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85 見られるとまずいものでもあるわけ!?


「リカルド!? どうして………ここに!」


 疑問を口にしながらもバルログの頭は目まぐるしく思考を交錯させる。


 侵入方法は!? 数年前にリカルドに請われてキーピックの指導をしたことがある。少し練習すれば、安アパートの鍵を開けるぐらい難しいことではない。帯剣は……しているが、まだ抜いてはいない。自分も小剣を腰に下げているが、リカルドとまともに戦うのはまずい。訓練時間ではバルログが圧倒しているとはいえ、リカルドの剣の冴えは天才のそれだ。正面に立って無事でいられるイメージが湧いてこない。しかも普通のロングソードなら狭い部屋では思うように振り回せないが、リカルドが装備しているのは最近使い始めたエストックという剣だ。エストックは剣ではあるが刃がない。頑丈な棒状で先端は鋭く尖っている。つまりは大きな千枚通しのようなもので、刺突に特化した剣なのだ。その威力は金属鎧も貫き通す。振り回す必要がないのでこの狭い部屋でも問題なく使える。動き回るスペースがなくて正面からやりあうしかなくリカルドの方がリーチが長い。なんだ、詰んでるじゃないか。やはりリムデヴォードとグル………にしても襲撃が早すぎる。すぐ殺すつもりなら、部屋に入った瞬間にやられていたのでは? 完全に油断していた。逃げるにしても、リカルドの横を抜けて扉から出るのは無理そうだし、窓を開けている時間もないだろう。まずい、本当に詰んでる。少し前までは「死んだらそれが寿命」ぐらいに思ってたけど、いまはちょっと待ってほしい。ここで死ねば悔いが残りすぎる。よくわからないけど土下座でもしてみるか?


「おいおい、ビビりすぎだろ。話をしに来ただけだ、落ち着けよ」

「あ……、ああ」


 普段どおりの口調に緊張が弛みそうになる。リカルドはシニカルな笑いを浮かべているが、目は笑っていない。こういうときのリカルドは危険だ。


「さっき、監察官の野郎が減刑の嘆願書を書いた……って言ってたよな。でも、それって妙だと思わねえか? あの野郎が俺たちにそんなことをする義理はねえし、情状酌量ってほどの事情もない。だが実際、処分は思ってたよりも軽かったよなあ」

「う……うん」

 

 まずい。ユキを逃がそうとしたことがバレたら洒落じゃなく殺される。これはレイクさんのせいだな。あの人、口が軽いというか、どこか抜けてる感じなんだよな。でも、これだけならなんとかごまかせるかも……


「いろいろ考えたんだがよ、現実的なのは被害者のユキが減刑を希望した場合が一番効果がありそうなんだよな。まあ、いくら頭がお花畑の賢者さまでもそれはねえか。俺たちの中に仲良しでもいるんなら話は別だが。……そういやおまえ、あれからずいぶんと人が変わっちまったよなあ」


 あ、ダメだ。もう完全にバレてる。


「まさかとは思うが…………バルログ。おまえ、俺を裏切ったんじゃねえだろうな?」


 リカルドの顔から表情が消え、目だけが冷たい光を放っている。

 いまさら下手な言い訳は通用しないだろう。バルログは覚悟を決めた。


「あ、あのとき………ユ、ユキを、に………逃がす、つもり………だった」

「………監察官の野郎に俺のことを告げ口したのか?」

「レイク……監察官のことは、知らな…かった。ユ、ユキに、町を、離れるように、勧めた」

「………なんだ、それだけか。なら、いい」

「………は?」


 リカルドの発する圧力がふっと弛んだが、バルログは緊張を解かなかった。


 なら、いい? 「もうしゃべらなくていい、殺す」って意味かな?


「なんだよ、そのツラは? あのときは、俺も調子に乗りすぎたと反省してんだ。もうちょい早いタイミングでユキが逃げてりゃあ、てきとうにごまかせたかもな。本来ならぶん殴るとこだが、もう時効だ。俺を売ったんじゃねえなら、もういい」

「………!」


 もういい? 許す? あのリカルドが? いや、これは罠だ。間違いない。


 リカルドが近づいてきたのでテーブルを挟んでバルログも同じだけ後退(あとず)さる。


「……………」

「……………」


 リカルドとバルログはしばらく見つめ合っていた。

 やがてリカルドが深いため息をつく。


「なんだよ、信用ねえなあ。お互いガキのころから知ってる仲だろ」


 だからよけいに怖いんです。


 まだ少年だったリカルドが、敵対チームに情報を流していた仲間を粛清する現場をバルログは見ている。

 あのときスパイを問い詰めていたリカルドは、わざと言い逃れのしやすい質問をしていた。その言い訳に納得したふりをして、相手が油断した瞬間に隠し持ったナイフでいきなり胸を刺したのだ。


 あのときは、オシッコちびりそうでしたよ、ハイ。

 

「わかった、これ以上近づかねえよ。……俺としちゃあ、どんな命令でも表情変えずになに考えてるかわからねえより、そっちの方が使いやすいんだがな。で、指名依頼は受けたんだろ? やっぱりタッカーと伯爵家の調査か?」

「う………うん」


 リカルドは軽く両手を上げて一歩さがるが、バルログはまだ疑わしそうに見ている。


「おまえは、なにをするんだ?」

「そ、それは…………言えない」


 リカルドがリムデヴォードとつるんでいる可能性がある以上、調査の内容を洩らすわけにはいかない。リムデヴォードに関する情報を引き出したいところだが、下手な質問をすると逆に色々と感づかれてしまいそうだ。


「ふん………まあ、いい。俺らで手伝えることがあれば言えよ。調査官の指名依頼ともなると、査定ポイントも優遇されるはずだからな」

「わ……わかった」

「話はそれだけだ。俺はもういくぜ」


 リカルドはそう言ってくるりと背を向けた。ドアノブを回しながら「あ、そういや──」と言いながら振り返る。


「おまえ、ユキとデキてんのか?」

「なっ……!? ち…、ちがう!」

「はははっ、そうだろうな。おまえ、まだ童貞だろ。今度、娼館に連れてってやろうか。まあ、がんばってポイント稼いでこいよ、バルログ」


 そう言い残すと、リカルドは薄く開けた扉から出ていった。

 扉が閉まり足音が離れるとバルログはがくりと崩れ落ちてその場に座り込む。


 とてつもない疲労感が襲ってくるが、放心する間もなく扉がゴンゴンとノックされてバルログはびくりと体を震わせた。


「バル、ここにいるの? ねえ、いますれ違った人って──」

「うっわあ!」


 ドアノブが回る音と同時にバルログは跳ね起きて扉に突進した。


「ちょっ………! なんでわたし、全力で阻止されてんの!?」

「ダメだ、開けるな!」

「はあ!? 意味わかんない! なんか見られるとまずいものでもあるわけ!?」


 チャオが怒声をあげると〈システム〉によりパラメーターが強化されてるはずのバルログがわずかに押し返される。


「ち、ちがう! 扉を開けると、罠が作動するんだ!」

「もっとマシな嘘を吐きなさいよ! まるでわたしが男の部屋に無理やり押し入ろうとしてるみたいじゃない!」

「いや、そのまんまでしょ」 

「あやしい! 家宅捜査よ!」

「いや、ホントに危ないから! ほら、そこの物陰にクロスボウが……!」

「うるさい! 早く開けなさい!」


 このやりとりは、しばらく続いた。












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