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65 要塞都市ガレオン


 ユキがベギンズの隊商に合流して翌日は何事もなく旅は進み、二日目の朝を迎えた。

 商人の二人はユキにビビりまくっていたが、どうにか日常会話をするぐらいには打ち解けてくれている。


 ユキと商人のフリントが朝食の準備をしているとベギンズがやってきた。


「ベギンズさん、おはようございます」


「おう」


 ベギンズはいかつい顔を弛めてユキに手を上げる。先日にオークの襲撃を受けたばかりなので用心のため腰に手斧をぶら下げているが、その姿は商人というよりどう見ても歴戦の戦士にしか見えない。


「順調にいけば、今日の昼前にはガレオンに到着だが、こないだのこともある。おめえら、最後まで気を抜くんじゃねえぞ」


 ベギンズが鋭い目つきで商人たちに注意を促す。


「それにしても、あのオークはなんだったんでしょうね? ガレオンに近い街道で、あれほどの群れが出たなんて聞いたことないですよ」


 死体を数えると、オークの数は28匹だった。都市近郊を移動する群れとしてはかなり大きなもので、それだけの巣があればすぐに警備兵に通報が入りそうなものだ。


「ここ最近は魔物の異常行動が目立ってきてる。セルシカ地方のダンジョンで魔物が溢れ出てきたらしいから、そこから流れてきたのかもしれねえな」


「異常行動……」


 ゼフトが魔族に襲撃される直前にも魔物の異常行動が報告されていたことを思いだし、ユキは嫌な予感を覚えた。


「それと、こいつをユキに渡しておこうと思ってな」


 ベギンズは小さな皮袋をユキに差し出した。


「! いえ、いいですから、気を遣わないでください」


 ユキは慌てて手を振った。先日も護衛の代金として金貨二枚を支払うと言われたが、こちらが同行させてもらうのだからと断っていたのだ。


「これは金じゃねえよ。 命を救われた上に貴重な魔法触媒まで使わせたんだ、その分ぐらいは返させろ」


「は……はい、そういうことなら……」


 オークの襲撃の後、遺体の移動と墓穴を掘る作業のためにユキは丘巨人を召喚していた。後でベギンズにもう一度丘巨人を召喚してみてくれと頼まれたのだが、もう手持ちの触媒がなかったので、できなかったのだ。


 ユキは皮袋を受け取り中身を確認した。皮袋には巨人の歯が六本も入っていた。ニスを塗ってつるつるしているのでお土産品のような感じがする。黒く変色したものも混じっているが、触媒として使うには問題ないはずだ。


「これは、ちょっと多すぎませんか?」


 けっこう高価な品なので、これだけの数を買えば金貨二枚では済まない。


「魔術師ギルドに納品するために積んでいたものだ。そういう触媒はギルドを通した途端にとんでもない値がつくが、そんな大したもんじゃねえ。恩人への礼としちゃ、足りねえぐらいだ。遠慮なくとっておけ」


「………わかりました。ありがとうございます」


 少しうしろめたい気もするが、ベギンズも引きそうになかったので素直に好意を受けることにする。


「よし、じゃあメシ食って出発するぞ! ボルトフとゼノを呼んできてくれ!」



◇◆◇◆



 隊商は昼前には無事にガレオンへと到着した。

 ガレオンの象徴とも言うべき、ブライエ山の麓の切り立った崖の下に建てられたグレイフィールド伯爵の居城が見えてくると、ようやく戻ってきたという実感が込み上げてくる。城の背後には落差百三十メートルの滝があり、天候によっては城が虹を纏っているような幻想的な光景が見れる。その城の周りには貴族の居住区があり、その下の目に見えて一段低い場所から山裾に広がる広大な城下町が見える。


 前皇国時代に東と南からの外敵を食い止めるために建造された難攻不落の要塞都市だが、現在の伯爵領は外敵に接していないため、保有する軍隊も制限されていた。ガレオンは東の港町から王都へと続く交通の要所であり、町の財政は潤っている。


 古びてはいるが石造りの堅固な城壁の真ん中に城門が開いている。商人の馬車と冒険者らしいパーティーが検閲を受けていたが、さほど待たされることもなかった。

 ベギンズが警備兵に二日前にオークの群れに襲われたことを伝えると、兵士たちは詳細な聞き取りを行った。


「オークは全部で28匹だ。街道脇に集めて火をかけておいた。後ろで馭者をやってる冒険者のお嬢ちゃんが一人で23匹倒しちまったんだ」


 兵士は馬車の馭者席に座るユキに目を向けて驚いた顔をする。


「あの娘がオークを23匹も? ……いや、あのローブは賢者か」


 兵士はユキのところへやって来ると、冒険者証の呈示を求めた。ユキが冒険者カードを見せると、納得したように頷く。


「賢者のユキさんですね。ゼフトのクレイドから、『村を守って魔族と戦った英雄なので、くれぐれも失礼がないように』と連絡を受けています。さすがですね、オークごときでは群れでも相手にならないようだ」


「い、いえ、そんなことは…!」


 ユキが慌てて否定する。実際はそのオークごときに危うく殺されるところだったのだ。ゼフトの件はすでにガレオンにも伝わっているらしく、仕方がないとはいえ、実力以上の過大評価が着々と定着しつつある事実に恐ろしいものを感じる。


「はははっ、ご謙遜ですね。オークの死体は巡回の小隊に調査させますので、確認が取れたらこちらから冒険者ギルドに報告を入れておきます」


「はい……ありがとうございます」


 ユキは青い顔で頭を下げた。


 ベギンズたちとは広場の前で別れることになった。


「じゃあな。十日ほどはガレオンに居る予定だから、入り用があれば商人ギルドまで訪ねてきな。手持ちの品なら特別価格で売ってやるよ」


 そう言って手を振るベギンズたちに別れを告げて、城壁横の厩舎に馬を預けるとユキは冒険者ギルドへと向かった。

 




 ガレオンの冒険者ギルドは、ずいぶんと懐かしい感じがした。これだけの長期間ホームギルドを離れたのは初めてだった。ゼフトのギルドに比べるとかなり大きな酒場は、いつもより少し人が少ない気がするが、十分に賑やかだ。

 ユキが扉を開けて入ってくると、さっそく顔見知りの冒険者たちが声をかけてくる。


「ユキじゃないか!戻ってきたのか」

「ユキ、おかえり!」

「ずいぶんゆっくりしてたな。おかえり!」


「ただいま。みなさん、お久し振りです」


「聞いたぞユキ、ゼフトで大活躍したそうだな。詳しく聞かせろよ」

「魔族の襲撃があったって、大騒ぎになってるわよ。本当なの?」

「大型魔物をずいぶん狩ったらしいが、いったいどうやったんだ?」


「い、いえ……それは、ですね……」


 質問責めにあい返答に窮していると、テーブル席から水をかけるような言葉が飛んできた。


「どうせ、また(・・)強いパーティーにくっついていただけだろ。そいつは3レベル魔法も使えないポンコツだぞ」


 場が静まりかえる。見ると、テーブルに陣取った五人組の若いパーティーが薄笑いを浮かべながらユキをねめつけていた。


「リカルドさん、こんにちは。まあ、当たらずとも遠からずってとこですね。わたし一人でオーガやトロールを20匹も狩るなんて不可能ですから」


 ユキは笑顔で挨拶をした。リカルドのパーティーとは因縁があり苦手意識もあったのだが、なぜか今はまったく気にならない。むしろ、冒険者からの質問が止まってありがたいとすら思っていた。

 リカルドはユキの屈託のない態度が気に入らないのか、不快そうに顔を歪める。


「おい、俺たちはAランクになったぜ。タッカーたちも、お荷物がなけりゃ、今ごろはAランクだったのになあ」


「あら、おめでとうございます」


 リカルドの向かいに座るブラッドの嫌味も心に響かない。我ながら図太くなったものだとユキは苦笑した。


「ちっ、どっちにしろ、タッカーたちはランクがどうこう言ってる場合じゃねえがな」

「そうそう、処刑されちゃうかもね。あんたの後ろ楯もなくなっちゃうわよ」


「どういうことですか?」


 ユキの顔色が変わる。処刑とは穏やかではない。周りの冒険者は気まずそうに視線を交わし合っていた。

 受付へと急ぐユキの背中に魔法使いのマリーの声が響く。


「あいつらも順風満帆だったのに、疫病神でも抱え込んだんじゃないのー?」


 ユキは受付嬢のエレナに冒険者証を呈示した。


「ユキ・ヴァルツスカヤ、帰還しました。タッカーさんたちは、どうしてるんですか?」


「おかえりなさい、ユキさん。タッカーさんたちなんですが……実は、領主のところへ報告に行ったまま、帰還してないんです」


 エレナは辛そうに目を伏せた。


「え? 領主のところへ報告って、一ヶ月以上前の話ですよね?」


 タッカーたちは魔王城を出て町に着くと、すぐに領主のもとへ報告に向かったはずである。


「なんでも、虚偽の報告をしたとかで軟禁されているらしいんです。ギルドからも事実関係の確認と面会を申し出ているんですけど、まったく話にならないらしくて……」


「そんな……あっ、リズさんはどうしてるんですか?」


 リズはタッカーたちに遅れて町に着いているはずだ。


「リズさんも領主から召喚令が出ていたんですけど、領主のところへ向かうと報告があって、それから行方不明なんです」


「リズさんが行方不明………」


「領主への虚偽報告は、前例からすると二十年以上の投獄か処刑になる可能性が高いです。いまギルド本部から強力に抗議をしてもらっているので、すぐにそんなことにはならないと思うんですが……」


「処刑って……だって、タッカーさんは……!」


「…そうなんですけど、今回のことは不自然なことが多すぎて、よくわからないんです」


「そんな………」


 ユキがゼフトでのんびりしている間にこっちでは大変なことになっていたようだ。


「それと……ユキさんにも召喚令が出ています」


 エレナは申し訳なさそうに告げると、辺りを見回して声をひそめた。


「私個人の意見ですけど、ユキさんはすぐに町を出たほうがいいです。パーティーと別行動を取っていたユキさんには、領主もそれほどこだわらないと思うし……」


 だが、ユキの考えは違っていた。別行動を取っていたのはリズも同じだ。リズは仲間を見捨てて町を出て行ったりはしない。リズの身になにかが起こったと考えるべきだろう。おそらく、魔王城で見たものが原因になっているのではないだろうか?


「わかりました。今後のことは、宿に戻ってから考えます。でも、このまま町を出る気はないです。どうにかしてタッカーさんたちを開放しないと。あ、お気遣いありがとうございます」


 ユキはペコリと頭を下げた。


「………わかりました。もし召喚令に応じるのなら、せめてギルドマスターに会ってからにしてください。今日は留守だけど、明日の午後には戻ってきてるから……」


「そうですね、王国からの依頼が完了するまではギルドにも情報を漏らさない契約ですけど、ギルド会員の任務中に関する処罰で情報開示にも応じないというなら、そこらへんも上層部と検討する必要がありますよね」


「………ユキさん、ちょっと雰囲気変わりましたよね」


 エレナはユキをじっと見つめたあとに、ぽつりと呟いた。


「え? そうですか…?」


「はい、落ち着いてるのは前からですけど、もっと、こう……貫禄というか、冒険者らしくなった感じです」


「い、いえ、そんなことは……ないです」


 自分ではとくに変わったとは思っていないのだが、ふと考えると自分を取り巻く環境が大きく変わっていることに今更ながら気づかされる。とくに自分で物事の判断をする機会が増えたことが、なんらかの影響を及ぼしているのだろうか?


「私ったら、こんなときにすいません。あ、Cランク昇格、おめでとうございます」


「……ありがとうございます」


 なぜか二人はお辞儀をし合っていた。



◆◇◆◇◆



 冒険者ギルドを出たユキは、大通りを北に向かった。少し先を左に曲がった筋にタッカーのパーティーが常宿にしている『紫銀の水面亭』がある。そこにリズとユキが借りている二人部屋があり、リズがなんらかの手掛かりを残している可能性があった。というか、今のところなんの手掛かりもなく、そのぐらいしか頼るものがないのだ。


「なにが起こってるんだろう。………リズさん……だいじょうぶかな……?」


 通りを急ぐユキの横を、一台の黒い箱馬車が追い抜いていく。箱馬車は少し先で停まると、馭者席の男が降りてきて扉を開けた。箱馬車の中から、ローブを纏いフードを目深に被った男が二人、降りてくる。


 ユキは足を止めた。こちらに向かって歩きだしたローブ姿の男たちが、まっすぐユキを目指しているような気がしたのだ。

 振り返ると後方にも箱馬車が停まっていて、ローブ姿の男が三人こちらに歩いてくる。


 まずい!


 ユキは慌てて周りを見回した。前方の男が急に足を早めてユキに手を伸ばす。

 大きな手がユキの腕を掴む寸前、それは見えない壁にぶつかったように弾かれた。


「えい!」


 困惑する男の脛を、ユキはおもいきり蹴飛ばした。冒険者仕様のブーツのつま先には鉄板が仕込んである。男は、「ぐあっ!」と苦鳴をあげながら膝を抱えて(うずくま)った。


 二人目の男がユキに飛び掛かろうとするが、やはり透明な壁に阻まれて進めなくなり、顔の前で手を振り回している。

 後ろから三人の男が駆け寄ってきたとき、ユキの足もとに小さな火花をあげる丸い玉が三つ、コロコロと転がってきた。


 それは、ボン!と音をたてて爆発すると白い煙を撒き散らし、瞬く間にユキの視界を奪う。通行人の悲鳴があがるなか、ユキが立ち尽くしているといきなり腕を掴まれた。


「こっちだ、ユキ!」


 聞き覚えのある声に、戸惑うよりも先に足が動いた。引っ張られる方向へ走り出すと、ユキの手を引くフードを被ったマント姿の背中が見える。


「あっちだ!」

「逃げたぞ、追え!」


 背後から声が響き、足音が迫ってくる。二人は横道を曲がり、路地裏に飛び込んだ。

 二人を追って路地裏に突っ込んできた男が透明な壁に激突して跳ね返され、尻餅をついたまま倒れ込んだ。


「ははっ、やっぱりユキは頼りになるなあ」


 マント姿が振り返った拍子にフードが外れ、凛々しい顔があらわになる。


「リズさん!」


 それはまさしく、ユキのパーティーの仲間で行方不明と聞いていたリズであった。



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