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76 パーティー(回想回終わり)


「そこまでよ、リカルド!」


 リズの声がホールに響き渡る。リズを先頭にタッカー率いるパーティーが乗り込んできてリカルドに詰め寄った。ブラッドとマリーは目を白黒させてタッカーたちを呆然と眺めている。


「リズさん! それに、みなさんも……」


「な、なんだ、てめえら!」


 リカルドは野犬のように牙を剥くが、パーティーに混じった一人の男に気づいて目を見開いた。


「ト………トールセン……?!」


 ウォリアーのカイゼルが肩に手を回して半ば強引に引き連れているのは冒険者のトールセンだった。 


 トールセンはスラムにいたときの手下で、昨晩には脅しあげて言うことを聞かせ、ユキを陥れるための打ち合わせをしたところだ。


「ずいぶん汚ねえことをやってるようだな、リカルド。トールセンが全部吐いたぜ。依頼品の紛失をでっち上げて、ユキに借金を背負わせるんだって?」


 カイゼルがリカルドを睨みつける。トールセンは青い顔でリカルドから目を剃らしていた。


「カイゼル……あんたには関係ない話だ。いまさら幹部ヅラしてユキを横取りする気か?」


 リカルドはまっ青な顔でカイゼルに抗議する。

 カイゼルはリカルドが所属していたチームの幹部の一人で、当時のリカルドには雲の上の存在だった。だが冒険者になってからはタッカーと組むまでは低ランクで(くすぶ)っていたため、先に名を上げたリカルドはカイゼルを見下している。しかし、いざ目の前にすると身が竦んでしまい、それがリカルドのプライドを刺激して苛立たせた。


「ユキを物のように言うな。その手を離せ、リカルド! 俺は彼女に借りがある!」


 タッカーが怒りをあらわにして大きく手を振った。


「あんたのしたことは、全部調べさせてもらったわよ。ユキを低賃金でこきつかって、借金を作らせた冒険者にはひどい取り立てをしてるそうじゃない」


「言っただろ、おまえらには関係ない話だ。ユキのことはパーティー内の問題だ。他人にとやかく言われる筋合いはねえ」


「へえ、ギルドにあんたらのパーティーランクを訪ねたら昨日の時点でBランクだったんだけど。Fランクのユキが入ってるなら、良くてDランクじゃないとおかしいわよね」


 リズがそう言うと、リカルドは言葉を詰まらせた。


「え……どういうことなんですか?」


「つまり、ユキは最初からパーティーには入っていないのよ。あいかわらず回復士もBランクパーティーとして募集を続けてるようだし」


「そんな……」


 そうなると、もう抜けるとか抜けないの問題ではない。そもそもメンバーではないのだ。


「離してください!」


 ユキは襟を掴むリカルドの手を振り払った。


「もうわたしに関わらないでもらえますか! わたしは、わたしの仲間を探します!」


 湧きあがる怒りと悲しみは等価だった。そのほとんどはユキ自らに向けられたものだ。違うと直感していたのに、保身のために甘言に惑わされた。すべて自分の弱さが招いた事態だ。


 わたしは、馬鹿だ。

 もっと学ばなければいけない。もっと強くならなければいけない。これから命を懸けて冒険者を始めるのだから。


 リカルドはそれを嘲笑うように、見下すような笑いを浮かべる。


「おまえには仲間なんてできねえ! ゴミみてえなランクのやつには俺が睨みを利かせてあるからな。わざわざおまえとパーティーを組むやつはいねえんだよ! この俺に逆らって、この町で冒険者ができると思うなよ!」


「わたしは一人でも冒険者をやりますし、仲間だって必ず作ります」


 碧の瞳が映すのは醜く歪んだリカルドの姿。その目が見据えるのはリカルドの瞳に映った自分の姿。

 その言葉はユキの静かな決意表明だった。


「へっ! おまえが魔物と戦えるのか? それに……ダンジョンでどれだけの冒険者が姿を消すと思ってるんだ? おまえがダンジョンに潜ったら、その仲間ごと消えることになるだろうぜ。敵は魔物だけだと思うなよ!」


 リカルドの肩がいきなり強い力で引っ張られた。振り向いた顔面に重く固い拳が食い込み、リカルドが床に転がる。

 拳を振り抜いたタッカーは、自らの目の前でもう一度拳を握り直した。


「このクズめ、脅しのつもりか?! やれるものならやってみろ! ユキは今から俺たちの仲間だ! ダンジョンで喧嘩を売ってくるなら、人間相手でも容赦はせんぞ!」


「……………え?」


 思わぬ言葉にユキは目をぱちくりさせてタッカーを見た。

 遠巻きに見ていた野次馬からは怒号のような歓声があがる。

 タッカーはユキに向き直り、拳を開くと手を差し出した。


「嫌な思いをさせて、すまなかった。だがこの町は、そう捨てたものでもないんだ。俺たちが、それを証明する。だから、一緒に冒険者の高みを目指さないか?」


「で、でも、わたしはまだ初心者で………迷惑がかかります……」


 いまの自分ではまだBランクのパーティーには釣り合わないし、ユキが入ればパーティーのランクは一気に下がってしまう。

 

「大丈夫だ、なにも問題はない」


 覚悟と優しさを秘めた目でタッカーが頷く。

 手を伸ばしかけてユキは躊躇う。これではリカルドのときと同じなのでは?

 だが、あの時とは違う予感があった。

 きっと、この人たちは……


「行け、ユキ。あそこ、が、おまえの、場所、だ」


 トン、と背中を押され、ユキはよろけながら足を踏み出した。


 思わず突き出した手をタッカーがしっかりと握る。タッカーはユキの肩を抱き寄せると、這いつくばるリカルドに顔を向けた。


「もう一度言う。ユキは今から俺たちの仲間だ! 今後ユキに手を出すなら、この俺が相手になるぞ!」


 タッカーは大きな声で高らかに宣言した。

 リカルドはユキを睨みながら体を起こすと床に座り込み、腕で鼻と口から流れる血を拭った。


「あんたらのことは証拠とともにギルドに報告済みよ! 今日にでも処分が下るでしょうね」


 リズがそう言うとリカルドは顔を歪めて笑いだした。


「処分を受けるなら、ユキも同じだぜ。Fランクの降格処分は、たしかギルドからの除名だったな。なにしろ、ユキは首謀者だからな。なあ、おまえら!」


 いきなり話を振られたブラッドとマリーは顔を見合わせた。


「お、おう……」


 ブラッドが弱々しく返事をする。


「おまえら、まだそんな──」

「そういう事にはならんだろうさ」


 近くのテーブルから男の声が割って入った。

 見ると、空のジョッキに囲まれて眠っていた男が起き上がって一同を眺めている。

 男は三十過ぎのしょぼくれた身なりで、ボロボロのマントを羽織っているが冒険者には見えない。


「なんだ、てめえは!」


 リカルドが男に吠えかかる。


「俺は、B級監査官のレイク・ブレンダーって者だ。だいたいの話は聞かせてもらったよ」


 レイクはとぼけた顔で身分証のカードを提示した。


「監査官……だと?」


 リカルドが狼狽した顔でレイクをまじまじと見つめる。


「リズちゃんの調査資料には目を通したが、冒険者からの搾取、恐喝、それに不特定多数への貸し付けと取り立ては無許可の貸し金業にあたる。いま聞いた話と総合すると、ユキちゃんは被害者で間違いなさそうだな」


 リズが鞄から書類を取り出すとレイクに手渡した。


「追加資料よ。トールセンからの聞き取り調書。本人のサインもつけてあるから」


「ありがとさん。こっちでまた再調査はするが、ずいぶん楽させてもらったよ」


 レイクはリズから書類を受け取ると煙草に火をつけて軽く目を通した。それからまだ座り込んでいるリカルドに向かって言った。


「あんたらの処分はギルドマスターの判断だが、降格に罰金、しばらくの活動停止ってところか。リズちゃんに感謝するんだな。これ以上に事が大きくなってたらギルド内の処分じゃ済まなかったぜ」


「くっ………」


 レイクが合図を送るとギルドの職員と護衛の冒険者たちが現れてリカルドたちを事務室へと連行する。


「バルログさん……」


 おとなしく職員に付き従うバルログにユキは心配そうな目を向けた。

 すれ違いざまにバルログは前を向いたまま、小さく満足そうにうなづいた。



 リカルドたちが事務室へ姿を消すと、ユキはタッカーに肩を抱かれたままなのに気づいてその端正な顔を恥ずかしそうに見上げた。


「あの……タッカーさん、わたしほんとに……」


「ああ、なにも心配することはない。ユキは今日から………ああっ!」


 タッカーは大声をあげると慌てて仲間たちに向き直った。


「みんな、すまない! 相談もなく先走ったことは謝る!」


「え?!」


 タッカーがあまりにも迷いなく言い切っていたので、てっきり話し合いが済んでいるものと思っていたのだが、そうではなかったようだ。


「今後のパーティーの方針を決める大事な話し合いの前なのは分かっている。だが、俺はもう決めたのだ。たとえ俺が一人になったとしても──!」


 大きな身ぶり手振りで演説を始めようとするタッカーの胸をリズの拳が叩いた。


「よく言ってくれたわ! さすが私たちのリーダーね!」


「お、おう……」


「僕もかわいい女の子は大歓迎だよ。うちのパーティーって女っ気がなかったから、そういうの憧れてたんだよね」


 僧侶のジューノが言うと、リズが氷のような目で「ジューノ、あとで殺す」と、呟いた。


「なにが『俺一人でも──』、だ。俺たちが見張ってなかったら、また『根性で生きろ』とか言ってむちゃくちゃするだろうが。最初はFランクのクエストから順番に優しく、だ。ま、俺も息抜きがしたかったし、ちょうどいいや」


 カイゼルはそう言うと、ニヤリと笑った。


「なんか、今後の方針が決まっちゃったわね。とりあえず歓迎会とお祝いの酒盛りでもしますか」


「おう、それはいいな」


 最後に魔法使いのエディが真剣な目でユキの前までやってきた。


「エディさん……」


 エディはユキの手を取ると、両手で握りしめながら頭を下げる。


「ありがとうございます! ありがとうございます! 本っ当に、ありがとうございます!!」


「え? え? あの………?」


 拝むように感謝の言葉を繰り返すエディにユキは困惑した。







 三ヶ月後───




 タッカーのパーティーはDランクダンジョンの最下層にいた。


「よし、一匹倒した! パラライズ(麻痺)ガスに気をつけろ!」 


 薄暗い部屋にタッカーの声が響く。


 青色の体液を撒き散らしながら床に沈んだのは巨大なナマコのような魔物、イエローハンドローパーだ。

 赤黒い胴体の先端にある口の周囲には男の腕ぐらいの太さのレモン色の長い触手が六本生えている。

 この触手はクラゲの触手のように、獲物に触れると麻痺性の毒針を撃ち出す。さらに口からはパラライズブレスを吐き出し、動けなくなった獲物をまるごと呑み込んで消化してしまう。皮膚は柔らかく攻撃を当てさえすれば倒すのは難しくないが、麻痺攻撃はなかなか厄介だ。


 とくにDランクレベルのパーティーにとっては僧侶も大抵はまだ麻痺治療の魔法を覚えておらず、麻痺治療の魔法薬も高価なため十分な数をそろえるのは難しい。

 そのためDランクパーティーが全滅する要因にイエローハンドローパーは常に上位に位置している。


 その魔物は細長い部屋の奥で蛇が鎌首を上げるように胴体を立ち上げ、前衛二人に向かって広げた触手を伸ばしていく。


 カイゼルが下がりながら両手剣を振って伸びてきた触手を切り飛ばす。

 イエローハンドローパーは残り二体だ。


「オークの群れがこっちに来てる!」


 通路の入り口を見張っていたリズが声を上げる。どこか余裕のあったパーティーに緊張が走った。


「なに?! こっちも手が離せんぞ!」


 前衛のタッカーが触手をかわしながら叫び返した。

 リズが後ろに下がりながら通路に向かってショートボウで矢を射ち込む。


「ダメ! 数が多くて押さえ切れない!」


『グゴアアッ!』


 オークが部屋になだれこむかと思いきや、先頭のオークが透明な壁に顔面を打ち付けてのけぞった。そのまま後続のオークに押されて透明な壁に張り付いてもがいている。

 ユキが通路の入り口にウォールの魔法を展開したのだ。


「こっちは抑えておきますから、ローパーに専念してください!」


「わかった!」


 前衛が触手を切り飛ばす作業に戻るが、再びユキの声が飛んだ。


「ブレスが来ます! カイゼルさん、下がってください!」


「おう!」


 カイゼルが飛び下がると同時に目の前のローパーが黄色い霧のようなガスを吐き出した。


「すごいな、どうして分かったの?」


 ユキの隣にいたジューノが不思議そうに訊ねる。


「もう何度か見てますからね。ブレスの直前に口の周りの小さな触手がキュッて縮こまって、口も少し下を向くんです」


「へえー……」


 ジューノも注意深く観察しているのだが、まったくわからなかった。


 そのうちにオークたちが武器でウォールをガンガン叩き始める。


「わわ、ちょっと危ないかも……もう一枚張っておきます」


「いえ、それにはおよびません。今日は明かり(ライト)の魔法しか使ってないので、少し仕事をしておきます」


 エディがそう言って通路の方へと歩きだした。


「すいません、まだ戦闘の役にはたてなくて……」


「いえ、とても助かってますよ」


 エディはユキに笑いかけると戦況を確認する。

 前衛ではカイゼルがローパーを斬り倒し、残りは一体だ。

 通路に並んだオークたちはライトニングボルトの魔法の一撃で片がつくだろう。


 ユキが加入してからというもの、低ランクのクエストとはいえ明らかにリスクが減少してパーティーの安定感が増している。

 まだかけだしの少女が、エディにもできなかったレベルでリスク管理を行っているのだ。

 エディも見習わなければという部分が多々あり、他のメンバーも思うところがあるのだろう。各々が以前よりも俯瞰的な視線を意識しはじめて連携のレベルが上がりつつある。特にそこが弱かったタッカーが、ユキを気遣って戦闘中でもパーティーの陣形と敵の位置関係を頻繁に確認するようになったのは良い傾向だ。根性や気合いという言葉を口にすることも減った。このパーティーにとってぬるめのクエストは、逆に良い訓練場になっているようだ。


 ユキは気づいていないのか、よく自虐的ともとれる発言をするが、実はユキに助けられているタッカーにとってその言葉は鋭いナイフのようにザクザク刺さっていることだろう。しばらくこのままにしておこう。


 エディは杖を構えて呪文の詠唱をはじめる。杖から太い閃光が走り、確認せずともユキは絶妙なタイミングでウォールを解除していた。


 そして最後のローパーがタッカーの剣で胴体を寸断される。


「痛えっ!」


 カイゼルが叫び声をあげて片ひざをついた。

 ローパーは半分にされてもしばらくは動いている。油断して剥き出しの脚に触手が触れてしまったようだ。

 なんにしてもこれで戦闘は終了だ。ジューノの魔法で治療すれば問題はない。


「カイゼルさん、だいじょうぶですか?!」


 心配して一人かけだすユキの後を、ジューノが面倒くさそうにあくびをしながら歩いていく。


 エディはユキの後ろ姿を見ながら、このパーティーはもっと強くなれると確信していた。


 そしてタッカーの声がダンジョンに響いた。


「麻痺毒ごときで片ひざをつくとは何事だ、カイゼル! 根性が足らん!」



回想回終わりです。次回から本編に戻ります。

一話あたりの文字数を減らしたのもありますけど、思ってたより話数が長くなりました。

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