73 タッカーパーティー、解散の危機
ガチャリと音をたてて扉が開くと、ウォリアーのカイゼルと僧侶のジューノが部屋に入ってきた。
難しい顔でテーブルを囲んでいたタッカーとエディが顔を上げる。
「具合はどうだ?」
心配そうに眉間にしわを寄せたタッカーが二人に尋ねる。
「俺は軽い火傷だけで、たいしたことねえよ。ジューノがすぐに回復魔法をかけてくれたしな。ジューノは……」
カイゼルの胸元を開けたシャツの下には包帯が見えている。ジューノは添え木を充てた左手を白い布で首から吊り下げていた。
「僕は、骨はくっつきかけてるんだけど、まだ二週間は安静にしとけってさ」
ジューノが左手を軽く上げてみせる。
「そうか……大事がなくてよかった」
タッカーがほっとした顔で胸を撫で下ろした。
二人はそのままイスに腰を下ろして円卓に加わるが、重たい空気が澱んでいる。タッカーたちはレッサードラゴン討伐の依頼を受けて遠征していたのだが、結果を言えば討伐に失敗し敗走した。
原因は連携がうまくいかずに出足から遅れをとり、最も注意すべきドラゴンブレスの兆候を見逃してしまったことだ。
ドラゴンブレスにより前衛二人は吹き飛ばされ、その隙に後衛への攻撃を許してしまった。
レッサードラゴンのブレスの仕組みは近年の研究により、かなりの部分が解明されている。
レッサードラゴンは肉食性だが、その地域や季節毎に肉以外の物も大量に摂取する。今の時期なら主にマロアの葉だ。マロアの木は建材として使われる他、樹皮は染料や皮なめしに、その実も食用となり用途が広いため人里に近い山や丘に植林されることも多い。
この時期のレッサードラゴンは、決まって日の出とともに緑色で棘のあるマロアの葉を食べ始める。その食欲は旺盛で、マロア林に居着かれると収穫に大きな悪影響を及ぼす。だがそれは栄養の摂取を目的としたものではなく、取り込まれたマロアの葉は通常の胃袋とは異なる貯蔵庫と呼ぶべき第二、第三の胃袋に送られる。そこに蓄えられた葉は発酵して引火性のガスを発生させるのだ。レッサードラゴンは外敵に対して口から静かにガスを吐き出し、勢いよく歯を噛み合わせる。その結果、火打牙と呼ばれる水晶質に覆われた牙が火花を散らし、激しい爆発を引き起こす。これがレッサードラゴンのブレスの仕組みだ。ただし、冒険者ギルドによる検証実験ではそれなりの爆発が確認されたものの、実際のドラゴンブレスほどの威力はなかったため、なんらかの魔法の力も働いているというのが学者の見解だ。
仕組みがわかっていれば対策も立てられる。タッカーたちは風上からレッサードラゴンに攻撃を仕掛けたが、戦闘中に風が止んだことに気付くのが遅れてブレスを浴びてしまったのだ。それ以外にも今回は手際が悪すぎた。
反省会は帰りの馬車の中で延々と行われたが、原因は今回の失敗に限らずもっと深い部分にあった。タッカーとエディ以外のメンバーは成長の限界を感じていることを打ち明けた。
タッカーは限界を打ち破るためにはさらなる壁に挑むべきだと主張したものの賛同は得られず、リズからはパーティーの脱退を匂わすような発言も出たのだ。
「リズはいないのか?」
「留守中の情報を集めると言って出ていきました。気分転換もあるんでしょう」
カイゼルの問いにエディが答える。
全員が揃い次第、今後のパーティーの方針が話し合われることになるだろう。
タッカーのパーティーは大きな岐路に立たされていた。
リズの帰りを待つ間も重苦しい空気が立ち込めている。いつもは和気あいあいと仲のよいパーティーなのだが、流れ次第ではパーティーの解散もあるということを全員が肌で感じていた。
空気に耐えかねたカイゼルとジューノがぽつりと軽口を叩いたが、会話は弾まない。こういうときのムードメーカーはリズなのだが、リズはこの場におらず、脱退を仄めかしてもいる。
(これはまずいですね……)
エディは心の中で呟いた。このパーティーはバイタリティーに溢れたタッカーが皆を引っ張り突き進んできた。個々の能力の高さもあり、それが良い結果を産んできたのだが、今は疲労が溜まり息切れを起こしている状態だ。
再びパーティーとして機能するには休息が必要なのだが、問題はタッカーがそれに気づいていないということだ。
エディは以前からパーティーの歯車が狂いはじめていることに気付き、タッカーに注意を促してきたのだが、タッカーは問題の本質を理解できていない。タッカーは正義感に溢れ仲間を大切にする男だが、残念なことに根性論を信奉している。大抵の問題は根性が足りないから起こるのであり、根性さえあればどんな壁でも乗り越えられると信じているのだ。要するに、脳みそが筋肉で出来ている。
そのタッカーが休息などという消極的な解決法をよしとするとは思えない。そして、この解決法はタッカーが自らの口で提案しなければ意味がないとエディは考えている。
いま起こっている問題は、突き詰めればタッカーの方針に着いていけなくなったということであり、仮にエディが解決策を呈示してひと悶着あった後に了承されたとしても、メンバーの不満や不安は解消されない。いずれまた同じ問題が繰り返されることが、タッカー以外の誰の目にも明らかだからだ。
エディの目から見ても絶望的な状況である。タッカーは生き残りさえすれば、いずれは大陸に名を馳せる冒険者になるだろうとエディは見込んでいる。同様に今のパーティーにも二度とは得難い貴重な人材が揃っていると考えていた。それだけに、ここで解散してしまうのはあまりにも惜しい。
時間はあったのに今までにタッカーを変えることができなかった自分の不甲斐なさも悔やまれた。残った頼みの綱はリズくらいだが、彼女は頭の回転が早く行動力もある。タッカーの考えを根本から変える難しさを理解しているだろうし、今頃はもう自分の方針を決めているのではないだろうか。
エディが鬱々と考えていると、外から階段をかけ上がる足音が聞こえてきた。
足音は部屋の前で止まり、勢いよく扉が開けられる。そこに立っていたのはリズだった。
リズはずかずかとテーブルに近づき、一同をきっ、と睨みつけた目には怒りの炎が燃えている。
終わった……
エディが嘆息したが、リズの口から発せられたのは決別の言葉ではなかった。
「カイゼル、あんたスラム出身の冒険者に顔が利くんでしょ? 急いで情報を集めて欲しいんだけど」
いきなり話を振られたカイゼルは困惑の表情を浮かべた。
「あ? まだ利かせたことはねえが、知り合いは多いな。なんの情報だ?」
「呪いの剣を鑑定してくれたユキを覚えてる? 彼女、リカルドたちに騙されて苛酷な労働をさせられているの」
「なんだと?!」
「低ランクの冒険者にはユキと関わらないように圧力がかかってるみたい。鑑定料の前借りで借金を作ったヤツとトラブルになってる話も聞くわ。そこらへんの情報を具体的に、証拠として使えるように今日中に集めてほしいの」
「……ったく、急な話だな! わかった、やるよ!」
カイゼルと同時にタッカー、エディ、ジューノも立ち上がっていた。
「おい、どういうことだ? 詳しく聞かせてくれ。俺たちに出来ることはあるか?」
「ごめん、急いでるから夜にでも説明するわ。すでに監査部が動いてるらしいから、下手すればユキまで処分されかねないの。あんたらには後で力を貸してもらうから」
そう言い残すと、リズとカイゼルは慌ただしく部屋を出ていくのだった。




