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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
7.「トリプルシックスの秘密」編
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090 約束と笑顔

(……陽菜さんのやつ、どこに行ったんだ?)


 アパート中を探し回り、外にも出歩いてみたが、それらしき人影はどこにもなかった。


 能見は疲れ果て、肩を落として部屋に戻った。ここまで探しても見つからないということは、思った以上に彼女を傷つけてしまったのかもしれない。自分が取った態度に、ショックを受けたのかもしれない。


 ドアを開けると、中は薄暗かった。


 電気がついていないのだから、当然、誰もいないものと思い込んでいた。靴を脱ぎ、無警戒に足を踏み入れた能見は、ようやく違和感に気づく。


 人の気配がした。


「陽菜さん? いるのか?」


 声をかけてみると、影がもぞもぞと動いた。彼女は布団をかぶり、明かりも点けずに横になっていたようだ。


 散々歩き回ったが、結局は部屋に戻っていたとは。ほっとしたような、肩透かしを食ったような複雑な気持ちで、能見は彼女へ駆け寄った。



「どうしたんだよ、そんなところで」


「……見ないで」


 しかし、陽菜は拒んだ。掛け布団にくるまったまま頭を出さず、籠城戦の構えをとる。


「さっきのことは謝るよ。だから、もう拗ねるのはやめてくれ」


 能見はそれを、「拗ねているんだろう」と解釈した。布団を掴み、腕に力を入れて引き剥がす。


「あ」


 掛け布団を払い除けられ、陽菜は束の間、ぽかんとした表情を浮かべていた。その表情のまま、涙を流していた。


 ややあって、かあっと顔を赤らめる。ぷいっとそっぽを向き、ブラウスの袖で目尻をぐいぐい拭う。


「……恥ずかしいよ。能見くんには、私が泣いてるところ見せたくなかったのに」



「ご、ごめん」


 全くの解釈違いだったことを悟り、能見は気まずかった。平身低頭で謝罪する。


 ひょっとして、彼女が話し合いの場から出て行ったのも、「泣き顔を見せたくない」という理由が主だったのだろうか。だとしたら、「怒らせてしまったかもしれない」という能見の心配は杞憂に終わったわけだが。


 はたして、涙を拭い終えると、陽菜は能見をじっと見つめた。瞳はまだ潤んでいた。


「能見くん。一つだけ、約束してくれる?」


「何だよ、約束って」


「もうこれ以上、戦わないで」


 彼女は真剣だった。


「能見くんは今まで、私たちのことを何度も助けてくれた。だから、これからは私たちが能見くんを守りたい」



「……分かった」


 ゆっくりと能見が頷く。


「でも、どうしても助けが必要なときは言ってくれよ。すぐに体が変わってしまうわけじゃないだろうし、多少無茶した程度じゃ響かないと思うぜ」


 能見たちが撃破した管理者は、オーガスト一人のみ。それも致命傷を与えるには至らず、とどめをさしたのはアイザックだ。


 菅井によれば、「この街を支配する管理者は四人」だとスチュアートは語っていたそうだ。彼の言葉を信じるなら、残る管理者はスチュアート、アイザック、ケリーの三名。能見抜きで彼らを倒せるのかは、正直なところ分からない。


 ゆえに、能見はこう提案したのだが。


「……ダメだよ」


 再び目をうるうるさせて、陽菜の声音が僅かに濡れる。


「お願いだから、もう戦わないで。能見くんが人じゃなくなるなんて、私は嫌だよ。愛海ちゃんみたいにならないでよ」



「ごめん。俺が間違ってた」


 愛海の名前を出されて、強く言い返せるはずもなかった。能見は潔く謝った。


 それでようやく満足したのか、陽菜が儚げに微笑む。すっと差し出された細い手を、能見は戸惑いながら見つめた。


「ええと、陽菜さん?」


「……約束してくれる?」


 最初は暗くてよく見えなかったが、彼女は親指から薬指までを折り、小指を伸ばしているのだった。


「もう戦わないって、約束してくれる?」


「……ああ。約束するよ」


 管理者を倒したい気持ちよりも、彼女を悲しませたくない想いが上回る。能見も片手を差し出し、陽菜の想いに応えた。


 指を絡め合い、二人が照れたように微笑む。


 薄闇の中で、ほのかに笑顔の花が咲いた。


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