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66 グレイフィールドの陰


 リズが淹れた紅茶を飲みながら、ユキは部屋を見回した。


 一人部屋にしてはずいぶん広い部屋は、簡素ながらも高級品がふんだんに使われているのがわかる。壁際には大きなベッドが置かれ、反対側には簡単なキッチンがあった。大きな窓にはレースのカーテンが掛かり、ユキには値打ちがわからない風景画が壁に掛けられている。窓辺に活けられた花を眺めながら、大きめの丸テーブルの向かいの席ではリズが優雅に紅茶を飲んでいた。テーブルに置かれた白い磁器の皿には高級な焼き菓子が並んでいる。


「どう、落ち着いた?」


 カップから口を離したリズが話しかけてきた。


「はい、むちゃくちゃ落ち着いてます」


 むしろ、優雅にティータイムを満喫している場合なのだろうかと心配になる。


 二人は路地裏を走り回り、ときには下水道を通って大通りと高級住宅エリアとの境目あたりにやって来た。リズは追っ手を巻いたのを確認すると大きな倉庫の裏手に回り、裏口の扉の前に立つと鍵を取り出してあっさりと中に入る。木箱やら資財やらが積み上がった倉庫の一角の扉をまた別の鍵で開けると、倉庫の中とは思えないこの部屋にたどり着いたのである。


「この部屋、いったいなんなんですか? 倉庫の中にしては、ずいぶん高級な感じがするんですけど……」


「昔、ちょっとしたクエストでストラーデ商会のご令嬢と知り合いになってね、彼女の隠れ家みたいなところよ。頼んで使わせてもらってるの」


「ああ……そういうことですか」


 きっと、そのご令嬢とやらはリズのファンなのだろう。この話を掘り下げる意味はなさそうだ。


「それよりも、まず現状を確認したいんですが…」


「そうね……私もご覧の通り、帰ってくるなり逃亡生活を余儀なくされていて、あまり自由には動けないのよ。だから、犬賢者の広報活動は、あまり進んでいないわ。ごめんなさい」


「それ、まったくもってどうでもいい話ですよね?!」


「まあまあ、落ち着きなさい。冗談よ」


 立ち上がりかけたユキを、リズがなだめる。この期に及んで犬賢者とか、むしろ宣伝などしてほしくない。

 

「タッカーたちの話よね?」


「それ! 他になにがあるんですか! あと、あのローブの男たち!」


 思わず声が大きくなるが、リズのペースに乗せられている気がする。


「まず、タッカーたちがガレオンに戻ったのが一ヶ月前。すぐに領主のところに報告に向かい、そのまま拘束されているわ。罪状は領主への虚偽報告ということだけれど、詳細は一切不明。私はその十日後に町に着いて、いろいろ探ってみたけどさっぱり情報が出てこないのよね。そのうち監視がついちゃって、町を出るフリをしてみたら襲ってきたから、身を潜めてユキが来るのを待ってたのよ。あいつらは今、グレイフィールド城の北東の尖塔に幽閉されているわ。三階の北側の部屋よ。ローブの男たちは、伯爵家の手の者ね。最初にあなたに掴みかかったのは、ジルベド・オブライアン騎士爵。けっこう精鋭揃いだったから、首尾よく巻けてよかったわ」


 思わぬ詳細な情報に、ユキは少々面食らった。同時に、蹴り飛ばしたのが貴族とわかって胆が冷える。


「領主様の城ですか……わたしたち全員を捕まえるつもりなんですね。理由はなんなんでしょうか?」


「それが分からないことには、どうしようもないのよねー。魔王と遭遇したことが虚偽報告と判断されたにしても、いきなり拘束でギルドの要請もガン無視、それが一ヶ月も続いてるってのはおかしいわよね」


「まあ、処罰するにしても、普通は一ヶ月も待たないですよね。なにかを待っている……わたしたち全員が揃うのを待っているんでしょうか? それとも、ギルドの抗議で処分をためらっているとか」


「あと、可能性としては伯爵家のお家騒動の線もあるのよね」


「ああ、タッカーさんの……」


「そう、タッカー(・・・・)グレイフィールド(・・・・・・・・)……」


 タッカーは伯爵家の三男坊なのだ。すでに貴族籍は抜いているらしいが、リズにも、そしてユキにも貴族の世界は未知であるだけに、なにがあるのかは予測がつかなかった。


「現状、処刑の決定でもない限りは、タッカーさんたちを脱出させるのは得策じゃないですね。ただの逃亡者になっちゃうから、逃げ切れるとも思えないですし。全員揃った途端に処刑の可能性があるから、わたしたちが捕まるのも避けないと」


「そういうこと。理解が早くて助かるわ。いろいろ嗅ぎ回って分かったのは、タッカーたちが捕まった本当の理由を知っている人間はほとんどいないってことぐらい。それこそ、いま実権を握っている爵位継承者のミハエル・グレイフィールド一人だけの可能性もある」


「それじゃあ、事態が動くのを待つしかないじゃないですか! ……みんな、無事なんでしょうか?」


 思わず嫌な想像が頭に浮かんでしまう。


「一週間前に塔の近くまで様子を見に行ったときに、カイゼルの叫び声が聞こえたわ」


「! 叫び声、ですか」


 どきり、として血の気が引いた。カイゼルはタッカーと並んで前衛を務めるパーティーの戦士だ。

 罪人として拘留されてしまえば、罪状が確定しなくても拷問ぐらいは珍しくもない。


「ええ、『暇だーー!』って、大声で叫んでたわよ」


「あ、なんか元気そうですね」


 ユキはひとまず胸をなでおろした。


「せめて、あいつらから直接話を聞けたらって思うんだけど、そこでユキの出番なわけ」


「私ですか?」


 ユキは自分を指さして首を傾げた。



◆◇◆◇◆



「それで、取り逃がしたと……」


 ミハエル・グレイフィールドは執務室の机に両肘をつき、組んだ手を口もとにあてながらジルベドを見つめた。金色の巻き毛に薄青い瞳の美男子だが、薄く開いた目の奥には冷酷な光が見える。


「はっ、申し訳ありません!」


 ジルベドは直立不動の姿勢で答えた。


「その少女は第三離界紋章の呪文書の契約すらしていないと聞いていたが?」 


「はっ、それは間違いありません。魔術師に確認をしましたところ、あのような魔法は聞いたことがないと言っています。我々も第二離界紋章までの魔法は対策を立てていたのですが、完全な無詠唱だったこともあり想定外の事態に出遅れてしまい……」


「ふむ……ゼフトの件までは目立った働きもなかったようだが、やはり賢者ということか。もう時間がない、早急に探し出せ。騎士団長は多忙だから、手を煩わせるなよ。もはや生死は問わんので、次はしくじるな」


「し、しかし、それでは……」


「あとでギルドがうるさいだろうが、理由はなんとでもなる。もういい、さがれ」


「はっ!」



 

 ジルベドは執務室を出ると、苦々しい顔でため息をついた。少し足を引き摺りながら歩き出す。今後の任務のことを考えると気が重かった。


 ジルベドが仕えるナダン・グレイフィールド伯爵は病に伏せっており、現在は爵位継承者であるミハエルが実権を握っている。

 ミハエルはかなりのやり手だが、冷徹であり、人の感情に疎いとジルベドは見ていた。


 先刻、ジルベドがミハエルの命令に難色を浮かべたときも、ミハエルは事後のギルドからの報復の事だと思ったようだが、それよりも罪状もわからぬ女性二人の殺害にジルベドは躊躇いを覚えたのだ。しかもその二人はミハエルの血を分けた弟であるタッカーの仲間である。仲間を殺されたと知ったときのタッカーの悲しみと怒りに、なぜ思いが至らぬのだろうか。

 タッカーが幽閉されている理由もジルベドには知らされていない。おそらく騎士団長のグレッグも知らないだろう。

 それ以外にもここ最近のミハエルの行いは異様であり不気味なものを感じずにはいられなかった。


 そのとき、廊下の向こうから黒いマントを羽織った身なりの良い若い男が歩いてきた。

 ジルベドは脇に退いて頭を下げると、男が通り過ぎるのを待つ。

 黒マントの男はジルベドの横を過ぎると執務室の扉をノックし、中へと姿を消した。


 ジルベドは顔を上げると渋面を作り執務室の扉を睨みつける。

 あいつら(・・・・)が城の中をうろつき始めたのは一年ほど前からだ。あいつらが姿を見せるのは城の中でも一部のエリアだけで、それを知るのはジルベドを含めた限られた人間だけだった。その存在には厳しい箝口令が敷かれている。 

 相手は貴族なので無礼がないようにと厳命されているが、あいつらは魔族(・・)だ。魔族の貴族ということは、魔界の者に違いない。少なくともジルベドの認識では、それは人間の敵のはずだった。

 ゼフトで魔族の襲撃があったと報告を受けたときも、ミハエルは驚いた様子もなかった。まるで、知っていたかのように。その撃退に成功したと聞いたときの意外そうな顔が印象に残っている。


 ナダンの病状は思わしくなく、復帰は望めそうにない。グレイフィールド家はどこに向かっていくのかと考えると、ジルベドの気は重くなるばかりだった。




◇◆◆◇◆




「こいつが積み荷のリストだ。キャラバン三台分ある。確認しておいてくれ」


 ベギンズは恰幅のいい初老の男にリストを突き出した。男はリストを受け取り目を走らせると、ほお、と感心した声をあげる。


「よくこれだけ集めてきたな。さすがベギンズだ」


「つてを使ってかき集めたが、ゼフトはあんな状態だからな。仕入値もかなりの額になっちまった。おまえら、こんなんで儲けになるのか?」


 ベギンズは木箱に腰かけるとパイプを燻らせはじめる。


「伯爵様が、金に糸目はつけないと(おっしゃ)っているからな。十分に大儲けさ、ありがとよ」


 初老の男はホクホク顔で木箱の中を確認し始める。


「国境のある侯爵領にでも送るのかと思ったら、ダルガンの野郎はその侯爵領から集めてきたって言ってたな。王都は静かなもんだったが、どこで戦争をおっ始める気だ?」


「さあ? 隣国との仲は悪くないし、そんな噂も聞かねえが、俺らは儲けになるならなんでもいいさ」


 男は木箱にギッシリ納まった矢を抜き取ると、つぶさに品質を確認する。


「俺みてえな『渡り』は、下手に戦場をうろついてると、とっ捕まってスパイ容疑で処刑だからな。北から国境を越えて国を出るか、ゼフトに戻って様子を見るか……なんにしても、キナ臭え話だぜ」


 ベギンズは立ち上がると、木箱から幅広のブロードソードを抜き取った。足もとに転がる薪用の小さな丸太を放り投げ、ブン!と、抜き打ちに剣を振る。

 音をたてて転がった丸太は、見事に両断されていた。


「心配するな、俺の仕入れに間違いはねえ」


 ベギンズは凶悪そうな顔で男に笑いかけると、煙を吐き出しながら酒場へ向かって歩き出した。






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