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72 リズさん、激怒


「朝から晩まで毎日働いて、週給銀貨40枚?! いったい、いつの時代の話かしら! あんたもおかしいと思わなかったの?! 最低賃金を大幅に下回ってるじゃない!」


 ユキから経緯を聞き終えたリズは憤慨していた。


「最低賃金なんてものがあるんですか? わたしはこの国の制度には詳しくないので……。世の中には吹雪のなか、ひたすら山羊の数を数える仕事もありますし、寝ても死なない環境ってだけでなんか贅沢な気がしてたんですよね。あと……」

 

「シャラップ! そんな奴隷制度まっただ中の仕事とかどうでもいいわ!」


 リズはお気楽そうなユキの言葉を遮り怒りを撒き散らす。ちなみにユキの故郷であるユークギラン王国に奴隷制度はない。


「皿洗いでもやってたほうがまだマシよ! 鑑定士は特種魔術職で高給取りなのよ。その収入だと宿に泊まるのもしんどいでしょ。あんた、ちゃんとご飯は食べてるの?」


「いまはまだなんとか……。でもリカルドさんが、川向こうの安いアパートを紹介してくれるというので……」


「ちょっと、なに言ってんの?! 川向こうってスラム街よ!」


 リズが驚いて口を挟む。


「そうなんですか? 最初のうちは、みんなそういうところから始めるんだって、リカルドさんも昔住んでたと……」


「ダメよ! 女の子が一人で歩けるような場所じゃないのよ! リカルドのやつ、どういうつもりなのよ!」


 状況がよくわかっていないユキと対照的にリズは険しい顔で考えを巡らせている。


「やっぱり、もう少し待遇を改善してもらったほうがいいんでしょうか? 時間があれば別のパーティーにゲスト加入してダンジョンに行こうかと考えてるんです」


「ムダよ。下位ランクの冒険者にはあなたと関わらないように圧力がかかってるし、これ以上待遇がよくなることはないわ。今日、あなたが自分の意思を見せたことで、おそらくより高圧的な態度で支配下に置こうとしてくるでしょうね」


 ここにきて、ようやくユキも不安そうな顔を見せた。


「仲間だって言ってくれたのは嘘だったんでしょうか……」


「~~~~~」


「リズさん?」


 リズはわなわなと肩を震わせると、バン! と、テーブルを叩いた。


「私は怒ってるの!」


「わわ!? ご、ごめんなさい!」


「あんたにじゃなくてリカルドによ! この状況でのほほんとしてるあんたも、ちょっとイラっとくるけど! とにかくリカルドのやつ、こんなに素直で純真で頭の弱いユキを食い物にするなんて許せないわ!」


「え? いま最後になにか……」


 気になる単語が耳に入ったような?


「とにかく! 私がなんとかするから、ユキはもう少しがんばりなさい! スラム街には絶対に近寄っちゃダメよ!」


「は、はい……ありがとうございます?」


「……また明日来るわ」


 リズはそう言うと部屋を駆け出ていった。






 午後からの仕事はユキの口数も減っていた。ぼんやりと考え事をしているようでも仕事はてきぱきとこなしていく。

 バルログも無口なのはいつも通りだが、今日は朝からずっと考え事をしているらしく、ユキの話もあまり耳に入っていないようだ。見た目はほとんど変わらないが、ユキにはそのぐらいの見分けはつくようになっている。

 今も顔をあげてバルログに目を向けてみても、いつもならわずかに緊張が走るのだが、ユキの視線に気づいていないようだ。


「バルログさん……」


 バルログはバネ仕掛けのように飛び上がり、もたれていた壁とユキを交互に見た。バルログにはユキの声が、たしかに背後の壁から聞こえたのだ。


「あ、すいません、そんなに驚くとは思ってなくて。『腹話術』の魔法ですよ。マリーさんは使わないんですか?」


 ユキが笑顔を向けると、バルログは緊張を解いてイスに座り直した。この魔法は完全無詠唱で使われると、ただ話しかけられるだけでもけっこうな不意打ちになる。


「………どうし、た?」


 ユキが仕事の手を止めてなにか言いたげにバルログを見ている。話をしているときでもユキの手が止まることは滅多にないのだ。


「わたし……バルログさんたちの仲間なんですよね?」

 

 浮かび上がる不安の色を笑顔で無理に塗り潰しながら、ユキは尋ねた。


「…………」


 バルログはゆっくりとユキの目を見返す。これもまた珍しいことだった。重苦しい沈黙が落ちる。その時間の長さが答えとなる前にユキが謝罪の言葉を紡ぎ出そうと口を開きかけると、


「………違う」


 ユキが発した質問を自ら有耶無耶にしてしまう前に、バルログははっきりと否定の言葉を口にした。


「そう……ですか……」


 ユキは血の気の引いた顔で目を伏せた。わかっていたことだが、本人の口から事実を突きつけられるのは、やはり堪える。


「二、三日の、うちに、町を、出ろ」


「………え?」


「行くなら、夜、仕事、が、終わって、からだ。リカルド、には、黙っておく」


 バルログはゆっくり、たどたどしく言葉を紡ぐ。


「どうして……」


「王都、にでも、いけ。ユキ、なら、いい、仲間、見つかる」


 ユキが顔を上げるとバルログは目を逸らして立ち上がった。


 テーブルに近づくと、ユキの前に小さな皮袋を置く。ジャリ、と金属の擦れる音がした。


「報酬なら、昨日いただきましたよ?」


「…………」


 バルログは首を振る。中を確認してユキは驚いて固まってしまった。入っていたのは40枚の金貨、日本円に換算しておよそ400万円。ユキが目にしたことのない大金だった。


「こ、こんな大金、受け取れないです」


 尻込みするユキを見てバルログはため息をつく。


「ユキ、が、稼いだ、金、……ごく、一部、だ」


 どうやらリカルドはかなりの荒稼ぎをしているらしい。リズが憤慨していた理由がようやく実感として飲み込めてきた。それでもユキにとっては単純労働をしている感覚なので、目の前の大金と自分がどうにも結びつかない。バルログのポケットから出てきた想定外の大金を受け取ることに、罪悪感が先に立ってしまう。


「やっぱり、いいです……」


 庶民感覚のユキは、見なかったことにしよう、などと心のなかで呟いて愛想笑いを浮かべながら現実逃避を試みる。


「俺は、いら、ない。ユキの、金だ。いらない、なら、捨て、ろ」


 バルログはイスに座り、片膝を立てると横を向いてしまった。


「あの、バルログさん………」


「…………」


 バルログは横を向いたまま、あとは知らないとばかりに無視を決め込んでいる。もはや目の前に残されたユキが作り出した大金という現実と向き合わざるをえない。これがリカルドのパーティーで頭割りした金額なら、わずか二週間でかなりの大金が動いたことになる。欲に呑まれておかしくなる者がいても無理はない。自分の知らないところで様々なトラブルが起こっているのではないだろうか。リズにも心配と迷惑をかける結果になってしまった。すべては自分の不注意と認識の甘さが招いた事態だ。今になってエディの忠告が身に染みた。


「わかりました。ありがたくいただいておきます」


 ユキが堅い声で告げると、バルログはわずかにうなづいた。




ブクマ50に到達しました、ありがとうございます!

投稿まえは5人も読んでくれたらいいとこかな、ぐらいに思っていたので身が引き締まる思いです。評価も平均4.5ポイントと高評価をいただいていて、心が折れそうになったとき強い後押しになっています。序盤で適当にばら蒔いた伏線を回収するのに相当な時間がかかりそうですが、がんばって最後まで続けようと思います。これからもよろしくお願いいたします_(._.)_



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