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09 ユキ、走る


「どうにかなりませんか?」


 ユキは力なく横たわったルシアを前に途方に暮れていた。


「どうかな。近くに人里は?」


「馬で一日のところに村があります」


「…………」


 人間なら即死している傷だ。ここに置いていても長くはもたないだろうし、動かす手段がない。はっきり言って、お手上げだ。


 ブルルッ


 そのとき、近くの森から馬の(いなな)きが聞こえた。

 二人は顔を見合わす。


「行ってくる」


 カイトが森に駆け込み、しばらくすると一頭の馬を引いて帰ってきた。

 ユキはその馬に見覚えがあった。


「タッカーさん達だ」


 馬には野営の道具と最低限の水が積まれていた。

 おそらくタッカーは拠点の村には寄らずに直接町へ戻るルートを選んだのだろう。急を要する事態だったので、一日でも速く報告に戻る選択をするはずだ。

  町までの距離を考えると、ユキのためにこれだけ残してくれただけでもありがたかった。

 ルシアの傷に薬草を貼り、サラシを巻いて固定した。水を飲ませてみるが、意識は戻らない。


「さて、どうするか……」


「せめて、馬車でもあればいいんですが……」


 馬に乗るにも三人は無理なので、結局は徒歩のスピードになってしまう。

 村まで行って馬車を手に入れて戻る間に魔物や野性動物にでも襲われたらアウトだ。看病もなしにそれほど持ちこたえられるとも思えない。二手に分かれるという選択肢もなかった。ユキが魔物に襲われた場合、ユキ一人では対処できないだろう。


「一か八か、馬で運ぶしかないな」


「でも……」


 ルシアの傷の具合からして、ゆっくり歩くだけでも確実に命を縮めるだろう。それでも、ここでじっとしていれば死を待つだけだ。


「俺が馬を操る」


「…………わかりました」


 二人は出発の準備に取り掛かった。荷物をまとめて馬に積む。カイトはルシアを背負うことにした。ルシアはカイトよりもかなり背が高く、前に乗せてしまうと視界が悪くなるし細かい手綱捌きが難しくなる。


 馬から落ちないよう、カイトはルシアを背負った体勢でロープで固定する。ユキが馬を落ち着かせてる間に、カイトはルシアを背負ったまま鞍の上にひょいと飛び乗った。


「じゃあ、いこうか」


 馬がゆっくりと動きだす。


「え?」


 ユキは目を疑った。馬がまるで滑るように、静かに移動していく。確かに足は動いているのに、蹄の音がほとんど聞こえないのだ。一流の盗賊は足音をたてずに走ると聞いたことがある。カイトは謎のスキルでそれを乗馬で実践しているのだろうか。

 これならルシアに振動を伝えずに走ることができそうだ。


「カイトさん、もっと速く走れますか?」


「たぶん、もう少しぐらいなら。これ以上、足場が悪くなければだけど」


「じゃあ、わたしが先に走ります」


 ユキは先に立って森のなかを走りだした。ゆっくりと歩いていては、村にたどり着くまで何日かかるかわからない。少しでも時間が惜しかった。

 馬を休憩させるまで、ユキは走り続けた。歩くのと変わらないぐらいにペースが落ちてきたと思うと急にスピードを上げるという無茶な走りを見かねて何度かカイトは休憩を提案したが、馬が疲れるまでユキは決して首を縦に振らない。やがて日が傾きだしたころ、森を抜けて街道に出た。


「ユキ、もう十分だ。ここで休もう」


 その声を合図にユキは倒れ込んだ。あお向けに転がって荒い息をついている。


「見かけによらずというか、なんというか…………」


 必死に酸素を取り込む以外はぴくりともしないユキを見ながら、カイトは感心したように、そして半ばあきれたように呟いた。


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