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58 幕間⑦


 巨石を乱雑に積み上げたような歪な巨体の人形(ひとがた)の魔物がズシズシと足音を響かせて迫ってくる。


「まずはこいつを片づける! 足許(あしもと)に気をつけろ!」


 レイムスは剣を抜くと低い姿勢でストーンゴーレムに向かって行った。

 ストーンゴーレムは攻撃力、防御力、耐久力が高い魔物だが単体ならAランクパーティーが苦戦するほどではない。

 ダンジョンは淡く発光していて敵の視認に問題はないが、魔法使いのカグラは念のためにライトの魔法で部屋を照らした。この階層は湿気がひどく、床や壁は苔むしていて石造りの床にはところどころに水溜まりがある。うっかり苔を踏んでしまうと足を滑らせてしまうのだ。

 ハイプリーストのシンシアが支援魔法を使おうとしたとき、キイキイという不吉な金属音が響き渡った。

 壁の鉄格子が引き上げられる音だ。鉄格子の向こうには蒼い光を纏った無数のアンデッドがうめき声を上げながらこちらに崩れかけた手を伸ばしている。

 これらはナイトウォーカーと呼ばれる不死系の魔物で、触れるだけで生命力を吸い取り麻痺効果と同時に強制的にレベルを下げる攻撃は『死の接触』と呼ばれ恐れられる。

 鉄格子が上がると十数体ものナイトウォーカーが部屋になだれ込む。前線ではレイムスがストーンゴーレムのパンチを掻い潜って剣を叩き込むが、石の表面を砕くだけで大きなダメージにはならなかった。


「ちょっと! こっちのがマズイって!」


 レンジャーのナタリアがナイトウォーカーに矢を放つが、それなりの効果はあるものの倒すまでには至らない。ナイトウォーカーは物理攻撃への耐性が高く、強力な魔力が付与された武器でなければまともにダメージは通らない。シンシアは支援魔法を中断してナイトウォーカーにターンアンデッドを試みる。


「聖なる光よ、くそ不浄なる魂どもを祓いなさい!」


 シンシアが聖印を掲げて叫ぶと前にいた三体のナイトウォーカーが崩れ落ちる。


「くそったれ、調子が悪いわ!」


 思ったほどの効果が得られず、シンシアは毒づいた。清楚な見た目だけに口の悪さのインパクトは強烈だ。

 横手から迫るナイトウォーカーの群れにパーティーの陣形が乱れかけたとき、パーティーの中から黒い影が飛び出した。


「こっちは俺が抑えるから、ゴーレムを片づけて!」


 カイトは叫ぶと短剣を片手にナイトウォーカーの群れめがけて走り出した。

 一体の懐に飛び込むと抱きつくように襲いかかってくるのを身を沈めてバックステップでかわす。いつの間にか首を深く切り裂かれたナイトウォーカーはそのまま前のめりに倒れて動かなくなった。

 さらに掴みかかってくる二体の腕を後ろにさがりながら切り飛ばし、一気に飛び込んでとどめを刺す。


「カイト! そんな数、一人でなんとかなるの!?」


 カグラが叫ぶ。触れるだけでレベルを奪われるとあってカイトは慎重に立ち回っているが、ナイトウォーカーの動きはそれほど速くはない。これなら攻撃を食らうことは、まずないはずだ。


「余裕!」


 カイトが手の中で短剣をくるりと回すとカイトの姿が消えた。次の瞬間にはパーティーに向かっていたナイトウォーカーが胸から刃を生やして倒れる。その背後には短剣を逆手に持ち変えたカイトが立っていた。


「あと十匹ぐらいか。 だいじょうぶ、そっちには近づけさせないから!」


「わかった、まかせたわよ!」


 カグラはストーンゴーレムに向き直ると杖を水平にかまえて魔力を練りはじめた。

 シンシアがレイムスに支援魔法をかける。


強打撃!ハイパーストライキング


 剣身に聖印のエフェクトが浮かびあがると、レイムスは殴りかかってくるストーンゴーレムの拳に剣を叩きつけた。

 ドコォン!と、軽快な炸裂音がして石の拳が砕け散る。ストーンゴーレムがのけぞると、とつぜん背後から現れたアサシンのソーニャがその背中を駆け上がり、首筋に剣を叩き込んだ。刃は石の首に食い込みはするが、やはり深手にはならない。

 ストーンゴーレムがソーニャを払い落とそうと残った腕を上げると、レイムスはがら空きの胸めがけて渾身の突きを放った。ストーンゴーレムはさらに大きくのけぞり、その胸部にビシリと亀裂が走る。ソーニャはストーンゴーレムの肩や頭の上で跳び跳ねて器用にバランスをとっていた。


「あんたら、どきな! おっきいのをぶちかますよ!」


 カグラが大声で叫ぶと、レイムスとソーニャが横に飛び退く。カグラの前には黒い大きな鉄の塊が浮かんでいた。


鉄の礫(アイアンバレット)!」


 カグラが杖を垂直に立てると、鉄塊は弾丸のように飛び出した。それはストーンゴーレムの胸に直撃すると貫通してダンジョンの壁を破壊する。胴体を粉々に打ち砕かれたストーンゴーレムは壊れたおもちゃのようにバラバラと崩れ落ちた。


「よし、一丁あがり!」


 カグラが声をあげて横を見るとカイトが最後のナイトウォーカーを倒し終えていた。

 短剣を腰の後ろの鞘に戻しながら戻ってきたカイトにカグラが抱きつく。


「やるじゃない、カイト! さすがギリアンのお墨付きね!」


「ほんとうに……うちに欲しいくらいよぉ」


「ねえ、カイト。 うちのパーティーに入らない?」


 ソーニャがカイトの肩に手をまわしてきて、ナタリアが耳もとで囁く。


「い、いや……俺は行くところは決まってるから」


「それってぇ、いまはフリーってことよねえ。 次は、お泊まりの仕事にも来てくれるかしら?」


 シンシアがカイトの手を両手で包み込みながら顔をのぞき込んでくる。


「はは……遠慮しとくよ」


 カイトは目をそらしながら断った。曖昧な返事をすると強引に押し切られそうな雰囲気だ。


「おまえら、青少年をたぶらかすのはやめろ」


 真面目に周囲への警戒を続けていたレイムスが言い放った。

 レイムスはエルフと人間のハーフで、ここは絵に描いたような美男美女のパーティーだった。このパーティーはタンク(戦車)と呼ばれる盾役の前衛の欠員を訴えていて、常にメンバーを募集している。今回はギルドからの依頼で広場のダンジョンの調査をしており、パーティーは欠員の穴埋めにギリアンを指名したのだが、ギリアンはその代役をカイトに依頼したのだ。要するに丸投げなのだが、ちょうど暇をもて余していたカイトは事情もよく知らないまま快諾したのだった。


 事前になんとなくパーティーのことを酒場で聞いてみると、レイムスへの賞賛と女性陣への悪評が際立っていた。

 以前はハーレムパーティーと揶揄され、欠員の募集に応募が殺到したのだが、パーティーメンバーとなった者は長続きせずに次々と辞めていく。いつしか地獄パーティーやら鬼女パーティーなどと呼ばれはじめ、今では募集に応じる者もほとんどいなくなった。ごく稀に新たなメンバーが加わったとなると、酒場では何日で逃げ出すかの賭けが始まる始末である。


「あら、レイムス。 もしかして妬いてるの?」


「それは無いな、絶対に」


 一人で部屋を探索していたレイムスは、ナイトウォーカーがいた小部屋を覗き込んだ。


「カイト、ちょっと来てくれ。 奥に宝箱がある」


「わかった」


 カイトはこれ幸いとばかりに美女達の包囲を強引に抜け出すとレイムスのもとへ急いだ。後ろからは『ちっ』と、舌打ちが聞こえる。

 カイトは小部屋の前に来ると、まず鉄格子に注意を向けた。罠の気配は感じないので、どこかのスイッチを操作しなければ再び作動することはなさそうだ。小部屋の中に入ろうとすると、レイムスがカイトの肩をつかんで引き止め、引き上げられた鉄格子を指さす。

 「問題無い」、と言うよりも早くレイムスが小声で話しかけてきた。


「カイト、うちのパーティーは仲間内で契約書を持ち出したりサインを要求するようなことはしない」

 

「え? 何の話?」


 カイトはレイムスの意図がわからずに戸惑った。


「つまり、彼女達がなにかしらの理由をつけて契約書や誓約書を持ち出してきても、絶対にサインをしてはいけないということだ。 あと、さすがにダンジョンの中では大丈夫だとは思うが、彼女らが同席している場での飲食にも注意しろ。 差し出された物は、絶対に口にするな。 まあ、君が自主的にメンバーになってくれるというなら、もちろん歓迎するが」


「……為になるアドバイス、ありがとう」


 ここまで具体的な注意を促すということは、過去にそういう前科があるのだろう。ガチすぎてドン引きだった。


「あんたら、宝箱はどうなの?」


 カグラたちが近づいてきたので、「だから、これは勝手に作動しないと思うよ」、「なるほど」と、ブラフの会話を入れながらカイトは小部屋に入った。

 細長い部屋の奥には金色の金属で装飾された古びた木箱が置かれている。


「罠はどうだ?」


「ポイズンミストだね。 いま解除した」


 はた目にはとくに何かをした様子もなく、カイトは無造作に宝箱を開ける。


「あのスキル便利よね」


「反則級にね。 さっきの戦闘を見た限りでは前衛もできそうだし、やっぱり唾つけとくか」


 同じ盗賊系のスキルを持つソーニャとナタリアがヒソヒソとことばを交わした。

 

「必要なのはタンクだろ? 確かに彼は優秀だが、盾役不在の解消にはならないぞ」


 不穏な流れを察してレイムスが釘を刺す。


「それは、あんたがパラディンに転職すれば解決する話でしょ」


「却下だ」


 そもそもタンクの欠員を訴えているのはカグラたちで、レイムスは増員の必要はないと考えている。現状、前衛はロードのレイムス一人なのだがアサシンのソーニャとアークプリーストのシンシアも前衛をこなせるクラスだ。

 ソーニャは「私は背後からの奇襲に人生を賭けている」と言って前衛には立たず、シンシアは「神の教えに背く」などと言って武器を持っていない。転職前のクレリック(僧侶)だったころは嬉々としてメイスを振り回していたので、単なる気まぐれだろう。

 そんなことより、新メンバーを取っ替え引っ替えしてるうちに、またろくでもない女が居着くことになるのではとレイムスは危惧していた。


 カイトが液体の入ったガラスの小壜を四つ持って戻ってくると、ナタリアがそれらにタグをつけて地図にメモを書き込んでいく。


「さっきのナイトウォーカーは固定モンスターと思うか?」


「まあ、そうでしょうね。 部屋の半ばまで進むとゴーレムが動き出して、それがスイッチになって鉄格子が引き上がる仕組みみたいね」


 レイムスの問いにカグラが答えた。


「部屋全体がトラップみたいなものか。 あの数だとBランクパーティーでは全滅するかもしれないな。 これも詳しく報告しておこう」


 今回の探索はギルドからの調査依頼なので、遭遇した魔物の種類や数、排出したアイテムの入手方法や場所などを細かく報告する必要がある。


「まだAランクの魔物は出ないようね。 目的の物は見つかるかしら?」


 ソーニャが地図を覗き込む。

 ダンジョンの探索はAランクパーティーが交代しながら夜を徹して進められていた。普通なら冒険者たちの自主的な探索に任せるところだが、今回は事情が異なる。その入り口は村の中心部である広場のど真ん中にあり、冒険者ギルド、宿屋、役場、軍事施設にその他店舗から徒歩二分程度の立地となれば、村の名所として大々的に売り込むことができる。カイトの持ち帰った情報でBランクグレード以上のダンジョンであることが確定していたが、ギルドが確認を急いでいるのはAランクグレード以上であるかどうかだった。

 Bランクダンジョンでも上級者向けであり、村は活気づくだろう。だが、これがAランクダンジョンとなるとその価値は跳ね上がる。遠い国からもここを拠点とすべく多くの冒険者が集まり村に繁栄をもたらす貴重な資源となるのだ。すでにギルドマスターのヘンケンは理事会に掛け合い、Aランクグレード以上であることが確認できた場合は広場の入り口に魔導エレベーターの設置許可とその資金援助を伯爵に取りつけるように動き出していた。


 そして現在、レイムスのパーティーが探索しているのは第20階層だ。これまでの傾向なら、次の階層で出現する魔物のランクが上がる。パーティーの任務は第21階層の存在の確認と、余裕があるならそこに出現する魔物の確認という重要なものになっていた。


 ダンジョンは上の階層から下に降りるにつれて、ピラミッド状に少しずつ大きくなっている。20階層ともなるとかなり広大になり、地図はまだその三割ほどを埋めているにすぎない。


「余力があるうちに、下に降りる階段でも見つけたいところだな」


 地図の白い部分を睨みながらレイムスが言うが、現実的にはAランクダンジョンの数はBランクダンジョンの一割程度と言われる。21階層など存在しない可能性の方が圧倒的に高いのだ。それでも大発見に立ち会えるかもしれないこの場面は、冒険者冥利に尽きるというものだろう。パーティーを組んでの本格的なダンジョン探索は初めてとなるカイトも、見た目には分かりづらいが実はテンションが上がっている。


「さて、まずはどちらの扉を開ける?」


 レイムスはメンバーに意見を求めた。部屋の奥の左右の壁にはそれぞれ扉がついている。黙って左右の扉を見比べていたカイトは、正面の壁に目を止めた。


「ちょっと待って……あれは?」


 石造りの壁はカグラの魔法により破壊され、三メートルもの深い穴が穿たれている。その奥に直径二十センチほどの小さな穴が見えた。

 カイトは壁に近づくと瓦礫を登り穴を覗き込んだ。そして短剣を引き抜くと壁に何度も突き立てて穴を広げはじめる。


「カイト、どうした!」


「向こうに部屋がある。 下りの階段が見えるよ」


「なんだと?!」


 一堂は驚いて顔を見合わせた。


「カイト、ちょっとどきなさい」


 カグラが杖をかまえると、空中に岩の塊が出現する。カイトが瓦礫を滑り降りて抜け出すのを確認して、カグラは杖を突き出した。


岩の礫(ロックバレット)!」


 岩の砲弾が先程カグラが開けた大穴に正確に打ち込まれる。

 ドン!と、短い破壊音と衝撃が響き、穴の奥にはさらに直径一メートルの穴が口を開けていた。その向こうには部屋とおぼしき空間が広がっている。レイムスが瓦礫を駆け上がり中を確認した。


「階段だ……すごい! 21階層はあったぞ!」


 珍しく興奮したように叫ぶレイムスにカグラはニカリと笑った。そしてカイトに向かって手を上げ、カイトはハイタッチで返した。


「ん?」


 そのハイタッチした手を、カグラががっしりと握っている。


「お手柄だねえ、カイト」


「いや、お手柄はカグラだろ……」


 カグラが妖しく笑う。あ、捕まった、と思ったときにはソーニャが後ろからしなだれかかってきて耳に熱い息を吹きかけた。


「カイトには、あとでご褒美をあげなきゃ。 ねえ、なにが欲しい?」


「な、なにもいらないから! それより、先を急ごう!」


 慌てて振りほどくと、穴から身を乗り出して飛び込もうとしているレイムスのもとへ急いだ。

 人間関係は良好なはずなのに、この気の休まらなさはなんなんだ。

 ここでリーダーをやっているレイムスを、カイトは尊敬したのだった。






設定はできてたんですが、まったく書く機会がなかったレイムスのパーティーをようやく登場させることができました。もう一章は終わっちゃってますが。

レイムスは真面目で口調も堅めですが、パーティーを離れると普通に砕けた感じで話します。曰く、「仲間と居るときはまったく気が休まらない」そうで、常に気を張り詰めて神経をすり減らしているようです。ダンジョン探索の話はこれで終わりです。




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