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81 二人でお出かけ


「それにしても、リズさんけっこうノリノリでしたね。口調も男言葉になってましたし……」


 リズは甘えてくるコレットを上手くあしらいながら追い返し、コレットが不承不承という感じで部屋を出ていくとユキはじと目でリズを見つめた。


 ユキはコレットに挨拶をしようとしたもののガン無視され、最後まで目も合わせてもらえなかったのだがリズと一緒にいると珍しいことではない。リズとの妄想の世界に生きている女子は不都合な存在は見ようとしない傾向にあるらしく、へたに認識されると嫉妬からの敵意を向けられるので触らぬ神に祟りなしというやつである。


「彼女と出会ったのがまだあの口調を使ってた頃だったから、途中から変えづらいのよねー。それにコレットもそれを望んでるから、サービスみたいなものよ。大事なパトロンでもあるわけだし」


 ユキが出会うよりも以前のリズは普段から少年のような言葉使いで、いわゆるボクっ娘だったらしい。今でも戦闘中などはその頃に戻ったりしている。だがその口調だと男に間違われたりやたらと女性にモテて困るので、ある事件をきっかけに女らしい言葉使いを心掛けるようになったと聞いている。前にその事件について尋ねたことがあったが、リズは頑として口を割らず、カイゼルたちはニヤニヤしながらその様子を眺めていた。


 リズはコレットのために必要以上に大量のサンドイッチを置いていったので二人で食事タイムとなった。


「食べたら出かけるわよ。そのローブは目立つから脱いでいってね」

「こんな時間にどこへ行くんですか?」

「着いてからのお楽しみ。途中で捕まったときのことを考えたら、知らないほうがいいと思うから」


 どうやらのんびり散歩というわけではないらしい。


 サンドイッチはステーキにサラダ、果物などが挟んであってけっこう食べ応えがある。ユキが半分も食べないうちにリズは自分の分を平らげて準備を始めていた。

 ようやくユキが食べ終わる頃にはリズは外の偵察を終えて戻り、準備万端という様子だ。


 ユキはリズに差し出された黒い外套を身に付けるとフードを深く被った。リズもすでに同じ物を身に付けている。二人は倉庫を抜け出して夜の闇に紛れるように歩きだした。

 大通りのある商業区からは離れているため、人影は少ない。

 二人は坂道を上っていくと居住区に入る。この辺りは裕福層が多く、幅の広い道には街灯が設置されて明るいが夜に外を出歩く者はほとんどいないようだ。ユキは初めて足を踏み入れる場所だがリズは細い道を選んで迷いなく奥へ奥へと進んでいく。やがて城下町の端の壁が見えてくると、リズは立派な屋敷の前で立ち止まった。

 一ブロック先の壁の向こうは崖に近い急斜面で表面はコンクリートで固められており、人が登れそうな角度ではない。崖の上はグレイフィールド城の敷地で鬱蒼とした森が繁っている。


「このお屋敷は…?」


 二階建ての屋敷は高い壁に囲まれ、敷地への入り口である正面門は鉄製の両開きの格子扉が聳えている。


「ここは、城に仕える侍女たちの研修施設ってことになっているわ」

「?」


 リズの言うとおりなら伯爵家の施設であり、逃亡中の二人が近づくべきではない場所だが妙に引っ掛かる言い方が気になった。リズは門へ近づいていくのでここが目的地なのだろう。


「念のため、風の盾(アンチミサイル)の魔法を使っておいてくれる? 今晩は知り合いが見張りをしてるから大丈夫なはずなんだけど、こんな状況だしね」


「は、はい!」


 ユキはリズと自分に『風の盾』の魔法をかけた。これで暗がりからいきなり矢を射かけられても大丈夫だ。


 リズが門を押すとあっさり開き、ユキもリズにくっつくようにして門を潜る。リズは屋敷の玄関前で止まり扉をノックすると、しばらくしてゆっくりと扉が開いた。わずかに開いたすき間から背の高い兵士が二人を見下ろしていた。


「今日は二人よ」


 リズが小声で告げると兵士が下がり、リズは慎重に中の様子を窺いながら扉のすき間に体を滑り込ませた。後ろ手に手招きされてユキも後に続く。


 中は吹き抜けのホールになっていて僅かな照明は点いているものの薄暗かった。兵士は一声も発することなく扉の横に立っていて、リズは足早にホールの奥へと進んでいく。ユキは兵士に頭を下げると急いでリズの後を追った。


 正面には二階へ上がる大階段があり、左右の壁際には長い廊下が奥へと伸びている。リズは太い柱を避けて真っ暗な階段の裏側に回る。すぐ後ろを歩いているはずのユキはリズが黒いマントを纏って足音を消しているせいで完全に見失ってしまった。すぐ前方で扉が開く音がしたのでユキは手を伸ばしてそちらへ歩み寄る。


「へぐぅっ!」


 開いた扉におもいきり鎖骨をぶつけてしまい変な声が出てしまった。


「ちょっと、だいじょうぶ?」

「な………、なにも見えません……」


 痛みで目がチカチカする。そのまま尻餅をつきそうになったがリズが手を掴んで引っ張ってくれた。


「ごめんね。自分が見えてるもんだから、つい……」

「だ、だいじょうぶです。ちょっとこのままでお願いします」


 そう言いながらリズにしがみつく。真っ暗闇で平行感覚がおかしくなっているようだ。目を閉じて感覚が落ち着くのを待ちながら自分に回復魔法をかけると痛みはすぐに無くなった。

 ゆっくり目を開くと暗闇に目が慣れたらしく、うっすらと辺りの様子がわかる。ユキが自分の足で立つとリズは手を引いて開いた扉の中へ誘導した。背後で扉が閉まると今度こそ完全な暗闇だ。


「もう明かりをつけてもいいわよ」


 ユキが『明かり』の魔法を発動するとまばゆい光球がユキの頭上に浮かび上がる。光量を落として明るさを調節し周囲を確認すると、そこは細い廊下だった。

 リズは左右の扉を無視して突き当たりの螺旋階段を下りていく。ユキも光球を頭上に引き連れながら後に続いた。



「ずいぶん長い階段ですね………」


 いつまでもグルグル下り続けるので何処に向かっているのか少々不安になってくる。


「そろそろ下に着くわよ」


 リズの言葉通りすぐに螺旋階段は終わり頑丈そうな扉が現れた。

 扉を開けると坑道のような人の手で岩を掘り進めた通路が伸びている。遠くから滝のような音が聞こえていた。

 リズはまったく先の見通せない闇の壁をずんずん掻き分けて進んでいく。

 この状況は………


「ユキ、念のために魔物避けの明かりにしてくれる?」


 あ、やっぱり。

 ユキが『明かり』の魔法で作り出した光球に『祝福』の魔法を重ね掛けすると、光球の発する光が蒼みを帯びたものに変化する。多くの魔物はこの光を嫌うらしく、弱い魔物ならわざわざ近寄ってはこない。師匠に教えてもらった裏技だが、ダンジョンの低層では移動がスムーズになるので重宝している。


 しばらく進むと通路は終わり、大きな空間に出た。ゴツゴツした岩場の地面は数メートル先で奈落のような闇に切り取られ、遠い底から聞こえる水の落ちる轟音が反響し、湿った冷たい風が吹き上げてくる。


「もしかして、ここはダンジョンなんですか?」

「ダンジョンの手前と言ったところね。このすぐ先がダンジョンらしいんだけど、扉で封印されてるから大したのは出てこないわ」


 そう言いながらリズは壁沿いに続く右側の道を指した。光が届くのはせいぜい十メートル程度だが、道は緩やかに下っているようだ。


「ガレオンの町にダンジョンがあるなんて初めて聞きましたよ。ギルドには登録されてませんよね?」

「伯爵の直轄になっていて存在は秘匿されているわね。大昔にギルドに極秘調査の依頼があったらしいけど、さすがに調査結果までは見つけられなかったわ」

「ふえー、なんかもったいないですね。解放すれば遠出しなくても済むのに。町だって、さらに賑わうでしょうに」


 ゼフトの村でダンジョンが見つかりお祭り騒ぎになっていたのを思い出す。あのときはどこか他人事のような感覚だったが、自分の拠点にダンジョンがあると思うと冒険者なら誰でもテンションが上がるだろう。遠征にかかる日数がないというのも大きいが、遠出をするために必要な食料や野営道具をかなり節約でき、その分軽装で挑むことができる。大量の戦利品を手に入れてしまった場合、持ちきれずに諦めるという残念な選択をしなければならないこともあるのだが、節約できた荷物の分は確実に持ち帰ることができるわけで、少々無理をしてでも地上に出てしまえば帰りの心配をする必要がないのだ。


「まあ、それはダンジョンのランクにもよるし、なにか事情があるんでしょう。私たちが行くのは、こっちよ」


 そう言って指差した左側の道は逆に上へと向かっている。

 道は壁沿いに大きな弧を描くように上っていく。最低限人が通れるように岩を削ったりはしているようだが、決して足場はよろしくない。だがユキも田舎の村で山羊とともに野山を駆け回って育ってきたうえ、この一年は冒険者としてみっちりクエストをこなしてきたのでさほど苦もなくリズの後を追うことができた。

 道はやがて急激な上り階段のように角度を増し、両足と手で体を支えながら登っていく。足でも滑らせて水音の聞こえる奈落に転がり落ちると洒落にならないので壁に手をつきながらユキは慎重に登っていった。

 登りきるとそこは狭い横穴で、少し進んだところで行き止まりになった。


 突き当たりには小さな石段があり、リズが石段に足をかけてごそごそしていたかと思うと天井にぽっかりと穴が開く。


「はい、到着~」


 リズは軽い調子で告げるとひょいと穴から外へと抜け出す。ユキも四角い穴から顔を出すと夜風が頬をなでる。

 そこは森に囲まれた簡素な庭園で、近くに石のベンチと木のテーブルが置かれていた。中心から円を描くように立ち並ぶ石柱の上部には魔法の光が灯り庭園を照らしている。

 穴から這い出して立ち上がるとリズがずらしてあった石畳を戻してきれいに穴を塞ぐ。地鳴りのような激しい水音に振り仰ぐと木々の上にライトアップされたエルネアの滝の瀑布が見えた。思いがけず近い距離に茫然と立ち尽くす。


「ここって、もしかして………」

「そう、ようこそグレイフィールド城へ。なんてね」


 リズがいたずらっぽく笑う。


「ええ!? じゃあ、いま通ってきた道って………」

「緊急用の抜け穴の一つよ。もし捕まっても、正面から侵入したって言い張ってね。ヘタしたらタッカーたちより面倒な立場になるから」

「あ……はは……」


 思わず乾いた笑いが漏れる。山城にはこういった抜け穴がいくつも用意されているのは珍しいことではないが、そういったものは当然ながら極秘扱いである。追い詰められた城主が最後の命運を託す脱出路を関係のない第三者が知っているというのは大いに問題で、捕まれば処刑か一生牢獄暮らしを覚悟しなければならない。どんな伝手でこんな侵入方法を探してくるのか、リズには驚きを通り越してあきれるばかりだ。


「そんなことより、囚われの野郎共が居るのがあそこよ」


 リズが大仰に手を揚げたほうに視線を移すと、普段は見ることのない角度でグレイフィールド城のシルエットが夜空に浮かび上がっていた。





 また細かい書式を変えてみました。安定しなくてすいません。

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