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77 魔王、ガレオンに到着する


「まて、カイト。あれは、いったい何じゃ?」


 カイトが振り返るとルシアは立ち止まったまま広場の一点を見つめていた。


 ユキに数時間遅れてガレオンの町に入ったカイトとルシアは、厩舎に馬を預けるとユキ指定の宿を目指して広場を横切っていたところだ。 


 広場はゼフトほど大きくはないが、大都市だけあって行き交う人々の数は桁違いだ。広場には多くの屋台が並んでいて、落ち着きなくきょろきょろするルシアを急かして大通りに入ろうというところだった。


 また興味を引く食べ物でもあったのだろうとルシアが指さす方に顔を向けたカイトは、いつも眠そうにしている目を見開いた。


「まさか、あれは………」


 広場の隅にひっそりと佇む屋台には、『たこ焼き』と書かれたのれんが掛かっている。

 ふらふらと屋台に向かうルシアを追って、カイトも足早に歩きだしていた。


「あの丸っこいのはなんじゃ? 美味いのか?」


「お菓子じゃないぞ。でも……たぶん美味い」


 屋台には日本風の白い職人服を着た男が一人、キリでたこ焼きを転がしている。大きな鉄板は半円の窪みが並んだまさしくたこ焼き専用の鉄板だ。


「カイト、あれ欲しい! わしはあれが食べたい!」


「わかった、落ち着け」


 ルシアはすでに子供化して「おとーさん、あれ買って」状態だ。無下にあしらうと駄々をこねて人目を引いてしまうだろう。そうでなくともルシアは目立つ。革のマントにフードを被せてあるが、高い身長に抜群のスタイルだけでもかなりの注目度だ。フードの中の美貌を目にした者は立ち止まり、振り返ってその場に立ち尽くすほどだった。


 だが人目を避けて宿に急ぐのには理由がある。この町にいるユキのパーティーのメンバーはルシアが魔王だと知っているのだ。もし出くわしてしまえば、面倒なことになる。

 しかし、カイトもたこ焼きには興味津々である。


 カイトは頭のなかでシュミレートをしてみる。

 ここに、ユキのパーティーのメンバーが現れてルシアを見つけ騒ぎだす。


「おまえは魔王!? なぜこんなところに!」

「みんな、大変だ! ここに魔王がいるぞ!」


 その指差す先にいるのは飢えた獣のようにたこ焼きをがっつく女。

 ………町の人々は、その告発を信じるだろうか?

 否、なにかの冗談か単に頭がおかしいと考えるのではないだろうか。

 そこで、カイトが親しい友人を装ってこう返す。


「やあ、タッカー。あいかわらず面白いね、君たち。チョーウケる」




「………よし、これでいこう」


 周到な対策を練ってきたカイトだったが、ここに到って面倒くさくなったのであっさりとプランの修正を決定した。


 そうと決まれば目の前のたこ焼きだ。

 屋台の男は二人が近づくと「へい、らっしゃい!」と、威勢のいい挨拶をする。


「これは、タコを使ってるの?」


 カイトは男に訊ねる。


「そうです! 最初はみんな敬遠しますけど、食べてみるとこれがけっこうイケるんですよ!」


 どうやらこの辺りではタコを食べる習慣はないらしい。あの見た目だし、前の世界でも外国ではデビルフィッシュとか呼ばれていて食用にする国は少なかったはずだ。そもそもカイトの知ってるタコと同じものかどうかも怪しいのだが。


「タコって海の生き物だよね? ここは港町からずいぶん離れてるはずだけど」


 食材の鮮度は最も気になるところだ。


「マジックバッグを持った商人が港町から王都を行き来してるんですが、通り道のガレオンでも少し卸してもらってるんです! だから月に三日ぐらいしか販売できないんですけどね」


 たしかにマジックバッグに保存している間は時間経過がほとんど止まるらしく、食材が長持ちする。鮮度は問題ないだろう。

 水に関しては、滝の落ちるグレイフィールド城の辺りから城下町に向かって三本の水道橋が伸びている。市民たちはきれいな水をいつでも入手できるようだ。

 衛生面でも大きな問題はなさそうだ。


「じゃあ、二舟お願いします」


「まいどあり!」


 カウンターに代金の銀貨3枚を置く。少々値は張るが、食材の値段を考えると仕方ないだろう。


 (たけのこ)の皮に包んだたこ焼きを受け取ると、カイトとルシアは噴水の縁に並んで腰かけて食べはじめた。


 包みを開くと濃厚なソースの香りが広がる。


「鰹節まであるのか……すごいな」


 たこ焼きにはたっぷりのソースにマヨネーズ、青のりと鰹節がかけられていた。完璧だ。


 つまようじで口に運ぶと、口の中に懐かしい味が広がる。まさしくたこ焼き!

 隣ではルシアがはふはふ言いながら夢中で食べている。


 ゼフトでも疑問に思っていたが、前にいた世界からこちらにやってきたのはカイトだけではなさそうだ。

 包は輪ゴムで止められていて、通りを行く馬車の車輪を覆う黒い物もゴムなのだろう。ゼフトでは見かけなかったのでまだ浸透はしていないのだろうが、明らかに前にいた世界の知識がこちらに持ち込まれている。

 店主の男が言うには、たこ焼きは大陸中央の大砂海を越えた西方諸国の食べ物らしい。革新的な技術も西方からもたらされるのがほとんどで、西側と東側では文明レベルにかなりの開きがあるそうだ。


「西方諸国か……ちょっと行ってみたいな」


 前の世界の知識にこの世界の魔法文明が融合するとどうなるのか、少し興味が湧いた。


「カイト、もっと食べたい! おかわり!」


 あっというまにたこ焼きを平らげたルシアが騒ぎだす。


「いいけど、おまえもお金持ってるだろ」


 ルシアはゼフトで討伐した超獣合成体の報償金としてけっこうな額を受け取っている。ほとんどはルシア名義でギルドに預けてあるが、一部をお小遣いとして渡してあったはずだ。


「うむ、宝物庫に入れてある!」


「捨てるなよ!」


「捨てたのではない、保管してあるのじゃ!」


 カイトに言わせれば魔王の宝物庫とやらはただのゴミ箱だ。

 旅の途中で、ゼフトで使っていた武具を探させてみたのだがルシアが慌てた猫型ロボットのように適当に引っ張り出してきたのはおびただしい量の瓦礫、壊れた馬車や武具といった粗大ゴミの類いばかりで見上げるほどの山になってしまった。

 よく見るとなかには白骨死体も混ざっていて、それが起き上がって襲ってきたのにはさすがに驚いた。

 そのような危険な廃棄物を街道脇に不法投棄するわけにもいかず、すぐに宝物庫に戻させたのだが、結局例の武具は行方不明のままである。


「しょうがないな。まあ、店が開いてるのは二、三日ぐらいらしいし、ちょっと買いだめしておくか」


 見ていてもあまり客は来ないようなので、買い占めても問題はないと思ってカイトは三十舟を注文した。


 マジックバッグに入れておけば暖かいまま保存できるので、旅の途中に食べるのにちょうどいい。

 そう思っていると、カウンターに山と積まれたたこ焼きにルシアが手をかざすとそれらが一瞬で掻き消える。


「こら! 食べ物を捨てるんじゃない!」


「だいじょうぶじゃ。ちゃんと目印をつけておいたから、いつでも取り出せるぞ」


 しれっとそんなことを言う。


「………おまえな、そんなことができるんなら他の物にも目印とやらをつけとけよ」


 そういえばルシアは、道中でもゼフトでもらったお菓子や果物を四六時中どこからともなく取り出しては大事そうに食べていた。


「けっこう面倒なのじゃぞ。これをするのは大事なものだけじゃ」


 絶対に嘘だ。おそらくはハードディスクに撮り溜めた番組に保護をかける程度の労力に違いない。だいたい、伝説級の武具よりたこ焼きの方が大事とか意味がわからない。


 その後、二人は冒険者ギルドの前を通り、ユキが泊まっているという宿の斜め向かいにある銀の欅亭にたどり着いた。


 宿は大きくはないが清潔感があって洒落た雰囲気だった。

 チェックインをするためにフロントに行くと、初老の品のよい男が対応してくれる。


「一人部屋を二つ、隣同士で取りたいんだけど」


 カイトが言うと、後ろで見ていたルシアが口を挟んできた。


「む? 部屋は一つでよいだろう?」


「えっ!?」


「え?」


 ルシアは不思議そうに首を傾げている。


「いや、そういう訳にもいかないだろ。一応、男と女なんだぞ」


「そうは言っても、夜は一緒に寝るわけじゃから──」


「一緒には寝ないから!」


 あわてて否定すると、ルシアは心底驚いた顔をして見せた。


「だって……ユキがおらんのじゃぞ。わしに一人で寝ろと言うのか?」


 ルシアは悲しそうな顔で抗議する。ちょっと……いや、かなりかわいいと思ってしまったが、ここで流されるわけにはいかない。


 ルシアはゼフトの子どもたちと別れてからは、以前にも増してやたらとユキに甘えるようになり、夜もユキを抱き枕のようにして寝ていたのだ。あれをされると一睡もできない自信がある。

 もしも朝にユキが訪ねてきてそんなところを目撃されでもしたら、しばらくは口もきいてくれなくなるのではないだろうか。


「二人部屋も空いていますけど、どうされますか?」


 フロントの男が事務的な口調で訊ねてくる。いや、思いっきりニヤついてんじゃねえか!

 なにか勘違いをしているに違いない。


「いえ、一人部屋を二つでお願いします」


「かしこまりました」


「えー……本気か? 本気なのか?」


 本気だよ!

 精神的に不安定なのはわかっている。ユキが戻るまでは我が儘は聞いてやるつもりだけど、さすがにこれだけはマズイ。こちらも健康な男子なのだ。


「夜は寝付くまで一緒にいるから、それで我慢しろよ」


「むぅ………わかった……」


 ルシアは不承不承という感じで頷いた。



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