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59  幕間⑧

タイトル『後日譚』を『幕間』に変更しました。


 リズは深呼吸をすると、ゆっくりと目を開いた。


「やっ!」


 気合いとともに両手を素早く腰の後ろに回し、取り出した手裏剣を投げつける。さらにベストの内側に手を伸ばすと仕込んだクナイを抜き打ちで飛ばした。二つの手裏剣は標的の木の両側を通りすぎるかと思いきや、急に内側へと軌道を変える。そこに真っ直ぐに飛んできたクナイが着弾して乾いた音を響かせた。

 

「あちゃ~、外したかあ」


 木の右側面と正面に、それぞれ八方手裏剣とクナイが刺さっているが左側の手裏剣は曲がりきらずに標的の後ろを通りすぎていた。


「いまの、どだった?」


「左肩が下がってましたね」


 後ろで見ていたユキがのんびりと答える。


「やっぱりかあ。 このクセ、なかなか抜けないのよね」


 リズは左肩を押さえながらぐるぐると腕を回した。

 ここは村はずれの筋に面した雑木林の横の空き地だ。近くの道を人が通ることもあるが、いまはあちこちを冒険者がうろついているので不審者と見られることもないようだ。


「モーションは以前よりも、少し小さくなってますね」


「おっ、さすがだねえ。 同時に命中させるにはもっと小さくしていかないとダメなのよ」


 ユキは遠征前に見たときとのほんの数センチの違いを正確に把握している。リズはユキの目に絶対の信頼を置いていた。


「ユキに見てもらうのもこれで最後かと思うと、ちょっと寂しいわね」


「すみません……」


「あ-、気にしなくていいわよ。 いつかこうなるとは思ってたからさ」


 ギルドでギリアンと話し合った後、ユキはその場で手紙を書き上げると、折よく酒場にやってきていたリズと対面した。ギリアンの説明のあとリズに手紙を託したユキは、迷った末にパーティー脱退の意向をリズに伝えたのだった。ガレオンに行き他のメンバーにも直接伝えるまでは黙っているべきかとも思ったのだが、それはそれで迷惑をかける可能性があった。

 その翌日、ユキは踊る小山羊亭まで足を伸ばし、リズを訪ねたのだった。


「冒険者をやめるわけじゃないのよね?」


 リズは心配そうにユキの顔をのぞきこむ。


「はい。 一度、故郷に帰ってから、いろんな国を旅してみようかと思ってるんです」


「おー、いいじゃない! これぞ冒険者って感じでさ」


 ユキはガレオンで面倒な連中に目をつけられていて、拠点とするにはやりにくいというのもありそうなのだが、リズはあえてその話題は避けた。


「……すみません。 わたし、自分のことばっかりで……。 みんなに迷惑かけてばかりだったのに、どう返せばいいのかわからないんです」


「まったく、真面目だなあ。 メンバーが出たり入ったりとか、普通のことだから。 あんたはなんでも背負(しょ)い込みすぎよ。 まさか、自分が抜けたほうがいいとか思ってんじゃないでしょうね」


「いえ、そういう理由じゃないんです。 ……でも、わたしのせいでパーティーのランクが下がってるのも事実ですから、気にするなって言われても気になりますよ、やっぱり」


「それに関しては、むしろ感謝してるのよ」


「感謝……ですか?」


 ユキは意外な返答に目を丸くした。


「そ、感謝」


 リズはにっこり笑うと、手裏剣を回収するために木に近づいた。ユキがその後ろをついて歩く。


「私たちって、けっこうトントン拍子でBランクまで上がったのよ」


「はい、聞いてます。 『期待の新星』って言われて注目されてたって」


「でも、楽だったことは一度もなかったわ。 いつも目の前の敵を倒すのに必死で、余裕なんかないのに戦う魔物はどんどん強くなっていく。 そのうちAランクに手が届くなんて言われても、そんな敵を倒してるイメージなんてぜんぜん浮かばなかったわ」


 リズは木に刺さった手裏剣を回収すると、木立の奥に進んだ。


「たぶん、あのままだったらどこかで破綻してたと思う。 タッカーは熱血バカだから、息抜きとか考えないし。 たしかに仕事のランクは下がったけれど、冒険を楽しむ余裕が持てたのって、ユキが入ってくれたからよ。 いまはみんな楽しそうにしてるけど、前はもっと殺伐としてたからね。 だから、私にとってユキは恩人なの。 たぶん、みんなそう思ってるわ」


「そう言ってもらえると……救われます」


 ガレオンのギルドで冒険者登録を済ませたばかりで右も左もわからない初心者だったユキは、質の悪い冒険者に騙されて鑑定スキルを体よく利用され、飼い殺しにされていたところをタッカーたちが強引にパーティーに編入することで救い出してくれたのだ。だがそれにより、当時はBランクだったタッカーたちのパーティーランクはDランクまで下がることになった。ユキを救うことがタッカーたちにはデメリットでしかなかったのは明白で、親切に接してくれる彼らにユキは常に申し訳ないという気持ちを抱いていた。


「あー、こらこら、べつに泣くとこじゃないわよ。 それと、いちいち謝らなくていいから」


「……はい……ありがとうございます」


 ユキは溢れてくる涙を堪えることができなかった。

 リズは木立の間に転がっていた手裏剣を拾い上げるとポーチにしまった。


「私、明日の朝には出発するから、今日はもっとお喋りしましょう。 いろいろと聞きたいこともあるし」


「聞きたいこと?」


「あんた、もしかして男ができた? いま一緒に泊まってるんでしょ?」


「ええ?! ち、ちが……誤解です! 男だなんて、そんな……!」


 ユキは顔を真っ赤にして否定した。


「うふふ、ムキになるとこがあやしーなー。 とりあえず、部屋をガサ入れさせてもらおうかしら」


 リズはいたずらっぽく笑った。




 二人は連れだって銀のたてがみ亭へと向かっていた。雑木林の空き地からは近い距離だ。

 カイトは明日にはギルドの依頼でAランクパーティーと共にダンジョンに潜るということで、すでにギルドで準備を始めている。ルシアは村人たちがお礼のパーティーを開いてくれるというので果樹園に居るはずだ。ユキとカイトも誘われたのだが、カイトは仕事が入り、ユキはリズと話すことを優先した。ニナにも今後のことを考えてユキが一人部屋で泊まっているように宿帳まで書きかえてもらっているので、とくに問題はないはずだった。


 ユキとリズが話していると、すれ違う二人組の村娘がリズに熱い視線を向けている。

 ユキは、さもありなんと思いながら改めてリズを眺める。リズは切れ長の涼しい目もとが印象的な整った顔立ちで、間違いなく美人だった。だが、快活な性格と精悍で引き締まった顔立ちに加え、スレンダーながらも女性らしさを強調しない体型(胸がない)が中性的な印象を与えるのか、女性にのみ異常にモテるという本人にとっても不本意な現象を引き起こしていた。ガレオンのギルドでは貴公子と呼ばれ、女性冒険者のファンクラブができるほどである。


「あい変わらずの女殺しですねー」


 ユキが感心したように呟く。


「ちっとも嬉しくない。 どうして男どもは振り向かないんだ。 ユキにだって男ができたというのに! 胸か? やっぱり胸なのか?!」


 リズは忌々しげにユキの胸を睨みつける。


「ええ?! お、落ち着いてください! そ、それは誤解ですから!」


 そうこうするうちに二人は銀のたてがみ亭へ到着した。


「あら?」


 ユキは例の立て看板の前で足を止めた。立て看板は二つになっていた。


「こ、これは……どういうことでしょうか?」


 ユキは信じられないものを見たような顔で凍りついている。

 新しい看板には『犬賢者人形、店内で販売中! 銀貨2枚!』と書かれ、見本なのか手のひらサイズのフェルト生地のぬいぐるみがぶら下げてある。ぬいぐるみの横には『子供に大人気!』というポップが張りつけてあった。


「子供をターゲットにするとは……ユキ、なんてあざとい女……!」


 看板を見たリズが顎に手をあてて呟く。


「いやいやいや! もとはと言えば、リズさんのせいでしょう!」


「でもこれ、すごく良くできてるわよ」


 リズはぬいぐるみをつまみ上げてまじまじと見ている。


「ただ、尻尾がないのはいただけないわね。 上半身しか描かなかった私も悪いんだけど」


「そういう問題じゃないでしょう!」


 すると騒ぎを聞きつけたのか、店の扉を開けてニナさんが顔を出した。


「おや、ユキちゃん、お帰り。 そちらは?」


「この人はリズさんと言って……」


「犬賢者のデザイナーです」


「妙な自己紹介をしないでください! それよりも、このぬいぐるみ、どうしたんですか?」


 ユキは看板を指さして尋ねた。


「ああ、それ、昨日にヨハンさんのご夫妻がお見えになってね。 そしたら奥方のマルネさんが犬賢者をえらく気に入ったみたいで、今朝になってその人形を30個持ってきて、店に置いてくれっていうから……」


「30個?! 生産能力高すぎないですか?!」


 それはユキにとって驚愕の数字だった。徹夜したとしても、このクオリティーでそれだけの数字を達成できるとは到底思えなかった。


「そりゃあ、ヨハンさんとこは縫製工場を経営するプロだからね。 マルネさんは裁縫の達人らしいよ。 この通りをまっすぐ行ったところに工場があるんだけど、知らない?」


「それにしたって、昨日の今日でしょ……」


「でもほんとによく売れて、あと7個しか残ってないんだよ」


「う……どうしてそんなに……」


 村の人達が自分にそっくりな犬っぽい人形を部屋に飾っていると思うと、なんだか眩暈(めまい)がしてきた。


「ちょっと用事を思い出した! 私、帰るわ!」


「え! どうしたんですか、急に?」


 リズは踵を返すと走り出していた。


「明日の朝、出発前にあいさつに来るから! じゃーねー!」


 そう言ってリズは通りの向こうに消えていった。






 翌朝、旅支度を整えたリズは馬に乗ってユキのところにやってきた。


「おはようございます、リズさん。 昨日はどうしたんですか?」


 ユキは眠い目をこすりながら尋ねた。


「あのあと、犬賢者の完全版デザインを描き上げてマルネさんの工場に持っていったんだ!」


 リズは眩しいぐらいの笑顔で答えた。


「またそんなことを……マルネさんだって仕事があるでしょうし、そんなにたくさんは作らないですよ」


 ユキはため息をついた。なんとなくそんな気はしていたのだ。


「いや、飛ぶように売れてるって聞いたらヨハンさんもその気になってね。 工場をあげて生産して、村中のお土産屋さんに並べようってことになったの。 ゆくゆくは都にも売り込もうって息巻いてたわよ!」


「ええ! なんか、話が大きくなってないですか?!」


「それで話を詰めてきたんだけど」


 そう言ってリズは鞄から紙を取り出した。


「なんですか……それ?」


「契約書よ。 売上の8%が私、7%がユキに入るようになってるから。 振り込みは毎月ギルドに入金にしてもらうわ。 やっぱり銀行よりも、安心便利な冒険者ギルドよね。 本人確認もあっという間だし。 ユキの冒険者番号はばっちり暗記してたから問題ないわ。 そういうわけだから、いい?」


「え? ええ? ちょっと待ってください、話がよくわからな……」


「じゃあ、私はもう行くわね! 帰ったらすぐに布教活動を始めないと! またガレオンで会いましょう!」


「リ、リズさん?! 布教活動ってなんですか!」


 そしてリズは風のように去っていった。


「な……なんだったんですか……」


 リズの後ろ姿を呆然と見送るユキは、このあと犬賢者人形が世界的なブームを巻き起こす大ヒット商品となることをこの時は知るよしもなかった。






これは後日譚とは違うなあ、と思ってたんですが幕間が正しいという結論に到りました。あとは、幕間が本編より長くならないように気をつけます。



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