67 かけだし賢者(以下回想回↓)
昨日から降り続いていた雨は上がり、雲間から射す光がガレオンの町を包んでいた。
大きな荷物と金属製の細長い杖を手にしたローブ姿の少女が噴水広場で顔を上げる。
まっすぐに伸びた大通りの遥か先、断崖を背に高台から町を睥睨するグレイフィールド城には虹色のアーチが掛かり、さながらおとぎ話に出てくる妖精王の城かと思わせる神秘的な佇まいだった。
少女は宝石のような緑色の大きな目を見開き、杖を持った手で雨に濡れた紫色のフードを外す。湿った風が輝く銀色の髪を揺らした。
「すごい………! こでなちきれいな城、よう見んきようねえ!」
目を輝かせながら北方訛りの方言を張り上げると、行き交う人々が少女へ目を向ける。
少女ははっとして口に手をあてると、顔を赤くして俯いてしまった。
「こんなきれいなお城、見たことがありません、こんなきれいなお城……」
少女は確認するように口の中で何度か呟くと顔をあげ、少し堅いすまし顔で歩き出した。そして広場の隅で立ち止まると、近くに人がいないのを確認してぶつぶつと標準語を練習し始める。
「こんせ………こんにちは、わたしはユキ・ヴァルツスカヤです。うん、だいじょうぶ!」
ユキ・ヴァルツスカヤ、それが少女の名前だった。山向こうの侯爵領で田舎者と馬鹿にされたのがショックで、ガレオンまでの道中は標準語の練習に取り組んでいた。
「こんなに大きな町なら、先輩の賢者さんもいそうだな」
ユキは嬉しそうに呟くと、大通りを城に向かって歩き出した。ここまでの旅でいくつかの町や村を通ったが、賢者に会うことはなかった。師匠から、賢者の数は少ないと聞いてはいたが、それでも都会の冒険者ギルドにいけば何人もいるものだろうとユキは考えていたのだ。
冒険者ギルドの場所は門番から聞いていた。ゆるやかな坂道を上っていくと、石造りの立派な建物が近づいてくる。四階建ての簡素で堅固な建物は、まるで要塞のようにも見えた。四階部分にあたる屋上から突き出した円塔型の構造物の上には、冒険者ギルドを表す盾の上に剣と杖が交差した旗が掲げられている。
ギルドの前では数人の男女が集まって、なにやら揉めているようだ。
「待てよ、タッカー! そいつは置いていけ!」
薄茶色の髪の大柄な戦士風の冒険者が、プレートメイルを着込んだ男の肩をつかんで引き止めている。
タッカーと呼ばれた男は金髪碧眼で、片手には鞘に納まったロングソードを持っていた。
「なにを言うか! 次のクエストはレッサードラゴンを討伐するんだぞ! この剣は必ずや戦力になるはずだ!」
タッカーは戦士の手を振り払い、怒鳴り声をあげている。
「だから、そういうのは鑑定が終わってからにしようよ。呪いが掛かってるアイテムだと面倒だからさあ」
神官服を着た金髪の少年があきれ顔でたしなめる。
「鑑定には二週間もかかると言われたんだぞ!」
「今回はあきらめろということですよ。焦るのはわかりますが、そんな得体の知れないものに頼るとは、あなたらしくもないですね」
魔法使いらしき、顔色の悪い痩身の男が言った。
「俺には、これが強い魔法の剣だとわかる。ならば、持っていかない手はないだろう」
「その根拠を示してください! そこまでしてその剣にこだわる理由はなんですか」
「勘だ!」
自信たっぷりに言い放つタッカーに、魔法使いはあきれて言葉を失う。一歩引いたところで、軽装のとんでもない美男子が困り顔で腕を組んでいた。いや、男にしては華奢すぎるので、どうやら女性らしいとユキは思い直す。
「あの………よろしければ、鑑定しましょうか、それ?」
鑑定してしまえば問題は解決するのだと思ったときには、気づいたら声をかけていた。冒険者たちが一斉にユキに目を向ける。『なに言ってんだ、こいつ?』的な目で見られながら、たっぷり十秒ぐらいの時間が流れる。それから魔法使いの男が戸惑ったように口を開いた。
「………きみは、『鑑定』の魔法が使えるのか? ああ、もしかして、ギルドの新しい職員かな?」
基本的に魔法使いの魔法は、魔術師ギルドの発行する『呪文の書』により管理されている。冒険者用の呪文書には『鑑定』の魔法は載っておらず、特殊作業職用の呪文となるため、使い手は非常に少ないのだ。
「いえ、わたし『賢者』なので、鑑定のスキルを持ってるんです」
「「は?」」
何人かが同時に間抜けな声を出した。
「えと……ですから、鑑定できますよ?」
疑わしそうな冒険者たちの反応に、ユキの方も戸惑っていた。すると、軽装の女性が近づいてきて銀色に輝くナイフを取り出した。
「じゃあ、まずはこれを鑑定してくれる?」
差し出されたナイフをユキは手に取る。
「ナイフ+1、『器用さ』と『罠解除』へのバフ効果あり、です」
おお?!、と驚きの声があがる。
「驚いた。ホンモノだわ、この子」
女性はナイフを受け取ると、男たちを振り返った。
「この際、細かいことは置いといて、この子にその剣を見てもらいましょう。タッカーも、それでいいわね?」
「うむ、いいだろう」
女性はタッカーの手から強引に剣を引ったくると、ユキに手渡した。
「じゃあ、お願いするわ」
「はい。ロングソード-3、全パラメーターと命中率、ダメージに強力なデバフ効果あり。あと、魅了の呪いにより所持者は強い執着心を持つので手離すことができなくなります」
「な……馬鹿な! そんなわけがあるか! その剣を持つと、力が溢れてくるのだ!」
剣を奪い返そうとするタッカーを、茶髪の戦士が羽交い締めにする。
「やっぱりヤバイやつだ! なんか様子がおかしいと思ったんだよ!」
「返せ! でたらめを言うな! おまえみたいな子供が賢者のわけがなかろう!」
バグッ!
鈍い音が響く。ユキとタッカーの間にいた女性が強烈な右フックでタッカーの顔を跳ね上げたのだ。
タッカーはきょとんとした顔で視線をさまよわせる。その鼻から、つうっと一筋の血が流れた。
「どう、目が覚めた?」
女性がにっこりと笑う。
「…………ああ」
タッカーは戦士の手を軽く叩いて戒めを解くとユキににじり寄り、眉間にしわを寄せてユキを見下ろした。
「えと………」
ユキが思わずあとずさると、タッカーが大声で叫んだ。
「すまなかったああああ!!」
土下座の姿勢になり、地面に激しく頭を打ちつける。
「許してくれ! 君にはひどいことを言ってしまった! まずは、俺を殴ってくれ!」
「ええ?! い、いいです、気にしてませんから!」
「それでは俺の気が済まない! 好きなだけ殴るなり蹴るなりしてくれ! さあ!」
タッカーは叫びながら、額を地面にガンガン打ちつける。
「むむむ、無理です! ようがやっと、できんばい!」
慌てたユキは、つい訛りが出ていることにも気づかない。地面に擦り付けたタッカーの頭を、女性がゆっくりと踏みつけた。
「ぐ………」
「スパッと殴り飛ばしてくれたら丸く収まるんだけど、お嬢さんにはちょっとハードルが高いわね」
そう言いながら、女性はタッカーの頭を足でぐりぐりしている。
「とりあえず、お昼でも奢らせてよ。私はリズっていうの、ヨロシクね、賢者のお嬢さん」
リズは親指でギルドの酒場を指さすと、にかっと笑った。
今回は、回想回です。回想回、まだ続きます。
魔法使いの杖について説明です。
魔法使いの杖は基本的にワンド(短杖)、スタッフ(杖)、ロッド(棒)の3タイプに別れます。ワンドは20センチから60センチぐらいの短い杖で携帯に便利です。ハリー・ポッターに出てくる杖はこのタイプですね。あと魔法少女が持ってるのも個人的にワンドなイメージです。スタッフはいかにも魔法使いが持ってそうな、堅い樫の木なんかで作った杖です。指輪物語のガンダルフが持ってるやつです。ロッドは細長い棒状の杖で、材質や形状も様々です。修験者が持ってる錫杖やドラクエの賢者が持ってるやつなんかもロッドです。ちょっとスタイリッシュなイメージがありますね。
作中では集中力を高める効果がありますが、なくても魔法は使えます。ただ、集中力の弱い低レベルのかけだしだと杖に依存している場合もあります。魔術師ギルドで販売している杖には魔法の効果を高めたりMPの消費を抑える効果が付与されているので、魔法使いの基本装備となっています。




