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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
7.「トリプルシックスの秘密」編
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093 ヒーロー不在の決戦

「おわっ⁉」


 先に出発しようとしていたチーム一。その一員である武智が、素っとん狂な声を上げる。


 驚くのも無理はない。彼の目の前には、いきなり管理者の姿が現れたのだから。


 三葉虫を思わせる紋様が刻まれた、深緑の皮膚。胸や腹、手首や足首、各部に装着された逆三角形の武装ガジェット。


 それと同じ姿の怪人が、武智、芳賀、咲希の三人の前に、一体ずつ姿を見せる。無言のまま佇み、彼らはこちらの出方を窺っているようだった。


「現れたな、スチュアート」


 冷静にナイフを抜き放つ芳賀。


「でも、どうして三人もいるのよ。管理者は四人だけって話じゃなかったの?」


 和子を庇うように立ち、咲希も身構える。必要とあらば芳賀の回避能力をコピーし、接近戦でスチュアートとやり合うつもりだった。


 なお、よっぽどのことがない限り、武智の力は借りたくないらしい。



「……違う、罠や!」


 その武智が突然、はっとして叫んだ。向こう側にいるチーム二にも聞こえるよう、声を張り上げる。


「これはスチュアートの立体映像や。本体は別の場所におる。きっと、俺たちをかく乱してるんや」


 無惨にも美音が殺されたあの日、彼にはこの幻影に翻弄された苦い記憶がある。その経験が、警鐘を鳴らすのに役立った。


 荒谷と唯、菅井と陽菜もお喋りをやめ、油断なく立体映像と対峙している。あちらにも、こちらと同じく三体。計六体の分身を、スチュアートは巧妙に配置していた。


 しかし、この時点ですでに、芳賀たちは彼の計略にはまっていたのである。


 立体映像の再現度はかなりのものだが、所詮は映像だ。攻撃を受ければあっけなくすり抜けるし、逆に自分から物理的な攻撃を仕掛けることもできない。あくまで、実害を及ぼせない目くらましなのである。


 けれども、目くらましにもそれなりの効果は期待できる。八人を包囲するように配置された立体映像は、芳賀たちを混乱させ、動きを一瞬封じるためのものだった。



「――よく分かったね。君たち下等生物も、少しは経験から学ぶようだ」


 付近のアパートの屋上から、スチュアートの声が聞こえる。だが、姿は見えない。光学迷彩を使い、身を隠しているのだろう。


 芳賀たちがそちらに気を取られた隙を突き、紅の怪人も動く。反対側のアパートの屋根に立った彼は、右手を天に掲げた。


「……諦めろ、モルモットども。今日がお前たちの命日だ!」


 空が割れんばかりの轟音が響き、それとともに真紅の稲妻が幾筋も降り注ぐ。完全に不意を突かれ、戦士たちは防御する間もなかった。無傷で切り抜けられたのは、回避能力を使える芳賀だけだ。


 彼の力をコピーすれば、咲希も難を逃れることはできただろう。しかし、和子を見捨てられなかった。天から飛来する赤き雷撃を前に、彼女は怯え、足がすくんでしまったのだ。


「……きゃあっ!」


「和子ちゃん、危ない!」


 身を挺して、咲希はとっさに和子を庇った。彼女の元へ走り、力いっぱいに突き飛ばし、雷の落下点から逃れさせる。


 代わりに、咲希が雷撃を喰らうこととなった。



「……かはっ」


 一筋の赤い閃光が、スパークをほとばしらせながら自分の背を貫く。肉が焼かれ、焦げる嫌な臭いが広がる。全身が痺れ、手足の感覚がなくなった。


 能見の操る紫電と同じ、いや、それ以上の威力。アイザックの放った雷の一撃を受け、咲希は生命の危機に瀕していた。


 ぽたぽたと何かが滴る音がする。気づけば、咲希は大量に吐血して倒れていた。


「咲希さん、しっかりして下さい。咲希さん!」


 彼女へ駆け寄り、和子が必死に肩を揺する。だが、咲希の目は虚ろに見開かれたままで、和子の言葉も届いていないようだった。


「……そんな。私を、庇って」


 絶望が波となって押し寄せ、和子は今にも泣き出しそうになっていた。



 飛行能力を使い、荒谷は唯を抱えて飛んだ。雷の幾筋かがかすったものの、直撃を避けることには成功する。


 しかし、他の面々はノーダメージではすまない。武智、陽菜、菅井は何か所かを撃たれて、立つことすらままならなかった。


「君たちの行動は予測済みだ。いずれカメラの残りを壊しに来るであろうことも、私の想定の範囲内だった」


 愉快そうに笑う声がして、ついにスチュアートが光学迷彩を解き、姿を現した。屋上から地面へ颯爽と飛び降り、ほとんど音を立てずに着地する。いつの間にか、立体映像も消えていた。


 彼に続き、アイザック、そしてケリーも地上へ降り立った。負傷し、倒れた戦士たちをつまらなさそうに眺め、やがてアイザックがほくそ笑む。


「俺が警告してやった通り、トリプルシックスは連れて来なかったようだな。こいつは都合がいいぜ」


「彼の力は、私たちにとって最大の脅威になり得るものね。逆に言うと、彼さえいなければ、あなたたちなんて敵じゃないのよ」


 残酷な微笑をたたえ、ケリーが両腕の爪を構える。二人の同族を見やり、スチュアートは高らかに言った。


「――さあ、そろそろ駆除を始めるとしようか。今こそナンバーズを排除し、私たちの計画を完成させるときだ」



 オオオオ、と雄叫びを上げ、スチュアート、アイザック、ケリーが地面を蹴る。


 迫りくる三人の管理者。彼らを前に、芳賀たちは渾身の力を振り絞って再起し、武器を構えた。だが、そこにいる誰もが、希望ではなく絶望を感じていた。


 スチュアートたちはおそらく、ここで自分たちを待ち伏せていたのだ。周到に奇襲計画を練り、まんまとそれを成功させたというわけだ。


「怯むな、皆。ここが正念場だ!」


 芳賀を先頭に、連合チームがそれを迎え撃つ。


 猛然と突進してくる怪人たちへ、戦士たちは自らを奮い立たせ、果敢にも挑みかかった。



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