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60 幕間⑨


 ダンジョンより帰還したレイムスのパーティーにより、21階層の発見、及びAランクの魔物との遭遇の報がもたらされたのはまだ陽の高い午後のことだった。

 冒険者ギルドからの公式な発表は行われていないものの、冒険者による宿の年契約の要請やゼフトを永の拠点と決めた不動産購入が殺到したために噂は瞬く間に広がることになる。折しも大広場で執り行われた合同葬儀の直後のことであり、商人を中心とした村人たちは悲嘆に沈む暇もなく忙しく動きだしていた。



◇◆◇◇◇



「そっちはどう?」


「ダメ、見当たらない」


 訓練場へ続く扉から出てきたソーニャにカグラが声をかけた。


「上の階も見当たらないわね」


 ナタリアとシンシアが事務室の扉を開けて出てくる。


「ちっ、逃げられたか」


 カグラは口惜しそうに指を噛んだ。


 ダンジョンから帰還したパーティーは会議室でギルドマスターのヘンケンに21階層発見の報告を行っていた。その最中、カイトは興奮に沸く職員たちの間をふらりとすり抜け、堂々と扉から退室し行方をくらましたのだ。

 報告が終了次第、ただちにカイトの身柄を確保しようと身構えていたカグラたちは完全に虚を突かれた状態だった。

 報告そっちのけで建物内の捜索を行っていたカグラたちだが、時すでに遅しである。

  

「完全に出し抜かれたわね。 やってくれるじゃない、坊や」


 カグラはカイトが退室するや否や二階の窓から飛び出して表の出入り口を押さえていた。


宿(ヤサ)はわかってるんでしょ? 寝込みを襲いに行くか」


「しばらく戻らないんじゃない? あれは、一筋縄にはいかないわよ」

 

 いまは閉鎖中の受付の前で相談をしていると、報告を終えたレイムスがギリアンと共に扉を開けて姿を現した。


「おまえら、いいかげんにしとけよ。 ギルド憲章4―12項にある強引な勧誘に抵触する行為だ」


 レイムスがしかめっ面で苦言を呈する。


「え~、私たち、カイトくんとお話がしたいだけなのに」


 シンシアが清純そのものといった顔で人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「おまえらは前科があるからな。 とりあえず宿に戻って一休みしろ。 ただし、広場から出るのは禁止だ。 レイムスも、こいつらをしっかり見張っててくれ」


「わかりました。 命令に背くようなら、殺してでも止めてみせます」


「いや、そこまでしなくてもいいんだが……」


 ギリアンはレイムスのフラストレーションの溜まり具合が心配になった。もし唯一の良心であるレイムスが抜けてカグラがリーダーになろうものなら、もう歯止めが利かなくなる。このパーティーをどうにかまとめていけるのはレイムスしかいないのだ。

 レイムスは横暴だの人権侵害だのとぶーたれるカグラたちを追い立てて酒場を出ていった。

 

 ギリアンはレイムスたちを見送ると、ため息をついて事務室の扉をくぐった。階段を上がり、三階の私室として使っている部屋の鍵を開けて中に入る。簡素な部屋の中に人影はないが、「あいつらは宿に戻ったぞ」と呟くと、背後で「ふう」と、息を吐く気配がした。

 振り返ると、壁に張りつくように扉の影に隠れていたカイトが、外の気配を窺いながらそっと扉を閉めた。


「ずいぶん気に入られたな。 まあ、たいへんだったろ、お疲れ様」


 ギリアンが『お気の毒に』といった感じで声をかける。


「まったく、なんなのあのひとたち? こないだの魔物より恐いんだけど」


 カイトは疲労困憊といった様子でベッドに腰を下ろした。


「ずいぶん物々しいな」


 カイトの姿を見たギリアンが笑う。カイトは両足に皮袋を履いていた。


「20階層は苔や泥が多くてね。 気配を消すだけじゃ、ナタリアとソーニャは振り切れないよ」


 そう言いながら、カイトはブーツを覆う皮袋を外した。ブーツの裏に付着した苔が僅かでも落ちようものなら、たちどころに逃走経路を特定されていただろう。実際にナタリアはこの部屋をキーピックで解錠して捜索していた。幸いにも扉を開けて中の様子を観察するだけに留まったが、なにかしらの痕跡(こんせき)があれば本格的に調べられて発見されていたかもしれない。


「あいつら、腕だけは一流だからな。 余計に質が悪い」


「笑いごとじゃない」


 笑い飛ばすギリアンにカイトは抗議の声をあげる。

 ほんの短い時間だったが、カイトにとってはまさしく恐怖体験だった。


 蝶番を軋ませながら、ゆっくりと扉が開かれる。カイトが息を殺していると、


「カイトくぅん、どこにいるのかなぁ?」


 と、甘えたような囁き声で不意に呼びかけられた。直後にドン!と、乱暴に壁が叩かれる。ぎくりとして息が漏れそうになるのをどうにか堪え、数秒後にようやく扉が閉まる。わずかに気が弛んだ瞬間、再び扉が勢いよく開けられ、心臓が止まりそうになった。それでもどうにか気配を漏らさずに耐えながら、(これ、なんてホラーゲーム?)と、思わず自問する。今度こそ扉が閉まってキーピックで施錠した気配が遠ざかるころには、カイトの精神はごっそり削られていた。



「悪かったよ。 お詫びと言っちゃなんだが、ここで休んでいけ。 ベッドも使っていいぞ」


「そうさせてもらうよ。 なんか、外を歩くのが恐い」


 カイトをここまで追い詰めるカグラたちの圧力はそうとうなものだったのだろう。カイトは力尽きたように、ぱたりと大の字に倒れた。ギリアンはイスに腰を下ろす。


「ところで、アル……ルシアは冒険者にはならないのか?」


「ん? そのつもりだよ、まだ本人には言ってないけど。 旅をするには冒険者の肩書きがあった方が便利そうだし」


 カイトは天井を見ながら答えた。


「まさか、あいつが人間界を旅するとはな。 無茶苦茶しなきゃいいんだが」


「まあ、ユキがいればだいじょうぶさ」


「ユキか……」


 ギリアンは、ユキにたしなめられてしょんぼりしていたルシアの姿を思い出した。


「ルシアのやつ、普段はどんな感じなんだ? こないだの様子はまるで………」


「子供みたいだろ?」


 カイトは言い淀んでいたギリアンの言葉を継いだ。


「そう、まるで子供だ。 だが、そうじゃないときもある。 どうなってるんだ、あれは?」


「ルシアは、子供をやりなおしてるんだよ」


「やりなおしてる?」


 ギリアンには意味がよくわからなかった。


「たぶん、ルシアは大人になるために必要な過程を通ってこなかったんじゃないかな。 それで魔王なんかになったんだから、大変だったと思うよ」


 そう言われれば、思い当たる節はある。魔王だったころのルシアは人形のように無表情で、感情というものを持っていないかのようだった。そうかと思えば、とつぜん無茶苦茶なことを始めたりする。何を考えているのかさっぱり分からず、ギリアンは早々にコミュニケイションを諦めて一方的に言いたいことを怒鳴り散らすだけになっていた。今にして思えば、あれは幼い自分を隠すために殻に閉じこもっていただけなのかもしれない。


「子供の顔も、魔王の顔もルシアに違いないんだけど、あんまり振れ幅が大きいと本人的にもしんどいだろうから、そのうち丁度いいところでバランスを取ると思うよ。 いまは不安定な時期なんだろうけど、ユキがしっかり母親をやってるから問題なさそうだね」


「ユキは母親か……にしても、召喚英雄ってのは、医者か学者のスキルでも持ってるのか?」


 ギリアンは大の字になったまま身動きひとつしないカイトを不思議な生き物を見るような目で見つめた。この世界では精神医学の分野はほとんど発達していない。


「はは、まさか。 持ってるのは盗賊のスキルだけだよ。 前世の記憶はあるんだけど、自分が何をやってたのかはまったく覚えてないんだよね。 まあ、どうでもいいんだけど」


 召喚魔法に英雄として選ばれるということは、やはりそれなりの素養を持っているのだろうとギリアンは納得した。


「あいつは、ずいぶんユキになついてるんだな。 あんなしおらしいところを見れるとは思わなかったぜ」


「死にかけてたときに無茶をして、ユキにひっぱたかれて泣かされたからね。 あんな風に怒られたこと、なかったんじゃないかな」


「あいつが泣かされた? 魔王をひっぱたいたのか、そりゃあ……すげえな」


 ギリアンはよほど驚いたのか、しばらくあんぐりと口を開けていたが、その様子を想像して笑いだした。


「あ、いま言ったことは黙っててよ。 俺がしゃべったのがバレたら怒られる」


「わかった、あいつのことは、お前らにまかせる。 俺には、さっぱり分からん」


 ルシアを制御するなんてことは、ギリアンにも不可能だ。だがユキとカイトがついていれば、間違った方向には行かないだろうとギリアンには思えた。


「そういえば、ルシアが村のことはギリアンにまかせるって言ってたよ。 なんでも、魔族の狙いは魔王城だから、また襲ってくるかもしれないって」


「パンデモニウムが? あいつが城ごと魔界を飛び出した理由はそれか。 ふむ……詳しく聞いておく必要があるな」


「一休みしたら、呼びにいこうか? 夕方には宿に戻ってるはずだから」


「ああ、たのむ。 ついでに冒険者登録の準備もしておこう」


「俺は少しだけ眠るよ、精神的に疲れた。 一時間経ったら起こして」


「わかった」


 ギリアンが頷くと、カイトはすぐに寝息をたてはじめた。


「村のことはまかせる、か……。 あいつが他人の心配をするとはな」


 ギリアンは長年危険視してきたアルシアザードと今のルシアのイメージが重ならず、狐につままれたような気分だった。立ち上がって窓辺に近づくと、眼下の広場では人々が忙しそうに動いている。広場中央に口を開けたダンジョンの横で、バーニーと警備兵団団長のクレイドがなにやら言い合いをしていた。


「しょうがねえな、あいつら……」


 ギリアンはあきれたように呟くとカーテンを閉じた。

 いま、魔王の封印は解かれ、魔界が不穏な動きを見せはじめている。ゼフトの村はその渦に巻き込まれるのかもしれない。だが悲壮感はまったく感じなかった。これからゼフトには、世界中から腕に覚えのある冒険者がダンジョン目当てに集まってくるだろう。そしてギリアン自身もかつての力を取り戻し、その手には龍槍ゲイボルグがあった。なにが来ようが敗ける気はしない。


 久し振りに湧き上がる力に感じる無敵となったような高揚感を、しかしギリアンは自ら戒めた。それはときに冷静な判断を狂わせ、暴力的な衝動に流されてしまう危険なものだということをギリアンは熟知している。大きな渦に呑み込まれないように、慎重に動かなければならない。

 その渦の中心となるのは恐らくーーー


「魔王に召喚英雄、それに賢者のお嬢ちゃんかーーーおもしれえな」


 ギリアンは楽しげに笑うと部屋を横切り、静かに部屋を出ていった。


 ついでに部屋を監視していたソーニャを捕獲して事務所へと連行した。








ひぐらしの再放送を観てました。


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