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63 幕間⑫


 ギルドの酒場では真っ昼間から酒宴が催されていた。それ自体は珍しくもないことだが、今回はユキ、ルシア、カイトの送別会という名目である。


 ルシアとカイトは今晩、ユキは明日の朝に村を発つことになっている。出発日をずらしたのは、後々ルシアの正体に疑念が持たれたときのために表面上は三人が行動を共にするのはガレオンからということにしておきたいからだ。


 圧倒的な戦闘力で村を救ったルシアと敵の首謀者を討ち取ったカイト、誤解はとけたもののギリアンの策略で目立ちまくってたユキの送別会とあって酒場には冒険者が詰めかけ、警備兵団も現れて団長のクレイドから感謝の意としてルシアに一振りの剣が贈呈される一幕もあった。



「ユキさんがいなくなると大変ですよー。 いつでも戻ってきてくださいね」


 事務仕事を抜け出してきたリリーが、名残惜しそうにユキと握手を交わした。

 鑑定スキルを買われて事務職員として働いていたユキだが、高い事務処理能力を発揮して長年手つかずで積み上がっていた資料整理を二週間でほぼ終わらせていたのだ。ヘンケンも驚愕させたユキの能力は一瞬でも見た資料はすべて完璧に記憶しているという驚くべきものであった。


 冒険者たちがとりとめもなく騒いでいると、事務室からヘンケンがステラを伴って姿を現した。一同を見渡すヘンケンに注目が集まると、ヘンケンは咳払いをして話し始めた。


「このような場ではありますが、ギルド前のダンジョンの第一発見者であるカイトくんの耳にも入れておこうと思いまして。 このたび、新たなダンジョンの開放が正式に決定いたしました」


 おお、と、どよめきが起こる。


「ダンジョンの名称は、すでに定着している『ダイダロスの迷宮』とし、Aランクグレードのダンジョンとして、三日後に開放します」


 地響きのような歓声があがり、ジョッキ片手に叫び出す冒険者もいた。


「まずは従来のダンジョンと同様にギルド受付窓口で料金を支払い申請をしていただくと、入場券を発行します。 広場の迷宮前の仮設入場口で入場券を提示していただき、入場という形になりますね。 魔導エレベーターの設置許可も降りましたので、こちらの工事が済み次第、その他施設の建設も本格化していきます」


 終わりの方は歓声にかき消されてほとんど聞こえない。ちなみに『ダイダロスの迷宮』の名称は、カイトが地図を製作した際にギリシア神話から取って羊皮紙の端に走り書きしていたものである。魔法で複写したものを探索パーティーに配布したため、冒険者のなかではその呼び名で定着していたのだ。


「すげえ、エレベーター付きのダンジョンか!」

「もう村なんて規模じゃなくなるぞ!」

「おう、これからは『迷宮都市ゼフト』だ!」



「すごいですね、カイトさん!」


 ユキは振り返ると、少し視線をさまよわせてから、変わらぬ席に座るカイトを見た。


「カイトさん、もしかして気配を消してます?」


「目立つのは苦手なんだよね」


 カイトは飲み慣れない酒をちびちびやりながら、馬鹿騒ぎしている冒険者たちを楽しそうに眺めている。ちなみにユキはけっこうな量のワインをくいくい飲んでいるが、けろりとしていた。


「なんだよ、若いのにジジクセーな。 もっと弾けろよ!」


 隣のテーブルで飲んでいたバーニーがカイトの肩に手をかけてグラスに酒を注ぎ足す。バーニーはギリアンに頼まれて、カグラたちがちょっかいを出さないように睨みを利かせているようだ。口も態度も悪いが、案外親切な人だった。


 一方、離れた席に陣取るカグラたちはその様子を盗み見ていた。


「うーん、さすがにもう無理かな。 バーニーは、けっこう面倒くさいし」


 ジョッキ片手にナタリアがぼやく。


「あのルシアって人は、こっちにこないかしら?」


 シンシアが物欲しそうな目で冒険者からプレゼントを受けとるルシアを見ている。


「あー、あれは化け物すぎてダメだわ。 もうスイッチ切ってるんだけど、それでも魔力酔いしそう。 私とは相性最悪よ」


 カグラが顔をしかめてワインのグラスを呷る。


「ん? あの人、戦士なんでしょ?」


 ナタリアが不思議そうに首をかしげる。


「どうなってるのか知らないけど、あいつ、とんでもない量の魔力を垂れ流し続けてるのよね。 あの放出量だと、私でも一分で気絶するわね」


「ひえー、魔法戦士だとしたら、ますますとんでもないわね。 …でも、見た感じ隙だらけなんだけどなあ」


 ナタリアの呟きにソーニャが口を挟む。


「その隙を突いたからと言って、どうにかできそうもないのよね。 どうとでもできるから警戒もしないって感じかな。 まあ、敵には回したくないやつね」


「ソーニャにそこまで言わせるとは……あの三人が解散するまで手は出せないかあ」


「じゃあ、カイトくんにディープキスで火種を置いてきましょうか」


 そう言ってシンシアが席を立とうとすると、レイムスが黙って剣の柄に手をかけた。底冷えのするような殺気が走り、一同は凍りついたように動きを止める。


「おまえら、これ以上騒ぎを起こすと本気で叩き斬るぞ」


 ゴゴゴゴ……と、効果音が聞こえそうな圧力を放ちながら、レイムスが絞り出すような低い声で威圧する。


「あら、冗談に決まってるじゃない。 レイムスったら、もう酔ってるの?」


 シンシアは冷や汗を浮かべながら座り直す。それなりにつき合いは長いので、マジギレしそうな気配の機微は心得ていた。


「酔うだと? 俺はまったく飲んじゃいないぞ」


「もう、ノリが悪いなあ。 ほら、グイッといっちゃいなさいよ」


 隣のナタリアがレイムスの前に置かれた手付かずのエールを勧める。レイムスはジョッキに目をやり、立ち上がった。


「飲まずにやってられるか」


 吐き捨てるように言うと、隣のテーブルに運ばれてきたジョッキを手に取り、一気に飲み干した。


「だが、怪しい酒は飲まん」


 ナタリアは横を向くと眉間にシワを寄せて、チッと舌打ちをした。



 ひとしきり盛り上がった場が落ち着いたころ、新たな来客があった。

 酒場の扉を開けて入ってきたのは果樹園を経営するバーキンズ夫妻と息子のギンジだった。


「おお、ギンジ!」


 ルシアが手を振ると、いつもは元気に駆け寄ってくるギンジが顔を赤くして目をそらした。


「む?」


 首をかしげるルシアにバーキンズ夫妻が頭を下げて挨拶する。


「こんにちは。 今日はルシアさんの送別会と聞いたので、バーキンズ果樹園からささやかではありますが差し入れを持ってきました」 


 夫のドーソンが合図を送ると、大きな木皿を持った村人たちが扉から入ってくる。


「従業員総出で焼き上げた自慢のアップルパイです。 どうぞ、遠慮なく召し上がってください」


 各テーブルに大きなアップルパイが置かれていき、主に女冒険者たちが色めき立った。


「おお、これはかたじけない!」


 ルシアも目を輝かせて切り分けられたアップルパイを手に取り食べはじめた。以前に招待されたパーティーでも振る舞われたルシアのお気に入りである。


「うむ、やはり美味いな!」


 うれしそうにアップルパイを頬張る冒険者たちを見てドーソンは満足そうにうなづいた。


「では、私どもはこれにて失礼します。 お楽しみのところお邪魔して申し訳なく思います」


 頭を下げるドーソン夫妻に盛大な拍手が送られる。村人たちに続いてドーソン夫妻が退出しようと動き出したとき、黙っていたギンジが走りだしてルシアのテーブルの前で立ち止まった。


「む? どうした、ギンジ」


 真剣な顔でルシアを睨みつけるギンジをルシアは不思議そうに見つめた。

 ギンジはしばらく立ち尽くしていたが、やがて息を吸い込むと大きな声でこう叫んだ。


「ルシア! 俺と結婚してくれ!」


 ルシアが目をまるくする。一瞬の静寂のあと、口笛や拍手が盛大に沸き上がった。


「いいぞ、坊主!」

「ははっ、先を越されちまったぜ!」

「がんばれ!」


 冒険者たちは、いい酒の肴とばかりに無責任な声援を送る。

 ルシアは顎に指をあてて少し考えると、


「わかった、いいぞ」


 と、あっさり承諾した。

 酒場にどよめきが起こる。


「ほんとか?!」


「うむ。 ただし、もうすこし大きくなって、わしより強くなってからじゃな」


 笑い声と落胆の雰囲気が広がる。しかし、当のギンジは飛び上がって喜んでいた。


「よし、絶対だぞ! 約束だからな!」


「うむ、約束じゃ」



「ほお、おもしれえな」


 カウンター席で眺めていたギリアンが、ジョッキを片手にゆらりと立ち上がった。


「おい、ルシア。 いまの言葉、間違いはねえんだろうな」


「うむ、わしは約束は守るぞ」


 ギリアンは、にやりと笑うとギンジに話しかけた。


「おい、坊主。 ギンジといったか、いま何歳だ」


「六歳だ」


 ギンジは『文句あるか』、とばかりにギリアンを睨みつける。


「よし、じゃあ十八までにこいつに挑戦できるぐらいには鍛えてやってもいいぜ。 勝てるかどうかは、おまえ次第だがな」


「ほんとか?! ところでオッサン、強いんだろうな?」


 バーニーをはじめ、一部の冒険者が殺気だつ。


「ははは、あたりめぇだ。 俺の修行についてこれるなら、Sランクにしてやるよ」


「俺、冒険者になれるのか?!」


「ん? それは、親御さんの了承がないと無理だな。 家の手伝いはきっちりやれ。 修行はその合間だ。 それで根をあげるようじゃ、ルシアに勝つのは無理だぞ。 言っとくが、こいつは馬鹿強えからな」


「わかってる! 俺だって強くなるぞ! 俺のほうが弱かったら、かっこ悪いからな!」


 意外な展開にユキとカイトはぽかんとギンジを眺めていたが、ルシアは楽しそうにアップルパイを口に放り込んだ。

 



◇◇◇◇




 翌日の早朝、ユキは宿を出ると預けていた馬に乗り西門に向かった。ニナさんは別れを惜しみながら三人分の今日の食事を持たせてくれた。

 広場を横切り軍の施設に挟まれた道に入ると、大きな城壁が目の前に聳える。門に近づくと見張りの兵士が顔をほころばせて敬礼をした。冒険者証を提示する前に重々しい門はゆっくりと開きはじめる。


 まさしく今、新しい扉が開きはじめたという予感があった。

 兵士たちに見送られながら門を抜けると、薄い霧に煙る街道が遠くの森まで真っ直ぐに伸びている。振り返ると、門はまたゆっくりと閉じはじめた。

 絵本の挿し絵のような広場の風景が、なぜか懐かしく思えた。思わぬ長い滞在になり、様々な出来事があった。恐い思いもしたが、それでも楽しかった。そのすべてが今、過去の記憶に変わっていく。

 門が閉じきるまえにユキは前を向いて馬を走らせた。やがて遠くで扉の閉じる音がする。またいつか、この村に来ようと思った。そのときわたしは、立派な賢者になっているだろうか。


 しばらく馬を走らせると、森が近づいてくる。その森の入り口あたりの道の真ん中で、誰かが手を振っていた。

 ユキの口もとに笑みが零れる。そのまま馬を走らせ、カイトの前でゆっくりと停まった。


「おはようございます!」


「おはよう、ユキ」


 笑顔で挨拶を交わすと、木立の奥で馬の嘶きが聞こえる。そちらに目を向けると、野営地の近くで毛布にくるまって寝息を立てているルシアが見えた。


「ルシアさんは、お寝坊さんですね。 まずは、朝ごはんにしましょうか」


 旅は長く辛いことも多いが、この三人なら楽しく乗りきれるだろう。ここからはじまる新しい旅に、ユキは心を踊らせていた。





第一部 完!

〇〇先生の次回作にご期待ください!!


というテロップが見えそうですが、ちゃんと続きます。

最後はいろいろ詰め込んだ感がありますが、どうにか一章を終わることができました。お付き合いありがとうございます。そして、第二章もよろしくお願いします。


詰め込みきれなかった話ですが、『デモンズウォールどうすんだよ!』と思ってるかたもいるかもしれませんね。あれは、ギリアンがゲイボルグを使って消滅させたのでご安心ください。他にも書きたいことはたくさんあったんですが、どうでもいい小ネタを含めてリストアップしてみたら、本当に本編より長くなりそうな感じだったので恐ろしくなって強制終了しました。

あと、ユキの体調不良で出発日が少し遅れるというハプニングもあったのですが、これはどうでもいい話です。ちょっと抜粋してみます。


ルシア「ほう、魔王に生理のことをたずねるとは、いい度胸をしておるな、カイト」


ハイ、だいたいどんな話かわかりましたね(笑)

ゼフト編は登場人物も多くなったせいで、私としても名残惜しい感じはあるのですが、次からは心機一転で二章を始めていきたいと思います。

長い後書きに御付き合いいただき、ありがとうございました!


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