96 バルログは尋問する
朝の7時。朝陽は分け隔てなくスラム街にも降り注ぐ。都心部と比べれば活気に乏しいが人々はごそごそと動き出す時間だ。生ゴミを漁るカラスが人影に驚きバサリと黒い翼を広げて飛び上がる。鼻腔に刺さるゴミ溜めの臭いは決して好きではないがバルログには懐かしくも感じられた。
そんな路地裏の一角にポルトとロープで両手を後ろ手に縛られたルシアがぼんやりと突っ立っていた。
少し離れた物影からバルログとチャオが二人の様子を伺っている。
「ルシアさん、だいじょうぶかしら」
チャオが心配そうな顔で呟く。そのルシアはしゃがみこんだかと思うとポルトに話しかけてほっぺの辺りをポリポリと掻いてもらっている。緊張にはほど遠い弛んだ空気だ。
「だいじょうぶだろ。たぶん、来るのは一人か、多くて三人ぐらいかな」
大人数や腕の立つ者が来れば少々面倒だが、そうはならないだろうとバルログは踏んでいた。
壊れた木箱の隙間から見ているとほどなく男たちが現れた。人数は三人。体格はいいが、顔立ちにはまだどこかに幼さを残している。彼らはポルトとルシアに近づくが、ルシアに目を向けると一様に驚いた顔で立ち止まる。しばらく惚けた顔でルシアを見ていたが、我にかえると咳払いをしてポルトに声をかけた。
「よ、よう、本当に来たんだな。ずいぶんといい女を連れてきたじゃねえか」
男たちは舌なめずりをしてルシアを眺めまわしている。
「言われた通り、女を捕まえてきたぞ」
「捕まったー」
ルシアの棒読みのセリフもすでに男たちは聞いていない。欲情にまみれた視線をその艶かしい肢体に注いでいた。
「さあ、妹を返せ!」
ポルトが声を震わせながら先頭の男に叫んだ。
「へへ、心配すんな。また明日の同じ時間にここへ来な。じゃあ、女はもらっていくぜ」
「だ、ダメだ! 妹と交換だ!」
ルシアに手を伸ばした男の前にポルトが割って入った。
「もう、てめえに用はねえ。どけよ、馬鹿ガキ!」
男が乱暴に叫びながら容赦なくポルトに蹴りを叩き込む。
だがルシアがポルトの後ろからひょいと脚を上げると男の蹴りを受け止めた。ルシアと男が足の裏で押し合うような形でピタリと動きを止める。
「いきなり子どもを蹴りつけようとするとは、感心せぬな」
「な、なんだてめえ!」
「ほれ」
ルシアが軽く突き放すように足を伸ばすと、男はバランスを崩して「うわあ!」と、情けない声をあげながら尻餅をついた。
「ルシアさん、ナイス!」
チャオが物影から飛び出して走りだす。
「やっぱりこうなったか」
バルログも姿勢を低くして男たちの死角からルシアの背後に移動を開始した。
「てめえ!」
「なめやがって、この女!」
尻餅をついた一際体格のいい青年が怒声を上げて立ち上がる。
「そこまでだ、グレコ」
そのとき、ルシアの背後からバルログが姿を現した。
「あ?」
グレコと呼ばれた青年は目を白黒させてバルログを眺める。
「それに、サムと……バクシーだったか……」
バルログは後ろの二人に目を向ける。名前を呼ばれた男たちは困惑した顔で動きを止めた。
「バル、あんた速すぎ」
ミイちゃんを抱いたチャオが後ろから走りこんでくる。
「チャオは食べ過ぎなんだよ」
「なによ、失礼ね!」
ケツに向かって飛んできたチャオの蹴りを、今度こそバルログはひらりとかわした。
「おまえ、バルログ……なのか?」
グレコは何度も目瞬きをしながら呆けた顔でバルログを見ている。
三人はバルログがかつて所属していた『山猫』というチームの仲間で、グレコはバルログよりも一つ年下だ。チームは二十歳までに抜ける決まりなので、いまは最年長の一人だろう。サムとバクシーは二、三歳ほど年下だったはずだ。
「へへ……ひ、久しぶりだな、バルログ。いまは冒険者なんだろ? リカルドさんとAランクにまで出世したって、みんな噂してたぜ」
「…………」
バルログが細い目でじっと見つめると、三人は気圧されたように後ずさった。
「な、なんだよ、女を横取りしようってのか!? ま……まあ、昔はいろいろあったが、いまは羽振りがいいんだろ? いまさら俺たちなんかに構うこたあねえだろ!」
しゃべりながらグレコの顔色がどんどん悪くなっていく。そういえば、昔から体の大きかったグレコは傲慢で、バルログは何度も殴られたり食べ物を奪われたりしていた。仕返しにきたとでも思っているのだろうか?
「ギルドのクエストで、近ごろ頻発している人拐いについて調べている。ポルトの妹をどこに連れていった? 『山猫』が人を拐っているのか?」
「!」
三人は驚いて顔を見合わせると、一瞬のアイコンタクトで一斉に背中を向けて走り出した。このあたりの連携は手馴れたもので、一朝一夕の訓練ではこうはいかない。
「あ、逃げた!」
チャオが声をあげるよりも早く、バルログが低い姿勢で三人の間を駆け抜けると足を払われた男たちは三歩も進まぬうちに宙を舞い地面に激突する。
「うぐっ!」
そこまでのダメージはないはずだがグレコたちはバルログとの力の違いに逃げる気力も失ったのか、体を起こしただけで立ち上がろうとはしなかった。
ゆっくりと近づいてくるバルログをグレコは恐れと怒り、侮蔑の入り雑じった複雑な表情で睨んでいた。グレコの記憶のなかのバルログは非力で臆病な、とるに足らない雑魚にすぎなかったはずだ。それがいまやグレコには想像もつかない死線をくぐり抜けてAランクパーティーの冒険者として目の前に立っている。天と地ほどもある実力の違いを見せられても、そのギャップの大きさにグレコは現実を受け容れることができなかった。
「どうしてポルトの妹を連れてきてないのよ!」
「こいつらにそんな権限はないんだよ。それじゃあ、ぜんぶ話してもらおうか、グレコ」
ここまではバルログの予想どおりだ。
「ぜ、ぜんぶ嘘なんだ! そのガキが、俺を他の誰かと勘違いしてるだけなんだ! 利用したのは謝るが、俺はなにも知らねえ! あ?」
気付くとグレコの眼球の一センチ先にナイフの切っ先が突きつけられていた。
「ひいっ!」
「子どもの使いじゃないんだ。『はい、そうですか』と解放するとでも思ってるのか? いまのうちに知っていることを洗いざらい吐け。リカルドのところに連れていってもいいんだぞ。リカルドの前で同じセリフを言ってみろ」
はったりではあったがリカルドの名前を出したとたんにグレコは絶望した表情で涙を浮かべはじめた。ちなみに脅し文句もほとんどリカルドの丸パクリである。自分で使うのは初めてだが、今まで散々見てきたのでリカルドのやり方はよく心得ている。声音までついリカルドに寄せてしまった。
「わ、わかった……ぜんぶ話す」
リカルドの尋問がよほど恐ろしいのか、グレコはついに観念した。
「俺たちは、檻囚棟のやつらに雇われてるんだ」
「檻囚棟?」
それは前王国時代に使われていた捕虜を収容するための施設跡だ。大きな廃墟だが現在はアルデオファミリーの所有物になっているらしく、時おりファミリーの関係者が出入りする姿が目撃されている。地下に秘密のアジトがあるだの死体捨て場だのと噂され、浮浪者もここを寝倉にはしない。
「そいつらは、ファミリーの連中なのか?」
「それは……よくわからねえ。とにかく俺たちは、拐うのに都合の良さそうな人間を見つけて、連中を案内する。一人成功する毎に銀貨10枚だ。悪くねえだろ?」
「拐われた人はどうなるんだ?」
「さあな、檻囚棟に連れ去られるが、出てくるとこは見たことがねえ」
「いままで何人拐った?」
「俺たちが紹介したのは20人ぐらいだ。他にも案内人は居るみたいだし、全部はわからねえよ」
「ひどい!」
チャオが信じられないといった顔で怒りの声をあげる。ルシアは無表情で話を聞いていた。
「山猫は関係ないということか……」
「そうなんだがよ……ここまで話したんだ、もう見逃しちゃあくれねえか?」
グレコは卑屈な愛想笑いを浮かべてバルログを見上げた。
「そうはいかない。このままおまえたちを野放しにはできないし、山猫にも確認をとる必要がある」
「おい、そりゃあねえだろ! ボスに殺されちまう!」
「自業自得だ。それとも、いまここで死体になるか?」
「くそっ……」
グレコはバルログの手に光るナイフをちらりと見ると、力なく項垂れた。
「バル、これからどうするの?」
「夜を待って檻囚棟に潜入する。まずは、こいつらを連れてチームのアジトに行こう。少しでも情報が欲しい」
バルログが山猫を抜けたのは十五歳のときだった。リカルドが冒険者になって一旗あげると息巻いて、腕利きを引き連れてチームを抜けるのに便乗した形だ。
バルログも冒険者になったものの仲間とのコミュニケーションがうまくいかず、ソロで細々と活動していた。だがすぐにダンジョンで仲間を失ったリカルドに招集されてパーティーを組むことになったのだ。
あの日から五年の月日が流れ山猫も様変わりしていることだろう。考えてみれば、いま山猫に残っているのはバルログよりも年下のメンバーだけなのだ。正直に言えばあまりいい思い出はないので、懐かしさよりは不安のほうが大きい。
(でも、こいつらをなんとかしないとな)
バルログはグレコたちを見下ろして小さくため息をついた。




