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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
7.「トリプルシックスの秘密」編
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088 呪われたトリプルシックス

「――あーあ、今回も奇襲失敗か。本当にツイてねえよなあ、俺」


 アパートとアパートの間、ごく細い裏路地から姿を見せたアイザックは、苛立ちを隠さなかった。


 いつからかは分からないが、彼はそこに潜んでいたらしい。ケリーが劣勢になったのを見て、加勢したというわけだ。物陰に隠れ、雷撃による不意打ちで仕留める算段だった。


 アイザックにとって都合の悪かったのは、陽菜の持つ予知能力だ。これによって敵の攻撃を読まれてしまうため、奇襲が成功しない。現に今も、間一髪で地面に伏せ、能見たちは稲妻をかわしていた。


「裏切った奴らから先に片付けるべきかと思ってたが、案外、トリプルワンがダークホースだったりしてな」


 紅の怪人はぼやいた。それから、思い出したようにケリーの元へ駆け寄った。


「大丈夫か?」


「……ええ、何とかね。ありがとう」


 弱った彼女に肩を貸し、アイザックが振り返る。能見たちを見つめる彼の目は、非難しているようだった。


「おいおい、お前ら卑怯だとは思わないのか? こんな大人数で、俺の可愛い同胞をいたぶったりしてよ」



「よく言うぜ。少人数で千人もの被験者を閉じ込め、利用してきたお前たちよりはましだ」


 伏せていた姿勢から立ち上がり、すかさず能見は切り返した。


 既に陽菜や他の仲間たちも、奇襲のショックから回復しつつある。自分たちはまだ戦えるし、ここまで追い詰めた管理者を逃がすつもりもなかった。


「仲間を連れて逃げるつもりなら、そうはさせない。今日こそお前たちを倒して、街に閉じ込められた人々を解放してみせる」


 続けて啖呵を切った能見を、アイザックはおかしそうに笑った。


「なるほどな。確かに、ナンバーズ全ての戦力を結集すれば、あるいは俺たちに対抗することもできるかもしれねえ。その戦いの先に何が待っているのかを知らなければ、の話だが」


「……何が言いたいんだ?」


「お前たちに一つ、良いことを教えてやる。これは管理者としての警告でもあり、同胞としての忠告でもある」


 怪人が何を言おうとしているのか、能見にはまるで分からなかった。「同胞としての忠告」とは、一体どういう意味なのだろうか。



「スチュアートから、トリプルシックス宛てに伝言を頼まれていてな。俺が今日ここに来たのは、そういう理由だ」


 彼の台詞は、暗に「ケリーを助けるのが目的だったわけではない」と告げていた。口封じのためにオーガストを殺したときもそうだったが、彼ら管理者の間には仲間意識が希薄らしい。単に、同じ目的のために協力しているだけ、そんな関係性にも見える。


「……トリプルシックス。ナンバーズの中でも、お前は例外中の例外だ」


 アイザックの口元が歪み、醜い笑みが浮かび上がる。


「お前に投与されている『6』番の薬剤は、十種のうちで最も劇薬なんだよ。薬剤に耐性を持つナンバーズでも、完全には肉体の変化を抑えられない」



「……嘘だ」


 聞かされた真実を受け入れられず、能見は両手をわなわなと震わせていた。


「でたらめを言うな。そうやって俺を混乱させて、時間稼ぎをしたつもりか?」


「トリプルシックス。お前はおそらく、最初の頃は力を上手く使いこなせなかったはずだ。違うか?」


 彼の質問には答えず、アイザックは淡々と話を進めていく。


「それはお前が全被験者の中で、最大量の劇薬をその身に宿していたからだ。……『0』から『9』、十種類の薬剤は、どれも多かれ少なかれ肉体変化の効果を持つ。その作用が最も大きいのが、『6』番。中でも『666』のナンバーを与えられたお前には、途方もない量が投与されている」


 残酷なことに、怪人の言葉には少なからず信ぴょう性があった。


 この街で目覚めたばかりの頃、能見が自身の力を扱い切れなかったのは事実だ。当初は紫電をコントロールできず、危うく陽菜にまで命中させかけ、戦うことを恐れていたほどだった。当時対立していた芳賀からも、そのナンバーは「獣の数字」だ、不幸の象徴だと揶揄された。


「俺自身、『6』番の薬剤を追加投与して、この雷の力を得た。が、その量はお前の半分以下だ。俺でも扱うのに手こずったことを考えると、お前の苦労はよっぽどだったんだろうな」


 他人事のように、アイザックは言う。彼が嘘をついているようには見えなかった。


(……こいつの言っていることが本当だとしたら、俺は)


 衝撃に打ちひしがれて、能見はもはや言葉を返すこともできなかった。異形の存在へ変わるのかもしれないという恐怖が、全身を呑み込んだ。



 六番の薬剤が劇薬だ、と聞いて、芳賀の脳裏を彼らのナンバーがよぎった。


 板倉のナンバーは「564」、そして愛海のナンバーは「036」だったはずだ。


 番号の振り方には、何らかの規則性があるのではないか。そう疑ったことは何度もあった。けれども、オーガストから情報を聞き出して以来、それは解決したように思えていた。


『一から十のナンバーには、それぞれ対応した薬品がある。三桁の数字は百の位から順に、投与量が多い順に並んでいる。たとえば「736」であれば、「7」に相当する薬を一番多く、その次に「3」を、最も少なく「6」を投与したということだ』


『これは我々にとっても予想外のことだったが、三桁全てに同じナンバーを持つ個体――我らは「ナンバーズ」と呼称している――は、薬品に対して耐性を持っているようなのだ。同一の薬品を繰り返し投与された結果、免疫機能が働き、薬品による肉体変化がきわめて起こりにくくなったらしい』



 漆黒の怪人の話には、まだ続きがあった。


 薬品によって、肉体変化を及ぼす影響度が異なっていた。そしてそれは、「6」番の薬剤が最も強烈である。板倉と愛海が被験者の中でも早期に怪人化したのは、「6」のナンバーを持っていたからかもしれない。


 もちろん「三桁全ての数字がバラバラで、彼らに薬剤耐性が全くなかった」というのも、怪人化した理由の一つだろう。しかし、それだけではあるまい。三桁全てが異なるナンバーである被験者など、星の数ほどいる。


 その中でなぜ彼らが犠牲になったのか、もっと考えてみるべきだったかもしれない。オーガストから情報を聞き出して満足していた自分の怠慢を、芳賀は責めた。


 なお、オーガストは意図的に「6」番のことを語らなかったのか、あるいはスチュアートから知らされていなかったのかは、正確には分からない。だが、アイザックが「スチュアートからの伝言」と言っていたことから推測するに、アイザック自身、知ったのはつい最近だったのではないだろうか。もしそうなら、オーガストが知らなかったとしても不思議ではない。



「お前たちがあくまで抵抗するというのなら、俺も容赦しない。だが、少し考える時間をやるくらいのことはしてやってもいい」


 芳賀だけではない。力を合わせ、共に戦ってきた仲間に怪人化の危険があると知らされて、一同は激しく動揺していた。とりわけ、彼と連れ添ってきた陽菜が受けたショックの大きさは、想像を絶するものだった。


 皆が打ちひしがれている様子を見て、アイザックは満足げだった。


「このまま戦い、力を使い続ければ、トリプルシックスはいずれ俺たちと同じ存在へ変わる。自分たちが本当に取るべき選択は何なのか、よく考えることだな」


 そう言い残すと、紅の怪人は右手を軽く振るった。横一文字に地面を薙ぎ払うように、赤い稲妻が放たれる。能見たちは思わず、腕で顔を庇った。



 再び目を開けると、アイザックとケリーの姿は消えていた。火花を飛び散らせて目くらましとし、逃げる隙をつくったというわけだろう。


 もしかすると、急いで追えば追いつけるかもしれない。何せ、こっちには飛行能力の使い手がいるのだ。管理者がどこに潜んでいて、どこから現れるのかは依然として不明だが、必死に探して尾行すれば、それも特定できるかもしれなかった。


 わざわざアイザックが警告しに来たのは、自分たちを動揺させ、戦闘意欲を削ぐためだろう。ここで怯んでしまえば、向こうの思うつぼだ。


 けれども、体が動かなかった。


「……俺は。俺の体は、本当に」


 力なく膝を突き、声を震わせる能見を前に、何ができただろう。


 皆、一様に呆然として立ち尽くし、言葉が出なかった。


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