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99 檻囚棟1


 檻囚棟を目指すバルログの足どりは重い。

 対照的に闘志を滾らせるチャオは晴れ渡った顔をしていた。


 バルログはさりげなく遠回りをしながら無駄に自信たっぷりのチャオの笑顔を見て重い息を吐く。


 拐われた人達が監禁されていると思われる施設への潜入調査という指令がチャオによって強行調査に書き替えられたわけだが、作戦の成功率は絶望的に低下している。契約内容で判断するとバルログにはこの場合、ほとんど権限がない。こういった場合を想定しなかった自分のミスなのかとも思ったが、こんな無茶な事態を予測できるわけがなく、チャオの性格を熟知しているはずのレイクのミスだろうと思い直す。


 報酬に釣り合わないほど無茶な指令には拒否権があるが、バルログが参加しようがしまいがチャオは止まらない。なぜならチャオが協力を決めたルシアがバルログたちの動向に頓着していないからだ。


 そもそもはルシアの単独で檻囚棟に正面から殴り込むという作戦(?)にチャオがいたく感銘を受けたのが発端だ。

 おそらく正面突破はチャオがやりたくて理性でどうにか堪えていたことなのだろう。その一線をあっさりと踏み越えたルシアに共感し、便乗しているのだ。


 理屈はわかるが気持ちはさっぱりわからないし共感もできない。ふたり揃って余裕たっぷりなところも理解不能だ。


 本当に勘弁してほしい。

 バルログからすれば共鳴し合う馬鹿に巻き込まれた形だ。

 それでもなんとかしようと思うのは結局のところ二人のことが気に入っているからだろう。


 ルシアは気負うでもなくポルトと美味しい食べ物の話をしている。黙っていれば近寄りがたいほどの美人だがずいぶん気さくな人だ。最初はポルトの気を紛らすために話しかけているのかと思ったがそうでもなさそうだった。いまから殴り込みにいくことを忘れているかの如く自然体なのだ。本当に忘れてるんじゃないかと心配になるぐらいだ。

 さっきルシアの冒険者カードを見せてもらったがDランクの戦士だった。

 初心者でも飛び抜けた才能のある者は下位ランクの魔物に無双して自分の実力を過信してしまう場合があるのでルシアもその類いなのかもしれない。たいして苦労することなくこのランクまで上がってしまったのだろう。それでもそういった者にありがちな他人を見下したような傲慢な態度が見られないのは好感が持てる。


 檻囚棟がアルデオファミリーの管轄である事と、理由はわからないが大勢の人間を拐うという重大犯罪を犯していることを考慮すると、そこに配置される戦力は決して小さくはないだろう。ルシアにはそこで自分の実力を認識してもらい、途中で撤退する方向で作戦を組み立てようとバルログは考える。とはいえ、まだ見張りの戦力はわからないし長引けばすぐに檻囚棟から増援が来るはずだ。細かい部分はいきあたりばったりになるが、ルシアが死なないようにフォローしなければならない。ルシアが敵との実力差に気づくのに時間はかからないだろう。ルシアが強硬手段をあきらめればチャオも追従するに違いない。

 そもそも、この人はどうして素手なのだろうか? と、いまさらながら疑問に思う。たこ焼きを空中から取り出して見せたのを思い出し、同じように剣を取り出すのかもしれないと思うが、同じことが可能な魔道具は準宝具(アーティファクト)と呼ばれるレベルで、Sランクダンジョンで排出されるようなシロモノだ。容量も少なく武器の一つか二つを収納できる程度だと聞いている。そこにたこ焼きを詰め込むというのは理解しがたいのだが、いまは気にしてもしょうがない。

 問題は戦闘力の高いチャオだ。自由に戦わせると見張りを突破してしまう可能性がある。ポルトとミイちゃんの護衛をしてもらうのが無難だろう。本人は文句を言うかもしれないが。


「そ、そういえば、ポルトは、山猫のアジトに置いてきたほうが、よかったんじゃないですか?」

「む? ポルトがおらんと誰が妹かわからんじゃろう。そうじゃな、チャオはポルトを見ていてくれぬか」

「はい、わかりました!」


 都合のいい流れになったようだ。バルログは静かに頷きながら心のなかでガッツポーズをとる。

 廃屋の並ぶ路地の向こうに大きな建物が姿を現すとチャオが声をあげた。


「レイクと一緒に見た建物だわ」


 やはり目的の建物は檻囚棟で間違いないようだ。路地を抜けると大きな広場に出る。その真ん中に四階建ての大きな古びた建造物があった。ここが檻囚棟だ。

 昔は高い壁に囲まれていたらしく、広場と廃屋の境目には所々にその痕跡が窺える。

 記憶では窓の部分は木の板で塞がれていたが、今は一階部分は鎧戸に覆われ上階部分は窓ガラスが嵌められている。建物自体は廃墟の雰囲気だが最近人の手が入ったようだ。


 突き出した庇の下に重々しい黒塗りの両開き扉があり、その前には帯剣した男が二人、退屈そうに柱にもたれかかっていた。壁際にはぼろ布を纏った浮浪者が何人か寝転がっていて、向かいの廃屋のあたりにも人影が見える。


「見えてるのは全員、見張りだな」

「そうか」


 バルログは油断なく周囲に目を配る。見張りを兼ねた門番の数は8人。廃屋のなかにも気配を感じるのでまだ増えるかもしれない。


 ルシアが建物に向かって歩きだしたのでチャオとポルトを路地に残して急いで後を追う。

 扉の前の男たちが二人に気付いてこちらに近付いてきた。


「ルシアさん、見張りの数が多いので、まずは慎重に様子を見ましょう」

「わかった」


 できれば戦闘になる前にあきらめてもらいたい。

 後ろを盗み見ると、チャオがウズウズした顔で路地から飛び出そうと身構えている。


 チャオ、戻れ! ハウス! ハウス!

 細い目をかっ開いて念じるとチャオは渋々と戻っていく。


 二人の男は警戒した様子で革鎧を着込んだバルログを睨んでいた。


「なんだ、てめえら。ここはアルデオファミリーの私有地だ。用がないなら引き返せ」

「わしの身内がそこに拐われたと聞いてな。中を調べさせてもらうぞ」


 ド直球だった。買い物でもするような調子のルシアの返答に男たちもバルログもあっけにとられる。


「ふ……ふざけんじゃねえぞ! どこの回し者だ、コラ!」


 男が声を荒げると寝転がっていた浮浪者たちがむくりと身を起こしてこちらに近付いてくる。

 最悪だ。もう『間違えました、さようなら』は通用しない。

 二人の男の後ろに四人の浮浪者があつまる。ボロ布の内側には鎖帷子(チェインメイル)と小剣を装備しているのが見えた。少し離れてマントを羽織った旅人風の男が二人。こちらは何かしらの飛び道具と緊急時に応援を呼びにいく役目だろう。


「おい、生きて帰れると思うなよ。どこからきたのか知らねえが、ぜんぶ吐いてもらうぞ」


 男たちは武器に手をかけ、バルログを警戒しつつも好色そうな目でルシアを眺めまわしていた。


「困ったのう……殴ったら死にそうなんじゃが。人間は個体差が大きすぎて加減がよくわからん」


 ルシアは顎に手をあててなにやら考えこんでいる。

  

「ルシアさん、俺が時間を稼ぎます。アジトまで戻ってください」


 前に出ようとしたバルログを手で制し、ルシアが進み出た。


「!!」


 そのルシアを引き止めようとした瞬間、バルログは反射的に飛び退いていた。

 低い姿勢で一気に5メートルの距離を取る。


 なんだ、これ!?

 ルシアの気配がいきなり凶々しいものに変質していた。それに触れてしまえば命はないと確信できる恐ろしく異質な何か。

 こんなものがこの世に存在するのか!?

 今まで信じていた世界が音を立てて崩れていく気がした。昨日の拳士の拳など可愛く思えるほどの桁外れな死と恐怖の塊がそこに在ったのだ。

 

「う……ああ……」


 目に映る光景はなにも変わらないはずなのに世界は色を失ったように感じる。

 バルログは長い時間身動きもできずにその光景を凝視していたが、実際には2秒程度の出来事だった。

 不意に圧力がなくなったのを感じると世界に色が戻ってくる。同時に男たちがバタバタと倒れていった。


「うむ、うまくいったな」


 満足そうに呟くルシアの声が耳に入った。

 

「これは……」


 バルログは倒れ伏した男たちの前に悠然と立つルシアを放心したように眺めていた。男たちは死んではいないようだが完全に意識を失っている。


「チャオ、ポルト。先に進むぞ」


 ルシアは振り返ると呑気そうに二人に呼びかける。そして膝まづくバルログに気付くと手を差し出した。


「すまぬな。やはり制御が難しい。そっちにも当ててしまったか」


 心配そうな顔で差し出された手にびくりと体が震えたが、恐る恐るその手を取るとルシアはにこりと笑って手を握りバルログを立ち上がらせた。


「こいつら、どうして急に倒れたの?」


 チャオとポルトが駆け寄りながら不思議そうに尋ねる。二人はなにも感じなかったようだ。ルシアは『当ててしまった』と言ったが、おそらくそうではない。バルログは気を感じ取っただけなのだ。もしあれをぶつけられたら、それだけで意識を保つことはできなかっただろう。


「ル、ルシアさん……い……いまのは……?」

「たいしたことなさそうだったので、ちょっと威圧してやっただけじゃ」


 威圧って……

 そんなもので小隊の戦力がまとめて意識を刈り取られたというのか。Sランク級の英雄が覇気を発するだけで近くにいる者は身がすくんで動けなくなると聞いたことがあるが、これはそんなものの比ではない。さっき感じた気配は単なる武力などではなく、もっと得体の知れない何かだったのだ。


「ルシアさんって、魔法使いなの?」

「おう、よくわかったな。わしは大魔法使いじゃ。もうたいしたことはできぬがな」

「十分すごいです! 尊敬します!」


 チャオとポルトは尊敬の目でルシアを見ている。だがバルログにはルシアが人の形をした何か恐ろしいものに感じられた。

 堂々と入口に向かうルシアを見て、(この人、本当に一人でなんとかするのかもしれない)という予感めいた想いがバルログの胸に去来するのだった。



もうちょっと先まで書きたかったんですが、あまりにも執筆速度が遅いのでここで区切ります。^_^;

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[良い点] いつも楽しく読ませて貰っています。 更新楽しみにしています。 ゆっくりで大丈夫ですよ。
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