70 ユキの作業部屋
翌日、ユキが酒場に行くとリカルドに個室へと案内された。扉を開けるとテーブルや床の上にアイテムの入った大小の篭が置かれている。
「あの……これは?」
ユキは戸惑った顔でリカルドに訊ねた。篭の数は十数個で大きな篭には鎧や盾が入ったものもある。
「当面のおまえの仕事だ。鑑定したアイテムはリストに記載しておいてくれ。他の篭と中身を混ぜないように気をつけろよ」
「……仕事……ですか」
だいたいの事情は察した。ユキに鑑定させるために冒険者から集めてきたのだろう。
「いつまでにできる?」
「夕方ぐらいには終わるとは思いますけど、これ、他のパーティーの持ち物ですよね。エディさんにはトラブルの元になるから、身内の物以外はあまり鑑定しないほうがいいって言われているんです」
リカルドは一瞬、顔をしかめたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「それは、世間知らずのユキがやるのは危ないって意味だろ。冒険者とのやりとりや調整は全部俺たちがやるから、ユキは鑑定だけしてればいいんだよ」
「……はあ」
ここまでお膳立てがされてしまえば、断ったほうがトラブルになるのは目に見えている。せめて事前に相談ぐらいはしてほしかったと思うのだが、いまさら言っても仕方のないことだった。低レベルの自分が他に役に立つことがあるのかと問われると思い当たらないのも事実だ。
ユキは仕方なく用意されたペンを手に取ると、近くの篭のリストに目を通した。
「よしよし、しっかり頼むぜ。バルログをつけておくから、なにかあればあいつに言ってくれ」
リカルドはそう言い残して部屋を出ていった。
外は扉の並んだ廊下になっていて、リカルドは突き当たりのお手洗いで用を済ますと廊下を抜けて酒場に出る。近くのテーブルではブラッドとマリーが無駄口を叩きあっていて、バルログは俯いたままじっとしていた。
「バルログ、ユキを見張っておけ。夕方にはできるなんて言ってやがったが、もっとかかるはずだ。疲れてサボり出したら、軽く脅してやれ」
「……………」
バルログは黙ってうなずくと立ち上がり、個室の並ぶ廊下へと歩き去った。
「相変わらず、薄っ気味悪い野郎だ」
ブラッドが毒づきながらエールのジョッキを呷った。
「ホント、話しかけてやっても無視するしね。ヒーラーが居着かないのもあいつのせいじゃないの? この際、首にして新しいのと入れ換えたら?」
「まあ、そう言うなよ。あいつはなんでも言うことを聞くし、けっこう使えるからな」
リカルドとバルログは、つき合いは長い。二人はスラム街出身で、かつては幾つもある少年ギャング団のようなチームの一つに所属していた。リカルドは下っ端のまとめ役のようなことをしていて、バルログはその中の一人だった。
チームはスリや掻っ払い、強盗などで日銭を稼ぎ、マフィアの下働きもする。チーム同士の抗争も激しかった。通常はチームを抜けることはできないが、ある程度の年齢になると卒業になる。まともな職に就く者はほとんどなく、マフィアに入ることができれば上出来だ。そうでなければマフィアの下働きのチンピラとして使い潰されるか、冒険者になるぐらいしか道はない。
冒険者になったリカルドは、手下を引き連れてパーティーを組み、何度もダンジョンに挑んだ。生き残り経験を積んだリカルドはやがて頭角を現していくのだが、多くの手下が盾として命を落とし、あるいは逃げ出していった。バルログはそのなかでも唯一生き残り、リカルドについてきた手下だ。
それでもリカルドにとっては特別に思い入れがあるわけではない。長持ちしている使い捨ての一人であり、そこそこ腕が立ち命令はなんでも聞くので重宝しているという程度の存在だった。
今回もユキの仕事ぶりを見張るだけという退屈な役目を押しつけただけだ。
「酒でも飲みながら依頼人を待っていりゃあ、何もしなくても金が転がり込んでくるんだ。退屈な見張りはあいつにやらせとけばいい」
そう言うと、リカルドは上機嫌で酒を呷った。
◆◇◆◇◆
「バルログさん、こんにちは」
「……………」
ユキは扉を開けて入ってきたバルログに挨拶をするが、バルログは黙ってテーブルのイスを引いた。身長はユキと同じぐらいのはずだが猫背のために実際よりもかなり低く見える。忍者のような頭巾を被っていて糸のように細い目もとしか見えないが、年齢は二十歳になるかならないかだろう。
バルログはイスを壁際まで運ぶと、ちょこんと腰をかけてユキの作業をじっと見ている。
ユキは篭の中のリストとアイテムを確認すると、鑑定結果をリストの対応するアイテムの横にさらさらと書き記していく。同種のアイテムが複数ある場合はテーブルの上に用意してあった紙片に番号を書いて紐で括ってタグを取り付ける。どちらかと言えばこの作業のほうが手間がかかった。
「バルログさんは、いつから冒険者をされているんですか?」
手際よく作業を進めながらユキが尋ねた。
「……………」
バルログは作業を見つめたままピクリとも反応しないが、十秒ほど過ぎてからゆっくりとユキに視線を移した。
気配を察したユキが顔を上げて、食い付き気味にバルログと視線を合わせる。バルログは少し目を見開いたようだが、いかんせん表情がよくわからない。目もとしか見えないのだから仕方なくはあるのだが。バルログは何も言わぬまま、またゆっくりとテーブルに視線を戻した。
「バルログさんは、どうして冒険者になったんですか?」
「……………」
やはり反応はない。ちょっと立ち入った質問だったのだろうか。
「………もしかして、おしゃべりは嫌いですか?」
「……………」
あまりの反応のなさにユキは心配になり、作業を続けながらバルログの表情を伺う。
ややあって、バルログがぽつりと呟いた。
「………にが、て」
返事をしてくれた。
ユキの顔に笑みが溢れる。
「じゃあ、わたしの話をします!」
ユキは宣言すると、堰を切ったように喋りだした。
「それで、北国には雪狼っていう熊でも襲って食べちゃう凶暴な魔物がいるんです。人里近くに現れることは滅多にないんですけど、わたしが一人で山羊の見張りをしてたとき、山の斜面をそいつが駆け降りてきたんです。わたしは小さかったから、おっきいウサギさんだなーと思って見てて。そしたら山羊が一斉に逃げ出して、目の前で一匹が襲われたんです。雪狼はその山羊を咥えて帰っていったんですけど、いま思うと絶対にわたしを狙ってたんですよね。たまたま目の前にきた山羊がわたしより大きくて美味しそうに見えたんでしょうね。大事な山羊を持っていかれたので、帰って父に泣きながら謝ったら、ものすごく青い顔をしてましたよ」
ユキは喋りながらテキパキと作業を進めていく。だいぶ慣れてきたのでスピードも上がっていた。
「……おまえ、よく、喋る」
バルログは表情が見えないので、あきれているのか感心しているのかよくわからない。
「おしゃべりを聞かされるのは嫌いですか?」
「………退屈、しなくて、いい」
「そう、よかったです! あ、もうすぐ作業終わりますね」
バルログは少し口下手のようだが、だいぶ距離が近くなった気がする。もう少し仲良くなれば、自分のことも話してくれるだろうか。そんなことを考えていると作業は終わっていた。外はまだ明るく、夕刻に差し掛かる頃だった。




