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57 幕間⑥


リズと別れた後、ユキはすぐにカイトの部屋に飛び込んでいた。


「ルシアのことは出来る限り秘密にしておきたいんだけど、まずはギリアンと話をしないと方針が決まらないんだよなあ」


 カイトはイスの背にもたれながら頭の後ろで手を組んでいた。


「そうですよね……ギリアンさんはルシアさんが魔王だって知ってましたし……」


「もしもギリアンがルシアのことをギルドに報告してたら、けっこう面倒なんだよね。 でも昨日ギルドに行ったときの様子だと、ギルドマスターもルシアが魔王だとは知らない感じだったし……。 ギリアンさえ味方になってくれたら、たぶんなんとかなるよ」


 カイトはのんびりした口調で言う。カイトは昨晩、ギルドに呼び出された後、ギルドマスターであるヘンケンに頼まれてダンジョンの地図を書く作業をしていた。それは未発見だった村の広場の下に広がる深いダンジョンで、カイトがデモンズウォールの結界から逃れるために偶然に転移した場所であり、超獣合成体が封じられていた場所でもある。作業中にキールという魔法使いが話してくれた彼の見解によると、広場建設時期の古い史料や封印の言い伝えにもダンジョンらしきものは一切出てこないので、超獣合成体の強大な魔力を核にして新たに生成されたダンジョンなのではないかということだった。


「パーティーがガレオンに戻ったら、魔王城探索の報告は、まず王国にするんだよね。 それからギルドに報告して、ひとまず依頼完了になるのかな?」


「そうですね、わたしはまだ生死不明ってことになっているはずですから、わたしの見た事は、追加報告っていう流れになるはずです」


 王国がそれらの情報をどう扱うのかは不確定要素だが、ルシアが人間に敵対行動を取って大暴れでもしない限りは、いきなり魔王が復活したなどと公表されはしないだろう。


「それに関しては目撃者がユキ一人だけなんだから、辻褄さえ合わせればいいワケだ」


「嘘ですか……それ自体は構わないんですけど、わたし嘘つくの下手なんです。 うまくできるかなあ……」


 ユキは不安そうに呟いた。


「うまくいけば手紙で済ませられるし、できるだけ事実に沿って部分的に隠すって感じにするからだいじょうぶだよ。 例えば、魔王城の外でのことなんかは報告する必要はないし」


「手紙……ですか? カイトさんにはもう、シナリオが出来てるんですか?」


「だいたいはね。 さっきも言ったけど、ギリアンと話をしてみないとどのシナリオにするかが決まらないんだ」


 そんな話をしていると、折よく昼前にギリアンの使いがやって来て、ルシアを加えた三人は昼食を済ますと連れだってギルドへと赴いた。リズに遭遇する可能性を考慮してルシアにはローブを羽織らせてフードを目深に降ろさせてある。

 ギルドに到着すると、三人は二階にある小さな部屋に通された。部屋にはギリアン一人が待っていて、小さなテーブルの周りに人数分のイスが用意されている。

 カイトとユキが軽く挨拶をして、最後にルシアが入室するとギリアンは複雑な表情を浮かべる。だが広場で見せたような警戒心のこもった厳しい視線ではなかったので、ユキは少しほっとした。


「なんだ、きさまか。 その顔は(・・)覚えたぞ」


 ルシアが緊張感のない声で言うと、ギリアンはため息をついた。


「ギリアンだ。 顔なら昔から知っているはずなんだがな、ルシア(・・・)


 ギリアンに促され、四人はテーブルを囲んだ。奥の席にギリアン、時計回りにカイト、ギリアンの正面にルシアが座り、ユキはティーポットから全員のカップに紅茶を注ぎはじめた。

 カイトが天井の隅にちらりと目を向けると、ギリアンがうなずく。


「ステラ、悪いが今回は外してくれねえか」


 ギリアンが言うと、そこにあった僅かな気配がふっと消えた。ステラはヘンケンの秘書兼護衛役で、カイトも何度か目にしている。


「悪いな、あいつは暗部のスパイで俺の監視役なんだ」


 ギリアンがさらりと言うが、スパイってそんなにモロバレでいいのか?とカイトは思った。


「おまえら、時間を取らせてすまねえな。 こいつ(・・・)とは個人的に色々あってな……俺がここに居るのも、こいつが出てこねえように見張るためだった。 まあ、出てきちまったもんはしょうがねえ、とりあえず経緯(いきさつ)を話してもらおうか」


 ギリアンは眉間にしわを寄せてルシアを睨むが、ルシアはテーブルに置かれた焼菓子の入った鉢をじっと見つめている。

 ユキは心配そうにカイトに視線を向けた。


「わかってるとは思うけど、俺たちはルシアのことは秘密にしておきたいんだ。 騒ぎを起こしたくないからね」


 言いながらカイトは鉢をルシアの前に寄せた。ルシアが焼菓子にぱくつきはじめる。


「そうだな……最初に言っておくが、こいつの正体はまだ誰にも喋っていない。 俺も昔は魔王軍の将軍をやっていた。 似たような立場ではあるからな」


「将軍か……そういえばギリアン、なんか強くなってない?」


 カイトはギリアンを見た瞬間にそれを感じ取っていた。ルシアを前に気合が入っているとかいうレベルではなく、存在感がまるで別人のようになっている。


「それに関しちゃ、こいつには借りが出来た。 おまえらがろくでもねえことでも企んでないなら、悪いようにする気はない」


 ルシアが「は?」という顔でちらりとギリアンを見たが、すぐに焼菓子をぱくつくことに集中する。

 

「わかった。 ギリアンには全部話すけど、みんなもそれでいいかな?」


 カイトが二人に確認を取る。


「はい」


「うまい」


 それからユキとカイトは魔王城でルシアに出会ったところから瀕死のルシアを抱えてゼフトにたどり着いたところまでを語り終えた。たいして長い話ではない。


「驚いたな………本当に角を捨てちまったのか……」


 黙って聞いていたギリアンは開口一番にそれを口にした。


「昨日もそう言ったであろうが。 あのときは他に結界を抜ける方法がなかったのじゃ」


 ルシアは悠然と脚を組み、紅茶を啜っている。  


「昨日に会ってたのか? ていうか、それはあんまり喋らないほうがいいと思うんだけど」


「同感だ」


 カイトの意見にギリアンが同意する。


「なにか問題でもあるのか? わしはもう魔王をやる気はないのだぞ」


 ルシアはのほほんと焼菓子に手を伸ばす。


「ああ、もう、こいつは……」


 カイトは頭を抱えた。


「弱くなったって知ったら、無駄に喧嘩を売ってくる奴が増えるだろ。 例えば、もしギルドにルシアが魔王だってことが伝わっていたら、魔王の力をネタにギルドを恐喝……じゃなくて交渉するつもりだったんだ。 戦えばどれだけ被害がでるかわからない相手が『戦う気はないです』って言えば、下手に手は出してこないだろ。 ルシアは村を守った実績もあるし、なんならギルドの組合員になってちょっとは力を貸すって言っとけば、向こうにも美味しい話だしね。 それが弱体化してるとなると、また話が違ってくる。 『勝てるかもしれない』って思われたら、この手は通用しないんだ」


「カイトは難しいことを考えておるのだな。 わしはそういうのは苦手じゃから、カイトにまかせる」


 ルシアはそう言って、また焼菓子に手を伸ばそうとするが、カイトが鉢をすばやく手もとに引き寄せた。


「む……」


「そこはちゃんと反省してくれないと、クッキーは没収だ」


 ルシアは目をほそめると、右手を構えたまま組んでいた脚をほどいた。カイトはルシアが本気で奪いにくる前にユキにパスを送る。ユキがテーブルの上を滑ってきた鉢を両手で受け止めると、ルシアは動揺した。


「……ルシアさん?」


「は、はい!」


 ユキが鉢を見つめたままぽつりと呟くと、なにかを察したのかルシアはギクリとして姿勢を正した。


「わたしもみなさんも、ルシアさんのことを心配してるのは、わかってますよね?」


 ユキがにっこりと笑ってルシアに語りかけると、ルシアは背筋をピンと伸ばして冷や汗をだらだらかきはじめる。


「わ、わかっておるぞ! うむ、カ、カイトの言うことはもっともじゃな! 今後は気をつけるとしよう!」


「ありがとうございます。 じゃあ、よろしくお願いしますね」


 ユキが笑顔で鉢をルシアの前に戻すと、ルシアはだらりと頭を下げたまま動かなくなった。

 ギリアンはしょんぼりとうなだれるルシアとユキの様子を信じられないものを見たような顔で眺めていた。


「えーと、ギリアンはルシアのことは黙っててくれるってことでいいのかな?」


 カイトが話を戻すと、ギリアンはうなずいた。


「まあいいだろう。 おまえらには借りがあるからな。 できる範囲で協力しよう」


「じゃあ、今後の方針だけど、まずユキがギルドに報告する部分からだな」


 ユキはうなずいてカイトを見つめた。


「パーティーと別れた後、アイテムの鑑定が終わったら何事もなくすぐに解放されたって事でいいよ。 俺はいつの間にか居なくなってた。 ルシアは最後に『もう魔王はやめた。遥か東の大地に行く』と言ってたって報告すればいい」


「それは、なにか意味があるんですか?」


 ユキは不思議そうに首をかしげる。


「結局、魔王は行方不明になるんだけど、そう言っといたほうが、みんな安心するだろ? どこかに潜伏していないか捜索がはじまるのは間違いないけど、本人がどこかわからない遠くへ行くって言ってれば、捜索の必死さが変わってくると思うんだ」


「ああ、なるほど……たしかに、そうかもしれませんね」


 ここは大陸の東端で、海を越えた向こうには鎖国状態のサムライの国がある。そのさらに向こうがどうなっているのかは、誰も知らない。話も簡単なので、繰返し聞かれても間違うことはなさそうだ。


「次はギリアンに頼みたいんだけど」


「わかった、話してくれ」


「いまリズさんていうユキのパーティーのメンバーが迎えにきてるんだ。 一緒に出発するわけにはいかないから、ギルドからユキに長期間の協力要請を出せないかな?」


「協力要請か……それなら、ちょうど鑑定スキルを持った人間が欲しかったところだ。 例のダンジョンから持ち帰ったアイテムを迅速に鑑定してリストを作りたいんだが、鑑定魔法だと捌ける数は多くないからな。 できれば一年は常駐してほしいぐらいだ」


「さすがにそこまでは無理だけど、一月(ひとつき)二月(ふたつき)ぐらいって言えばリズさんも納得してくれるかな。 実際は二週間ぐらいでいいんだけど。 ユキはさっきの内容を手紙に書いてリズさんに預けてくれる?」


「あ、はい、わかりました」


「できればリズさんをギルドに呼び出してギリアンから説明してくれたら安心なんだけど」


「かまわねえよ。 任務中のメンバーを引っこ抜くことになるから、そうするのが筋だろうな」


「あとは口裏合わせみたいなもんだけど、途中で会った兵士に説明した通りでいこう。 ユキが街道に出たところで魔物に襲われて、通りがかった俺とルシアが助けに入った。 そして負傷したルシアを一緒に宿まで運んだ。 ユキは俺の部屋に一人で泊まってるってことにしとけばいいよ。 俺の私物は全部持ち歩いてるから、もしリズさんが訪ねて来たら、俺の部屋に通してね」


「はい」


「村を出発する時とガレオンに入る時はユキ一人の(てい)にしといた方がいいね。 とくに魔王を知ってるパーティーメンバーとは顔を合わさないように、町では俺たちとユキは別の宿をとった方がいい。 だいたいこんな感じでいいかな?」


「は、はい……ありがとうございます!」


 ユキは魔王であるルシアと本当に旅をすることができるのか一抹の不安を感じていたのだが、カイトの話を聞くとなんとかなりそうな気がしてきた。ルシアは遠慮がちに焼菓子に手を伸ばしていた。


「そうだ、ユキはガレオンに着いたあとはどうするつもりなの?」


「そうですね……パーティーを抜けさせてもらって、一度、故郷の村に帰ろうと思います。 家族や師匠にも会いたいし、カイトさんとルシアさんにわたしが生まれた村を見せたいですね」


「わしもユキの村を見たい!」


「はい、おいしい食べ物もたくさんありますよ」


 ユキが笑うとルシアはぱあっと顔を輝かせた。


「パーティーを抜けるのはだいじょうぶなの?」


「わたしが抜けても戦力的にはぜんぜん問題ないんです。 みんないい人で、とても良くしてくれたのになにも返せてないですね……。 いつか、ちゃんと恩返しがしたいです」


 ユキは少し申し訳なさそうな顔ではにかんだ。それでも先の見通しが立ったことで、ずいぶん気は楽になっていた。








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