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92 ステマ王


 ユキとリズ、そしてカイトの三人はグレイフィールド城の庭園の抜け道を通り城下町へと脱出していた。侍女たちの研修施設を抜ける際もカイトは気配を消して兵士の前をなに食わぬ顔で通り過ぎる。半刻後には三人はストラーデ商会の倉庫の部屋に戻っていた。


「えーと、カイトくんだっけ?」


 部屋に入って一息つくと、リズがカイトに話しかけた。


「カイトでいいよ。えーと……リズは、お姉さんでいいのかな?」

「胸を見るなっ! 小さくて悪かったわね!」


 リズが無い胸を押さえてカイトを睨む。


「はは……」

「ちょっと、こっち見ないでください」


 ユキの胸に視線を移したカイトにユキが抗議する。


「犬賢者の次のロットは胸も入れてもらおうかしら……」

「そんなところバージョンアップしなくていいですから! それ、本気で広める気なんですか!?」

「副業は大事よ。冒険者なんてケガでもして引退すれば、途端に食い詰めるんだから」


 リズはもっともらしいことを言うが、勝手にモデルにされたユキからすればたまったものではない。


「そんなことより、召喚英雄さんがまだ顕在だったとは驚いたわ。ユキがパーティーを抜ける理由って、彼と故郷に帰るからなの?」

「ごめんなさい………故郷には様子を見に帰るだけで、冒険者を続けるのは本当なんです」

「いいのよ、ユキが決めたことなんだし。寂しくなるけど、怒っちゃいないわ。そうか……先を越される気はしてたけど、こんなに早く彼氏ができるなんてね……」

「あれ!? なんか勘違いしてません!? そ、そういうアレではないんですよ?」

「またぁ、照れなくてもいいのに」

「い、いえ! ホントに違うんです! 詳しくは話せないんですけど、深い事情があるんです!」

「実は、もう一人連れが居るんだけど、その子はユキが居ないと駄目なんだ」


 カイトが助け船を出すが、どこまで話していいのかユキには判断がつかない。


「あ、そういえばルシアさんはどうしてるんですか?」

「宿で留守番してるよ。今ごろたこ焼きでも食べてるんじゃないかな」


 ちょっと様子を見てくると言って宿を出たっきりなので心配しているかもしれないが、カイトもいまユキのそばを離れるわけにはいかない。


「女の子? そっか、二人旅じゃないんだ……」


 リズはなぜか残念そうに呟いている。


「ユキとカイトはこれからどうするの? あんたたちはここで手を引いて町を出たほうがいいかもしれないわね」

「だめです! わたしだってまだパーティーの一員です! わたしの口からみなさんにちゃんとお別れとお礼を言うまでは、ここを離れるつもりはありませんから!」

「そうよね………ごめんなさい。ただ、けっこう面倒なことになってるから、この先どうなるかわからないわよ。その連れの子だって危険な目に合うかもしれないわ」

「そこは心配しなくていいよ。俺だって手伝うし」

「たしかに召喚英雄が味方ってのは心強いわね。頼りにしてるわ」


 ルシアの場合は手を出した相手の方が心配になるぐらいだが、魔族が絡んでいる以上はできるだけ関わらせたくはない。リズとも会わせるわけにはいかないので、当分の間ルシアは留守番ということになりそうだ。その間、どうやってルシアの機嫌をとるかカイトは頭を悩ませていた。とりあえず明日の朝にでも一度ルシアのところに戻って報告をしておくべきだろう。




◇◇◆◇




 季節は春から初夏に向けてゆっくりと変わっていく。夜も更けて深夜となってもゼフトにいた頃に比べると冷え込みも少なく薄着で出歩けるぐらいには暖かい。


 開けっ放しの窓からは夜気を含んだ涼しい風が流れ込んでくる。 

 ルシアは寝付くことができずに枕を抱えながらベッドの上をゴロゴロ転がっていた。


「遅い……カイトは何をしておるのじゃ!」


 カイトがユキの情報か場合によっては本人を持ち帰ってくるのをワクワクしながら待っていたのだが、待てど暮らせどカイトは戻らない。

 期待は苛立ちに変わりつつあった。同時に言い知れぬ不安が心に暗い影を落としていく。


「んあーーっ! 遅い!」


 ルシアは不安を払い除けるように大声をあげると勢いよく立ち上がっていた。


「散歩がてら様子を見に行くか。古竜や魔神にでも襲われて困っておるのかもしれんしな」


 我慢の限界はカイトの想定よりも遥かに短かった。ルシアは言い訳をするようにぶつぶつ呟きながら部屋を出て階段を降りていく。


 無人のフロントを通り宿を出ると、通りは深夜とは思えないほど光に溢れていた。まばらになったとはいえそこかしこに人々が出歩いて陽気に歌う酔っぱらいの声が響いている。


「たしか、こっちじゃったか。馬車が行き交う大きな道を曲がっていたな……」


 広場に繋がるメインストリートの途中で冒険者ギルドの前を通ったのは覚えている。ここにユキが居るのかもしれないと思っていたのでその記憶は鮮明だ。だがそのあとの記憶はてきとうだった。ルシアはしっかりした足どりでメインストリートとは反対方向に歩きだしていた。




「おかしい……」


 10分も歩くと通りの灯りは少なくなり人影も減っていく。さすがにルシアも訝しんだがそもそもの方角が間違っているという発想には至らない。


「人通りも減っているし、雰囲気が変わって当然か。しかし、こんなに歩いたじゃろうか? 馬車が行き交う大きな道……む、ここか?」


 やがて見えてきた十字路をルシアは迷うことなく右手に曲がり進んでいく。だが道はすぐに細まり寂れた様子を見せ始めた。『早く曲がりすぎた』と判断したルシアは道を戻ることをせずに、すぐさま左折して目当ての通りに出るのを待つことにした。方向音痴が迷子になる典型的なパターンである。


 結果、ルシアは薄暗い露地で途方にくれていた。


 曲がり始めた道を自らの方向感覚を頼りに修正しながら進んだ挙げ句、気付けばもう戻る道さえわからない。

 人気のない道には辻占いの老婆がひとり、小さな木の台を前にしてちょこんと腰をかけているきりだ。どこからかミャア、ミャアと仔猫の鳴く声が聞こえる。


「おかしい……なぜ、こうなった……?」


 行く先を見失い茫然と立ち尽くしていたルシアは、ふらふらと仔猫の鳴く方に歩いていく。絶望した心が癒しを求めたのだろうか。


 建物の壁の隙間に押し込まれた浅い木箱の中に、黒い毛並みの小さな猫が座っていた。箱の隅には水の入ったお椀が置かれている。

 ルシアがしゃがんで覗き込むと、仔猫はなにかを訴えるようにミャアミャアと鳴きながら木箱の縁に前肢を掛けて立ち上がった。


「お嬢ちゃん、あんたみたいな別嬪さんがこんなとこをうろついてると危ないよ」


 横目でルシアを見ていた辻占いの老婆が声をかける。

 ルシアは聞いているのかいないのか、差し出した手に必死で頭をこすりつけてくる仔猫をぼんやりと眺めていた。

 しばらくしてルシアはうわのそらでぽつりと呟く。


「貴様のように姿を変えておれば安全ということか……」


 老婆はぎょっとした顔で目を見開き、次に鋭い目でルシアを頭からつま先まで眺め回した。


「あんた、いったい──」

「このチビは貴様のか?」

「え? …いいや、そいつは捨て猫さね。夕方ごろに小さな女の子が泣きそうな顔で置いてったよ。家に連れて帰ったものの、飼うことができなかったんだろうね」

「そうか……おまえは捨てられたのか」


 ルシアは悲しそうな顔で仔猫を抱き上げると目を合わせて語りかけた。仔猫は『ミィ!』と一声鳴いてじたばた足を動かしている。


「あんた、男にでも捨てられたのかい?」

「す……捨てられた……?」


 ルシアは驚いた顔で立ち上がった。


「ち、違うぞ! わ、わしは……捨て魔王ではない!」

「へ? ステマ王?」


 動揺したルシアは仔猫を抱えたまま逃げるように走り出した。


「ちょっとアンタ! 待ちなよ!」


 老婆の制止も聞かずにルシアは黒い髪をなびかせて夜の闇に消えていった。


 残された老婆はルシアが消えた露地の奥をしばらく眺めていたが、ため息をひとつ吐くとまたイスに座りなおした。


「やれやれ、妙なのがうろついてるね。一応、あれ(・・)も調べておくか」


 老婆は慣れた手つきでカードを繰ると裏向きに九枚のカードを十字に並べる。その中心に置かれた一枚をめくり、老婆は動きを止めた。


「これは………『魔王』の正位置……。あの女、どういう素性なんだ?」


 老婆は呟くと、ルシアが消えた露地にもう一度目を向けるのだった。









タイトルを『捨て魔王』にしなかったのは、なんとなくネタバレかと思って推理要素(?)を入れてみようという思いつきで深い意味はありません。眠いせいだな、きっと。

 見事に推理できた人、「わかるか、ボケ!」と思った人は勢いで評価をポチっと押してくれるとうれしいです。



そして城之内の運命は!? 次回、『城之内 死す!』お楽しみに!!


みたいなノリは大好きです。ヤバそうなのでもう寝ます。おやすみなさい。



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