ほど前、陽菜はそう言って出て行った。笑顔で手を振り、能見を心配させまいとしているようだった。


(……陽菜さんたち、大丈夫かな)


 一人で過ごすのは久しぶりで、ついつい考え事をしてしまう。



 陽菜によると、今回は監視カメラの残りを破壊しに行くらしい。だが、管理者も無警戒ではないだろう。もし彼らに待ち伏せされ、奇襲を受けていたらと思うと、気が気ではなかった。


 心配したところで、自分には待つことしかできない。「もう戦わない」と陽菜に約束した手前、彼女を裏切るわけにはいかなかった。


 根拠のない不安を振り払おうとしても、また別の雑念が脳裏をよぎりそうになる。


 海上都市に連れ去られる前、一緒に過ごしていた家族や友人。彼らは今、どうしているのだろうか。

「考えても仕方がない、何も解決しない」と思い、今まで意識的に考えないようにしてきた諸々の不安が、堰を切って溢れ出そうとする。


 カレンダーも時計もないため、現在の日付や時刻は正確に分からない。だが能見の体感では、この街に来て一か月ほどが経過しているようでもあった。これだけ時間が経っても、何の救助も来ていない。それはとりもなおさず、能見たちの置かれている状況が、世間に認知されていないことを示していた。


 千人もの人々が行方不明になったのだから、普通なら大々的に報道されているはずだ。捜索や救助の動きがあってしかるべきである。


 あるいは、能見たちの現状を知ってはいても、何らかの理由で手が打てずにいるのだろうか。思うように捜索が進んでいないのだろうか。



(とにかく、情報が欲しい)


 海上都市は防波壁と電磁バリアで囲まれており、脱出は容易ではない。さらに、インターネットが使えるような環境もなく、外界から隔絶されている。残してきた人たちがどうしているのか、能見には知るすべがなかった。


 しばらくはそうやって、とりとめのないことを考えていた。が、「何の情報も入っていないのに、あれこれ悩んでいても仕方ない」という結論へやがて落ち着く。


 能見は起き上がり、気晴らしに少し外へ出ようと思った。何とはなしに玄関ドアを開けると、話し声が聞こえてくる。


「……お、おい、大変だ! トリプルセブン様たちが、化け物と戦ってる」


 見れば、廊下に人だかりができ、痩せた男を大勢が囲んでいた。急いで走ってきたのだろう。男は息を切らし、呼吸を整えながらゆっくりと話した。


「化け物ってもしかして、だいぶ前に板倉さんが変身したっていう、あれみたいなやつか?」


「いや、違う」


 野次馬に尋ねられ、男が首を振る。


「あんなにぶよぶよしてなかったな。オレンジ色じゃなかったし、鉄みたいに硬そうな皮膚を持っていた」



 この男は、板倉が怪人化した現場に居合わせた者の一人だった。ゆえに、被験者がサンプルとして覚醒した姿と、管理者とを見分けることができたのである。


 それから、彼は何があったのかを話した。


 芳賀たちが出発してすぐ、支配下に置いてあるエリアへ小規模な勢力が侵入してきた。男を含む数名がこれを撃退したが、劣勢を悟ったのか、敵はほとんど戦わずに逃げようとした。


 男たちはこれを追いかけた。そして走っているうちに、偶然にも芳賀たちの戦っている現場に鉢合わせてしまったのだという。「自分一人で太刀打ちできる相手ではない」と思い、慌てて拠点へと駆け戻ってきた次第であった。


 今作戦の内容を、芳賀は部下にほぼ知らせていなかった。「少し遠征してくるよ」程度のことしか伝えていなかったらしい。彼らが謎の怪人と交戦している様子を見て、驚かないはずがない。



「どうしよう。芳賀さんたち、かなり苦戦してた」


「援軍を送ればいいんじゃないんすか」


 深刻そうな表情の彼に、短髪の男性が軽いノリで提案する。が、男はすぐには頷かなかった。


「でも、俺たちが勝てる相手だとは思えないんだ。……あいつら、恐ろしいほど強かった。三人いてさ、一人は姿を消せるみたいなんだよ。他の二人は雷を操ったり、ものすごい速さで動いたりできる」


「まじっすか」


 ひゅう、と短髪の男が口笛を吹いた。しかし、その目は笑っていなかった。


「ああ。下手に手を出せば、俺たちも皆殺しにされるぞ」


「だからと言って、何もしないわけにもいかないっすよ。このままじゃ、リーダーたちはその化け物にやられるかもしれない。そうなったら、誰が俺らを率いて行くんすか」


「それは……」


 痩せた男は口ごもり、ふと視線を遠くへ投げかけた。


 ドアが開いたような音がした気がしたのだが、気のせいだったらしい。どの部屋の扉も閉められている。



 彼らに見とがめられないよう、能見は部屋の窓から飛び降りた。


 アパートの二階からのジャンプは、少々足腰に堪える。足の裏がビリビリ震える嫌な感触を味わいつつ、どうにか立ち上がり、走り出した。


 芳賀たちがピンチに陥っていると聞いて、能見はいてもたってもいられなかった。それに、状況はかなり深刻なようだった。


 さっきの男の話を聞く限り、三体の化け物とはスチュアート、アイザック、ケリーのことのようだった。管理者が総がかりで攻撃してきたとなると、ナンバーズ八人でも対抗できるかどうか怪しい。


(頼む。無事でいてくれ)


 祈るような思いで、能見は力の限り駆けた。



『もう戦わないって、約束してくれる?』


 できることなら、陽菜との約束を破りたくはない。けれども、戦う力があるのに何もしないなんて、自分にはできない。


 この街に来てすぐ、能見は上手く力を使えなかった。戦う力も戦いを止められるだけの力もなく、無惨にも人々が殺し合っていく現実を前に、何もできなかった。


 けれど、今の自分には力がある。紫電を操るこの力で、能見は何度も危機を乗り越え、仲間を助けてきた。


 能見が行かなければ、代わりに芳賀の部下たちが加勢しようとするだろう。だが、彼らに管理者を倒せるだけの力があるとは思えなかった。それに、ナンバーズを除く被験者には薬剤耐性がなく、能力を使うたびに少なからず怪人化が進む。板倉や愛海のような悲劇を、二度と繰り返してはならないのだ。



(……俺がやるしかない)


 悲壮な覚悟で、能見は風を切って走り続けた。


(俺が戦うしかないんだ)


 目指す場所は、菅井たちが拠点としているアパートの付近。街の西側に位置するその建物は、自分の拠点とは真反対にあった。


 吹き込んだ風には、潮の匂いが充満している。


 仲間たちを助けるべく、能見は全力で疾駆した。



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