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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
7.「トリプルシックスの秘密」編
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089 トリプルワンを追いかけろ

 事態は急変した。


 芳賀はカメラの破壊を一時中断することを決め、皆を自身のアパートへ集めた。言うまでもなく、今後の対応策を練るためである。


 監視カメラを壊す際にも、能見は雷を使っていた。アイザックの言葉に一定の説得力がある以上、作業の続行は能見の怪人化に繋がりかねない、と判断したのだ。


 全員が芳賀の部屋に入ると、さすがに少々窮屈だった。隣との距離がほとんどない状態で、一同は円を描くように腰を下ろした。


「……すまない、能見。僕たちは今まで、君の力に頼りすぎていたかもしれない」


 口火を切ったのは、やはり芳賀だった。深く頭を下げ、唇を引き結ぶ。


「君の体が危機に晒されているのは、ある意味、僕たちの責任でもある。本当に申し訳なかった」



「そんな、お前が謝るようなことじゃないだろ。俺だって、さっきまで知らなかったんだし」


 対する能見は、努めて明るく振る舞っていた。「顔を上げてくれよ」と芳賀に声を掛け、全然気にしていないような素振りを見せている。


「アイザックはああ言ったけど、自分の体に違和感はないぜ。俺たちをビビらせるためのハッタリかもしれないし、今まで通り戦っても大丈夫だと思う」


 だが、いくら楽観的な台詞を並べてみても、重く淀んだ空気は変わらない。能見は何だか空回りしているようだった。


 それもそのはずである。今しがた、彼はアイザックに事実を突きつけられ、自分の体が変わるかもしれないという恐怖に呑まれていた。仲間を安心させようとしているんだろう、と察するのは容易だった。


「皆、そんなに深刻に考えないでくれよ。俺はこの通り、めちゃくちゃ元気だ」


 明朗快活という言葉が、今の能見にはよく似合う。腕まくりをして肩を回し、彼はおどけてみせた。


 しかし、ずっと共に過ごしてきたパートナーの目は、そんな演技では誤魔化せない。



「……能見くんの、馬鹿っ」


 パン、と高い音がした。目の前には、涙ぐんでいる陽菜がいる。頬をはたかれたのだ、と理解するのに数秒を要した。


 能見は驚いていた。陽菜が自分のために、ここまで感情を剥き出しにしたのは初めてかもしれなかった。


「自分のこと、もっと大事にしてよ。私はもう二度と、大切な人をなくしたくない」


 彼女は静かに涙を流していた。目を真っ赤に泣きはらし、両手で顔を覆う。


「陽菜さん、俺は……」


 それ以上、言葉が続かなかった。強がりや虚勢を並べたところで、無意味だと気づいたからだ。



 もし自分が怪人へと変わってしまえば、彼女はきっと悲しむ。愛海だけでなく、かけがえのないパートナーまでも失ったとき、陽菜は生きる希望さえ失ってしまうかもしれない。彼女へ悲しみを背負わせるのは、能見の本意ではなかった。


 正直なところ、「異形の姿になっても構わない」と思っていた。アイザックから真実を聞かされた直後は動揺したが、徐々に冷静さを取り戻していた。「自分一人の犠牲で、皆の命が助かるのなら良いじゃないか」と思った。それで管理者を倒せるのなら、望むところだ。


 今まで伏せてきた情報を明かし、動揺を誘ってきたということは、管理者もナンバーズへの対処に苦慮しているに違いない。このチャンスを逃さず、一気呵成に畳みかければ、奴らを倒せるかもしれないではないか。


 けれども今、それは間違いだと悟った。たとえ目的を達せられても、自分が消え、仲間たちを悲しませては意味がない。板倉や愛海のような悲劇を繰り返していては、本当の意味で管理者に勝ったとは言えない。



「……ごめん。私、どうかしてた」


 嗚咽を漏らしながら、陽菜が腰を上げる。ててっと玄関ドアへ走り寄ったかと思うと、彼女は部屋から出て行ってしまった。 


 呆気に取られていた能見へ、咲希が厳しい眼差しを向ける。


「何してるの。追いかけなさい」


「いや、でも」


 あまりの剣幕に、能見は押されていた。追い打ちをかけるように、咲希が人差し指をびしっと突きつけてくる。


「女の子を泣かせておいて、何もしないつもり? いいから行きなさい。後のことは、あたしたちが決めておくから」


 ふと、皆を見回す。


 優しい笑みを浮かべている芳賀。励ますように頷く荒谷。口調こそ荒いものの、咲希も自分のことを思いやってくれていることが伝わる。同じチームで戦ってきた仲間同士、心が通じ合っているようだった。



「何のために俺たちがグループに加わったと思ってるんだ。こういうときくらい、仲間を頼れ」


「リーダーの言う通りや。お前の抜けた穴は、俺らがきっちり埋めたるわい」


 菅井と武智も、能見の背を押してくれた。共闘してまだ日が浅い彼らだが、頼もしいことはこの上ない。


「私たちの力を合わせれば、管理者だって倒せる」


「そ、そうですよ! 頑張りましょう!」


 唯もエールを送ってくれた。緊張しているのか、和子はややぎこちないけれども、一生懸命な姿勢はしっかり伝わった。


「……ありがとう、皆」


 気づけば、目尻から温かいものが零れそうになっていた。


 この街に来てから必死に戦ってきたが、いつの間にか、これほど多くの仲間を得ていたとは。そのことを改めて実感すると、不意にこみ上げてくるものがあった。


「行ってくるよ」


 涙を見せぬよう、能見はすっくと立ち上がった。


 そして急いで靴を履き、陽菜の後を追った。


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