79 新たな魔法
「なるほど、ユキらしいといえばユキらしいけど、それは災難だったわね」
ユキからゼフトの広場での顛末を聞いたリズは笑い声をあげた。
「あれは、わたしじゃなくてギリアンさんが凄かったんですよ。みんなの士気を上げるために、まるでわたしが活躍してるみたいにサポートしてくれてたんです。おかげで、こっちにまで妙な噂が届いてるみたいで困ってるんですけど」
ユキはティーカップを手に苦笑いを浮かべる。
「でも巨人を召喚できるようになったんでしょ? 王室勅令の建設作業なんかで使われるって聞いたことあるけど、冒険者で使える人は少ないはずよ。それって、かなり凄い事よ」
「でも暴走させて大変な目に合いましたから……。わたしなんて、まだまだですよ」
そう言いながら、ユキは申し訳なさそうに紅茶を啜った。
「あんたは自分を過小評価し過ぎなのよ。もっと自信を持っていいと思うんだけど」
「ギリアンさんにも言われました。開き直ってやるしかないのはわかってるんですけど……」
ユキは困った顔ではにかむ。決意はしたものの、高ランクの冒険者を間近で見てきたユキは、オークに殺されかけたことで自身の戦闘力の低さを痛感していた。
そんなユキを見ながら自分たちのパーティーがどれ程ユキに救われたかを、ユキ自身は理解していないのだろうとリズは思う。普通にFランクのパーティーから始めていれば、もっと早くに突出した存在として輝きを放っていたはずだ。ある意味最初からBランクパーティーにいたことで自信をつける機会を無くし、ユキの自立を阻害していた可能性は否定できない。ゼフトでの活躍はユキが初めて自らの意思で動き、判断した結果なのだろうと思う。
「でも修羅場を潜ってきただけあって、成長したんじゃない? さっきの判断は早かったわね。選択肢が多いとき、慎重になりすぎて初動が遅れるのがあんたの悪い癖なんだけど」
先刻、ジルベド騎士爵率いる特殊部隊に囲まれた時のことだ。
ユキの迅速で的確な対応のおかげで戦闘を回避してあの場からユキを連れて逃げ出すことができた。
「ちょっと思うところがあって、『ウォール』の派生魔法を作ってみたんです」
「へえ、いつものウォールとは違うやつだったの?」
ウォールは『浮き上がる力場』の魔法を基にユキが作ったオリジナル魔法だ。エディによれば新たな魔法を作り出すのは高位の魔法使いでも簡単ではないらしいが、ユキは当たり前のようにやってのける。
通常は長い月日を費やして研究室で魔法術式を解析し試行錯誤を繰り返しながら新たな術式を組み上げていく。その過程をすっ飛ばして自らの魔術回路をバラバラにして組み合わせ、新しい魔法を作り出すにはスペルアークと呼ばれる魔術回路を蓄えた精神世界の向こう側への高度な干渉が必用なのだが、魔法使いたちは自分のなかに魔術回路を刻みながらスペルアークという存在の認識を深めていくところから始める。
魔法使いが呪文を唱えることにより術式で制御された魔力が流れて魔法の効果を発揮する。その魔力の流れがブラウン管の画面に画像が焼き付くようにスペルアークに少しずつ刻まれたものが魔術回路だ。魔術回路が完成すれば、そこに魔力を流し込むだけで魔法が発動する。つまり、無詠唱で魔法を使うことができるのだ。
エディでも火属性魔法の魔術回路から一部を取り出して指先に小さな火を灯す簡単な魔法を使ったりはできる。こういった即席の魔法はインスタント魔法と呼ばれる。
だが魔術回路の構造そのものを作り替えるにはもっと高度なスペルアークの認識が必用で、三次元を超えた四次元、五次元、あるいはさらに高次元の世界を理解する必用がある。高位の魔法使いが晩年に精神に異常をきたす事例が多いのは、間違いなくスペルアークに深く踏み込んだためだ。
そして、このスペルアークを自在に操るのが賢者と呼ばれるクラスなのだ。ユキは一度でも発動した魔法なら直接スペルアークに書き込み魔術回路を作ってしまう。
「ウォールだと一度展開してしまえば、その座標から動かすことができないんです。だから、つい慎重になってしまうんですね。そこで、形状の自由度を上げて動かすことも可能な魔法を作りました。名付けてFFFです!」
ユキがちょっとドヤ顔で胸を張るが、魔法に詳しくないリズでもそれがとんでもない事なのだろうということが想像ができた。
この年齢でそれを普通にできてしまうユキは、その凄さをあまり理解していないようなのだ。
「自由に動かせるのなら、ずいぶん使い勝手がよくなるわね」
「動かせるといっても、スピードが遅いのでまだまだ改善の余地はあるんですけどね」
「形状が変えられて動かせるのなら、腕に固定して盾を作ったりもできるんじゃない?」
後衛の防御力不足は常にパーティーを悩ませる問題だ。あらかじめ重量のない盾を装備していればとっさの襲撃にも対応できて生存率は上がるはずだ。
「可能ですけど、どこを基準に固定するかですよね。腕とか手首って、けっこうクルクル回るので自分にぶつけてしまったり………あっ、そうか!」
ユキははっとした顔をして、とつぜん立ち上がった。
「ど、どうしたの?」
「スピードの問題、解決したかもしれません」
ユキはそう言うと、壁に向かって手をかざした。
「FFFに『取っ手』をつけるんです」
「取っ手?」
「はい、必用なときだけ取っ手を体の一部に繋げれば、体の動きに連動して動かすことができるんです。──ほら、できました!」
ユキはそう言いながら掌を上下左右に動かしている。リズには見えないが、きっとユキの動きに合わせて力場が動いているのだろう。
「そう、それはよかっ──」
トスッ!
乾いた音がして、扉の横の壁に細く深い傷が走った。
「あう………ごめんなさい、つい………」
はしゃぎすぎて力場を壁にぶつけてしまったようだ。ユキは青ざめてアワアワしている。
「ああ、だいじょうぶよ、このぐらい」
「そ、そうでしょうか? 壁紙もずいぶん高そうなんですけど……」
ユキはすっかり意気消沈して肩を落としている。
大魔法使いが長い時間をかけるような作業を一瞬でやってのけたにしては、ずいぶん可愛らしい反応だ。それがユキらしくて、思わず笑ってしまう。
そのとき、リズがなにかに気づいたように扉へ鋭い視線を向けた。
やや遅れて部屋の外で扉を閉める音がしてコツコツと小さな足音が聞こえてくる。
ユキとリズは顔を見合わせたが、すぐにリズの肩から力が抜ける。
「だいじょうぶ、知り合いよ」
リズが言うと扉がノックされ、返事も待たずに勢いよく扉は開かれた。
「お姉さま!」
部屋に飛び込んできたのは華美な白い服に身を包んだどこぞの御令嬢といったいでたちの少女だった。
お姉さま?
大きなバスケットを片腕に提げた少女は目を丸くするユキには目もくれずリズに歩み寄った。
「コレット、いらっしゃい………っと、ここはコレットの部屋だったね」
「いいえ! どうか御自分の部屋だと思ってお使いください、リズお姉さま!」
この部屋の持ち主ということは、コレットはリズの話していたストラーデ商会の令嬢なのだろう。
「なにかご不便はございませんか? 気になることがあれば、なんでも仰ってください」
「ありがとう、コレット。おかげで逃亡者としては身に余る生活をさせて貰っているよ。──ああ、そうそう、実は技の練習をしていて壁に傷をつけてしまったんだ」
「あら、まあ──」
コレットはリズの指差した壁に近づき、うっとりした顔で傷を指先でなぞっている。
「きれいな傷ですわね……。これは、記念に残しておきますわ」
ユキは申し訳ない気持ちになったが、自分がつけた傷だとは言い出せない空気だ。リズはコレットの方を向いたまま指でオッケーサインを作ってユキに見せている。
「あ、そうですわ。お姉さまにと、これを預かっていましたの」
コレットはそう言って、何かの書かれた紙片をリズに差し出した。そこには詩のようにも見える意味のない単語が並べられている。
リズは紙片を受け取って目を通すとにこりと笑った。
「いいタイミングだ。ユキ、今晩は散歩に出かけるよ」
リズはそう言って指に挟んだ紙片をひらひら振って見せた。
◇◇◆◇◆
(ちょっとマズイことになってるみたいだな…)
ギルド酒場で情報を集めていたカイトは顔を曇らせた。
ルシアと別れてからユキの泊まる宿に向かったカイトは、ユキから聞いていた部屋の前まで行き、中に気配がないことを確認してからギルド酒場に向かった。
大きな酒場は冒険者で賑わっていて、ユキが戻ってきたことでそこかしこでユキとタッカーのパーティーのことが話題に上がっているので情報の収集は楽だった。
だが得られた情報はあまり好ましくないものだ。タッカーたちが魔王城から帰還してすぐに幽閉されている事、ゼフトで見たリズが行方不明でユキにも領主から召喚令が出ていることなどだ。
この状況でユキがカイトたちに相談もせずに、すぐさま召喚令に応じたとは考えにくいが、いまのところユキは行方不明ということになる。
となると、何かトラブルに巻き込まれたと考えるべきだろう。
「昼間に黒づくめの連中に襲われてた紫のローブ姿って、やっぱりユキだよな」
「時間的にもここを出た直後みたいだし、間違いねえだろう」
カウンター席で話す男たちの会話が耳に入り、カイトは気配を消して男たちの背後に立った。
「領主もなりふり構わねえって感じだが、あいつら魔王城でなにがあったんだ?」
「さあな、さっぱりわかんねえよ。それで、ユキは捕まっちまったのか?」
「なんでも、凄い煙でなにも見えなくなって、煙が晴れたら誰もいなくなってたらしい」
「……拐うにしても、ずいぶん派手にやらかしたな。場合によっちゃあ、ギルドと領主で戦争もあるんじゃねえか?」
「それは領主の出方次第だろうが、タッカーは領主の息子だし、そこまで無茶はしねえと思うんだが──」
カイトは最後まで聞かずに酒場を後にした。
外に出ると湿った夜風が頬を撫でる。
すでに夜は更けているが、ガレオンの通りは魔法の光に明るく照らされ多くの人が行き交っていた。
通りの先には町を見下ろす崖の上に、ライトアップされたグレイフィールド城が佇んでいる。
城の背後にあるエルネアの滝にも魔法の照明がつけられていて、闇のなかを光の奔流が城に降り注ぎ、飛び散る滴は宝石のようにキラキラ輝いていた。
さながらおとぎの国のテーマパークみたいだとカイトは思った。だが今は、光の当たらない闇の部分が気になってしまう。
観光客がベンチに腰を掛けてうっとりとした様子で城を眺めている。
カイトは軽く息を吐き出した。
「よし、行ってみるか」
呟くと、城に向かって早足で歩き出した。




