07 魔王解放
「抜けた…………?」
ルシアはカイトが掲げた剣を、呆けたように見ていた。
一方、カイトの頭のなかでは、どこかで聞いたようなファンファーレが鳴り響いていた。
『パパラパッパッパパー♪ 【勇者】に転職が可能になりました。勇者に転職しますか?』
「いいえ」
「「?」」
『では勇者レベル1をサブクラスに設定します。パラメーターが上昇しました。スキル【勇者剣術】を獲得しました。スキル【勇者魔法】を獲得しました。新しい技を覚えました。新しい呪文を覚えました。』
玉座の間の床いっぱいに巨大な魔方陣が現れ、音もなく縮んでいく。それは中心に立つカイトの足元に収束すると、呼応するように勇者の剣が一瞬、光を放った。
そして勇者の剣は切っ先から砂のように崩れ落ちて、カイトの手のなかから消滅した。
「終わった……のかな?」
カイトは答えを求めてルシアに目をやる。
「おお……外の気配がわかるぞ……! 結界が、消えた……」
ルシアはまだ信じられないといった表情で立ち尽くしている。
「封印は解けた……わしは自由じゃ!」
ルシアは確認するように大きな声で叫んだ。だが、それを聞いたユキは複雑な表情を浮かべていた。
「あの……魔王……さんは、これからどうなさるんですか?」
「そうじゃのう……手始めに、この国でも滅ぼすか」
「……!!」
ユキが表情を固くする。
「冗談じゃ。魔界の様子はどうなっておる?」
「あ、えと……魔族の動きが活発化していて、新しい魔王が誕生したのではと言われています」
「ならば、暫定魔王の顔でも拝むか。まずは魔界に行く。それまで人間の処遇は据え置こう」
ユキは胸を撫で下ろしたが、不安は消えなかった。人間にとっての大きな脅威を解き放ってしまったことに変わりはない。ルシアは今後、人間界に大きな災いとなって降りかかるかもしれないのだ。その責任の一端は自分にあるのだと、ユキは胸を痛めていた。
「まずは、二百年ぶりに外の空気を味わおう」
扉が一人でに開き、風が吹き込んでくる。エントランスの向こうには、森の木々が見える。ユキが入ってきた場所とは少し景色が違っていた。ルシアは城の構造を自由に組み換えているようだ。
ルシアは扉の前で足を止め、思いきったようにエントランスへ出た。目の前の下り階段は土に埋まっていて、そのまま森につながっている。
外へ足を踏み出そうとしたルシアの足が止まった。
「これは……?」
「どうかしたのか?」
ルシアは答えずに目の前の空間に片手を突き出した。
バシュッ! と、なにかが弾ける音がして手が触れた空間が赤く染まり、ルシアの手が焔と煙を吹き出した。肉の焼ける臭いが辺りに立ち込める。
ルシアが手を引くと、炭化した手は一瞬で再生した。
「また結界とは、たいした念の入りようじゃ。それもずいぶんと大掛かりな………」
「また結界だって?」
「お主らには影響のない結界じゃ」
カイトとユキは警戒しながら外に出てみたが、確かに影響はないようだ。
「ベルキシュー、お主も出られるであろう」
ルシアに促され、ベルキシューも境界線を問題なく越えた。
「これもルシア専用の結界なのか?」
「これは魔神を封じるための結界じゃ。強力ではあるが、目が粗い。膨大な魔力を有するわしだけが引っ掛かるという仕組みじゃな。これは人の業ではないゆえ、このわしを封じておきたいのは、人も魔族も同じということじゃ」
ルシアは自嘲するように笑った。
「どうするんだ?」
「知れたこと」
ルシアの三本の角が赤い光を放ち輝きだす。
「無駄でございます。たとえ魔神でもこの結界は越えられません」
ベルキシューが事務的な声で告げる。
「こうするのじゃ」
バキッ!
ルシアは自らの角に手をかけ、根元からへし折った。
ルシアは苦痛に顔を歪ませながら、残った角も次々に折っていく。
「ど、どういうおつもりで……」
「わしの魔力は、すべてその角に集めた。いまのわしなら……」
ルシアはふらつきながら、足を踏み出した。
一歩、また一歩と歩を進め、境界線を越え、ルシアは城の外へと出てきた。
「ふふ、ついに………」
ルシアが視線を落とす。
その腹部から血に濡れた剣が突き出していた。
「まさか、本当に出てこられるとは。おめでとうございます、アルシアザード様」
ベルキシューが、背後からルシアを刺し貫いていた。




