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80 ジルベド騎士爵の苦悩


 グレイフィールド城の執務室に戻ったジルベド・オブライアン騎士爵は侍女が運んできた夕食をとるとようやく一息ついた。


 取り逃がしたリズとユキの捜索は続いているが、いまだその足取りは掴めていない。だがその結果にどこか安心した自分もいた。


 二人はジルベドが仕えるナダン・グレイフィールド伯爵の第三子であるタッカーの仲間だ。タッカーは出奔して冒険者になったが、ジルベドはタッカーが幼少の頃から剣術の指南をしてなにかと面倒を見てきた。タッカーは物静かで頭脳明晰な二人の兄とは正反対の性格で、その短絡的で無茶苦茶な言動にはなにかと手を焼かされた。乱暴者、粗野と評する声もあったが、近くで見てきたジルベドはタッカーが心の優しい青年だと知っている。ただ、曲がった事が大嫌いであまりにも直情的なのだ。城に仕える下男の待遇が悪いと伯爵に直談判して大喧嘩になったこともある。そんなタッカーだからこそ貴族に嫌気がさして城を飛び出したのだろう。問題児ではあったが城中には今でもタッカーを慕う者は多い。ジルベドにもタッカーに城の騎士団を率いて欲しいという強い思いがあった。それも今となっては叶わぬ願いだ。


 今現在、伯爵は病床に伏せ、第一子であるミハエルの命によりタッカーは城に軟禁されている。タッカーが冒険者として請け負った魔王城探索の任務において虚偽の報告を行ったというのがその理由らしいのだが詳細に於いてはジルベドにも明かされてはいない。


 遅れてガレオンに戻ったリズも捕縛する予定だったのだが忍者であるリズは巧妙に行方を眩ませて行方知れずであった。だが賢者であるユキと合流した今が捕らえる好機なのは間違いない。リズが一人でいるよりも動きは鈍くなるはずだ。


 ジルベドはこの任務に疑問を抱いてはいるが、グレイフィールド家に仕える騎士として命令に背くわけにはいかない。できることなら穏便に二人を捕らえたいところだが、ミハエルにより生死は問わないという方針が出された今となっては捜索に全力を尽くしながらもどうにか逃げ延びて欲しいという矛盾した本音との葛藤に苛まれていた。当初は実の弟であるタッカーにもそこまで手荒なことはすまいと考えていたのだが、リズたちへの措置を見るに思った以上に事態は深刻なようだ。


 そしてリズはかなりのやり手らしく、いくつかの拠点を掴んではいるのだがそのどれにも姿を現さない。むしろそれらは捜査の目を引き付けるためのダミーで、こちらの把握していない拠点を幾つも用意しているのだろう。それ以外にもこの一月でリズが数ヶ月単位で契約した宿が五つ。どれもがそれぞれ離れた場所にあり、ただでさえ少ない人員から見張りを割かないわけにはいかない。つい先刻はその一室に明かりが灯ったので兵を集めて踏み込んだところ、手紙で呼び出されたという冒険者が一人、ぽつんとテーブルに座っているだけであった。


 どうにも厄介な相手だが、これがタッカーの仲間だと思うと頼もしいとも思ってしまう。


 ミハエルがタッカーたちを捕らえている理由についてもあれこれ考えを巡らしてみるが、ジルベドには皆目見当がつかなかった。虚偽の報告をしたと言ってはいるが、それは単なる言いがかりだろうとジルベドは考えている。そもそも虚偽と断じるからにはあらかじめ真実を知っていたか、よほど信じられないような馬鹿げた報告であったということだ。前者ならなぜミハエルはそんなことを知り得たのか。後者であった場合も捕らえたまま一月近くも再調査を行わないというのはあまりにも不自然なのだ。


 今回タッカーたちに与えられた任務は魔王城の地下迷宮中層までの事前調査で、本来なら今ごろはAランクパーティーによる本格的な調査が行われている筈だった。だが現在は事前調査の再調査も本隊による下層域の調査も行われないまま調査自体が凍結されてしまっている。

 魔王城の調査は十年に一度くらいの頻度で行われており、出現する魔物によって犠牲者が出ることはあっても魔王城そのものに問題が生じたことはなかった。だが調査が停止している現状を鑑みると、何らかの異常事態が発生している可能性が高い。そして気になるのがミハエルが城中に引き入れた魔族の存在だ。


 魔族たちは病に伏せっているナダンの治療を行っている。問題なのは、その魔族が貴族だと称しているからには『魔界』の者であるということだ。国王の許可なく一領主が魔界と繋がるなど許されることではない。今回のことが国王の許しを得ているのかジルベドには知るすべもないが、とてもそうだとは思えない。一国が魔界と交流を行うことそのものが稀で異端視されているからだ。そもそも西方諸国ならまだしもここは魔界から遠く離れた東方の国だ。二百年も昔に魔王城が飛来するまでは魔界と人間の戦争も、どこか遠い世界の出来事にすぎなかったはずだ。その感覚は近くに魔王城が存在するという以外は今でもあまり変わらない。魔族たちも本来ならこんな遠くまでやってくる事はないのだ。


 『魔界』とは、別の世界を指す言葉ではなく国名のようなものだ。ここより遥か離れた西方諸国の南部に位置するリディア聖王国が人間の領域で唯一魔界と国境を接している国だ。


 その先は暗黒大陸と呼ばれ、広大な大地が存在すると言われているが魔族の領域であるため詳しいことはわからない。


 その魔界の貴族が多くの部下と共に城に姿を現したのが一年前で、ちょうどそのころから魔王城調査の話が持ち上がっている。前回の調査が八年前なのでそれ自体はおかしいというほどではないのだが、タイミング的には不穏なものを感じずにはいられなかった。


 魔族たちが見返りもなくナダンの治療を行っているとは考えられない。万一、人間に災いを招くような企みが明るみに出れば伯爵家の取り潰しだけでは済まないことになるはずだ。


 ゼフトが魔族に襲撃された事件は驚きを持って世界に広まりつつある。今のガレオンを見ていると、それ以上の事件が起こらないとはジルベドには断言できなかった。


 ジルベドが沈痛な面持ちで食後の紅茶を啜っていると、廊下を慌ただしく走る気配が近づき、若い衛兵が部屋に駆け込んできた。たしかタッカーたちの見張りをしている衛兵の一人だ。衛兵はジルベドを見つけると慌てた様子で声をかけた。


「ジルベド様! 隊長が……その、タッカー様に殴られて意識を……!」


「なんだと! 坊っちゃ……タッカーが脱走したのか!?」


 ジルベドは慌てて立ち上がった。タッカーたちは今のところ丁重に扱われているが、ミハエルのリズたちに対する対応を見ると逃走したとなるとどんな処遇を受けるかわかったものではない。


「あ……いえ、そういう訳ではないのですが………、タッカー様が部屋で暴れておりまして、我々だけではどうすればよいのかと………」


 衛兵は困り果てた様子だ。相手は数年前まで自分が仕えていたタッカーで、手荒に扱うのも躊躇するのだろう。 


「わ、わかった。逃げた訳ではないのだな?」


 ジルベドは事態がよく解らずに困惑しつつも胸を撫で下ろした。



◇◆◇



 ジルベドは騒ぎが大きくなることを警戒して、小声で幾つか言葉を交わした以外は先導する衛兵の後に黙って付き従った。


 やがて尖塔の階段を上ると、開いた扉の前に衛兵たちが集まっているのが見えた。


 扉の前には衛兵隊長のモーリスが壁に持たれて力なく座り込んでいる。その傍らには神官服の少年がひざまづいて回復魔法をかけているところだった。


「なにごとだ!」


 ジルベドが声をあげるとモーリスを囲んでいた衛兵たちは慌ててジルベドに向かって直立の姿勢をとった。


「先ほどまでタッカー様が暴れておりまして、止めに入った隊長が巻き添えでこんなことに……」


「ということは、今は落ち着いているのだな?」


「あっちにはまだ回復魔法をかけてないから、すぐに第二ラウンドを始めたりはしないと思うよ、たぶん」


 そう言いながら神官服の少年が立ち上がりジルベドに頭を下げた。


「うちの馬鹿どもが迷惑をかけて申し訳ありません。あ、この人はちょっと頭を打っただけで怪我はないので大丈夫です」


「う、うむ………」


 その馬鹿を育てた責任の一端は自分にもあると思うと、ジルベドの胸中は複雑だった。

 なんとなく気まずい思いで少年から目を逸らしてジルベドは部屋に足を踏み入れた。


 客間であるはずの部屋は酷い惨状だった。以前に置かれていたはずの高価なテーブルは取り替えられているのか、粗末な木製のテーブルがひっくり返ってイスの一つはバラバラに破壊されている。傷だらけの壁紙には赤黒い血の跡が染みつき、こんなことが以前から繰り返されていることを窺わせる。


 そしてタッカーは鼻から血を流してソファーに座り込み、上半身裸の逞しい男が腕組みをして上機嫌でタッカーに話しかけていた。

 タッカーはジルベドに気付くと顔を上げて嬉しそうに声をかけた。


「おお、ジルベドか! 久しいな!」


「坊っちゃん! いったい何事ですか!」


 久しぶりに合うタッカーは以前よりも体つきが一回り大きくなっている。こんな状況でなければ旧交を暖めゆっくりと話でもしたいところなのだが、あまりにも間が悪い。


「坊っちゃんはよせ。ちょっと戦闘訓練をしていたのだが、モーリスがいきなり割り込んできたので巻き込んでしまった。悪いことをしたな」


 そう言ってタッカーは快活に笑った。悪びれないタッカーの様子にジルベドはため息をつく。そういえばタッカーが城に住んでいたころはよくこんなため息をついていたことを思い出した。


「あいかわらずのようでなによりですな、タッカー様。できれば部屋の中での戦闘訓練はお控えください」


「訓練場を使わせてくれと言っているのだが、まったく聞き入れてくれんのだ。一月もこんなところに閉じ込められてはしょうがあるまい。おまえからも何とか言っておいてくれ」


「わかりました。ミハエル様に伝えておきます」


「ところで、リズはどうしている?」


「………!」


 不意討ちの質問にジルベドはぎくりと身を固くした。


「ふむ………その様子だと追ってはいるものの、まだ捕まってはいないようだな」


 ジルベドの反応で大方の状況を察したらしい。タッカーは頭のネジが飛んでいるので誤解され勝ちだが、決して頭が悪いわけではない。むしろ鋭い洞察力は二人の兄に匹敵するのではないかとジルベドは見ている。タッカーは自分がどう見られているかをよく理解しており、それを利用しているようなフシさえあるのだ。


「俺たちは、いつまでこんなところに居なければならんのだ」


「それは………ミハエル様の判断ですので、わたくしめには分かりかねます」


 ジルベドは気を引き締めて慎重に言葉を選んだ。タッカーのなにも考えてなさそうな言動に惑わされて一杯食わされたのは一度や二度ではない。


「うーむ、申し開きの場もなく、こちらとしてはどうにもしようがないのがなあ……。わかった、あと、リズはあれでも女だからな。手荒な真似はよしてくれよ」


「はい、心得ております……」


 タッカーの目が一瞬鋭く光り、ジルベドはすべてを見透かされているような気がして胆を冷やした。


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