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78 囚われのタッカー


「ええい、開けろ! 我々をここから出せ!」


 タッカーは怒声を上げながら扉を激しく叩き続けていた。

 扉の外には見張りの兵士が立っているはずだが、なんの反応もない。


「兄貴を、ミハエル兄さんを呼べ! こんなところに閉じ込められる謂れはないぞ! 兄貴ーーっ!」


「うるさい」


 ソファーにぐったりと横たわっていたジューノが迷惑そうに顔を上げた。


「なんできっちり一日五回も叫ぶの? ノルマなの? 馬鹿なの? うるさくてしょうがないんだけど」


 グレイフィールド城の一室に軟禁されて、早や一ヶ月。当初に比べれば回数は減ったものの、タッカーは毎日決まった時間に大声で抗議を繰り返していた。同室の身としては、かなりウザい。


「叫ばなければ俺の気持ちがおさまらんのだ。それに、こちらの不満は常に訴えておく必用があるだろう」


 タッカーは気が済んだのか、扉に背を向けるとローテーブルの回りに並んだソファーに腰掛けた。


 捕らえてる側もうるさいと思ったのか、一週間目には城の端の尖塔に部屋を移されている。


「僕はむさ苦しい男と一緒だという以外は、あんまり不満はないけど。ちゃんとご飯は食べられるし、面倒くさい布教活動のことを考えなくてすむからね。僕もエディみたいに一人部屋がよかったなあ」


 ジューノはそう言うと、隣の部屋とを隔てる壁に羨望の目を向けた。エディは魔法使いなので警戒されているのか、この壁の向こうに一人で軟禁されている。

 こちらにはタッカー、カイゼル、ジューノの三人が押し込められ、広めの客間とはいえベッド三つに男三人がいれば圧迫感があった。部屋には小さなバルコニーがあり、よく手入れされた裏庭とそれを囲む森、そしてこの町の名物であるエルネアの滝を間近に見ることができる。エディの部屋には小さな窓があるだけでバルコニーはついていない。


 壁の天井に近い位置には換気用の欄間があるので大きめの声なら隣の部屋に十分に届く。エディは腹話術の魔法で声を直接こちらの部屋に届けてくるので会話にはそれほど困らなかった。


 カイゼルはなぜか上半身裸で黙々と腕立て伏せをしている。

 タッカーの儀式が終わったとみるや起きあがってテーブルとイスを部屋の端に移動させ始めた。


 またか………


 ジューノはその様子を眺めながらうんざりした顔でため息をついた。


「おう、やるか」


 タッカーが立ち上がって準備運動を始める。


「こんなところにいたら、体が鈍ってしょうがねえからな。怪我したときは、また頼むぜ、ジューノ」


「はいはい。イスとかテーブルの脚をへし折って殴り合うのはもうやめようね。ご飯抜きとか風呂抜きは勘弁だよ」


 文句を言うジューノも半分あきらめ気味だ。

 三年前までタッカーが住んでいた場所とはいえ、こいつらは限度というものを知らずやりたい放題だ。高価なテーブルとイスをぶち壊してからは安物の古びたものに交換されている。


「なあに、倉庫に放り込んであった安物だ。そのぐらいなら壊しても問題はあるまい」


 まったく反省していない。


「ルールはどうする? 今日は素手の気分だ」


 カイゼルが構えをとって宙に向かって拳を繰り出す。


「よし、どちらかが気絶するかまいったをするまでだ。いくぞ!」


「よし、こいやああぁーーっ!」


「うおりゃあああーーーっ!」


 むさ苦しい男たちの壮絶な殴り合いがはじまると、ジューノはバルコニーに出た。


「きれいなものが見たい………」


 そう呟いてすでに見飽きたエルネアの滝を眺める。衣食住が確保されていれば軟禁生活もジューノにとってはさほど苦にはならないが、むさ苦しい男たちと四六時中一緒というのは精神を蝕まれる気がする。あの馬鹿どもは回復魔法の使い手がいるからと度々本気で殴り合い、きらびやかだった客間は飛び散った血がこびりつきホラーな雰囲気になりつつあった。せめてもう少しおとなしくできないものだろうか。安否不明なユキのことも気がかりだ。さすがにそろそろ帰りたいとジューノは思った。



◇◆◇◇◆



 日が沈むとカイトとルシアは夕食をとりに銀の欅亭の食堂に来ていた。 

 さほど大きくはない食堂は宿泊客で賑わっている。


 ルシアは早くユキに会いたいと文句を言いながらベッドでゴロゴロしていたが、ご飯だと言うと急に機嫌を良くしてついてきたのだった。


 テーブルに向かい合わせに座るとルシアは真剣な顔でメニューに目を通し、見慣れない名前があるとカイトにどんな料理かを訊ねてくる。カイトも半分ぐらいしか答えられないのだが、むしろ半分は知っている料理だというのには改めて驚かされる。


 カイトは親子丼、ルシアはハンバーグとクリームシチューを注文した。

 料理が運ばれてくるとルシアはうれしそうに手を併せて「いただきます」をする。カイトとユキが自然にする習慣なので、ルシアもすっかり身についたようだ。

 スプーンでシチューを口に運ぶとルシアはピタリと動きを止めて顔をしかめた。


「ん? どうした?」


 ルシアは黙って料理をカイトの方に押しつけると、カイトの隣に移動してくる。肩をぐいぐいカイトに押し当てて無理やりスペースを作り、自分の前に料理を並べ直した。


「な、なんだよ。口に合わなかったのか?」


「いや、美味い。カイトにも分けてやろう」


 ルシアはそう言うと、ハンバーグの付け合わせのピーマンとニンジン、さらにシチューの中のニンジンまでひょいひょいとカイトの丼に移しはじめた。


「ああっ!? この馬鹿! 親子丼にクリームシチューを乗っけるな!」


 カイトの親子丼はもはや何料理なのかすらよくわからない別の物になってしまっていた。


「うむ、礼には及ばん」


「感謝してねえし! 好き嫌いするなよ、ゼフトではちゃんと食べてただろ!」


「あれはまあ食べれたが、これは無理っぽいのじゃ」


 野営のときもニンジンは残してたのを思い出す。カイトは一片のニンジンを食べてみたが、普通のニンジンだ。ボイドさんの料理はびっくりするほど美味しかったので、ニンジン嫌いにしか分からない違いがあるのだろうか。

 こういう好き嫌いは直してほしいのだが、今日のところは機嫌よく食事をしてもらうことを優先すべきとカイトは切り替えた。


「……ったく、しょうがないなあ。ちょっとずつ食べれるようにするんだぞ」


 マジックバッグがあるので食料の備蓄には余裕があるが、それでも長旅の途中で食料が尽きたら贅沢を言ってる場合ではなくなる。できるだけ好き嫌いはなくしておいた方がいいのだ。


 ルシアはすでに上機嫌で食事を始めている。カイトもしかたなくやたらとクリーミーな親子丼を食べ始めた。

 これは………

 とじ卵に白米とダシが絡んだなかに牛乳とチーズっぽい味が混ざり、ゴロゴロしたニンジンとピーマンの食感が自己主張をしている。決して不味くはないのだが、なんとも言えない微妙な気分だ。


「…………」


 食べ終わると、仏壇の前にいるような心境でカイトは手を併せた。


「ちょっとユキのようすを見てくるよ」


 カイトが立ち上がると、ルシアがその手を掴む。


「なら、わしも一緒にいく」


「留守中にユキが尋ねてくるかもしれないだろ。入れ違いになると困るから、ルシアは留守番をしてて」


「ユキが来るかもしれんのか………なら、仕方ないか」


 ルシアは少し不満そうだが納得したようだ。


 町についてからユキに会っていないので、念のために姿を確認しておこうという軽い気持ちだった。


「じゃあ、行ってくる」


 カイトはそう言って、ふらりと宿を出ていった。


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