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55 幕間④


 にぎやかな村の中心地を抜けると、景色はのどかな田舎道に変わり人の姿も少なくなる。建物もまばらな通りの奥に見覚えのある宿を見つけ、ルシアは安堵した。

 広場を出た後もてきとうに村をぶらついていたのだが、ルシアは行く先々で歓迎され、村人からたくさんのお礼の品を渡された。そのほとんどが食べ物だったが、さすがに持ちきれなくなって、いまは魔王の宝物庫に放り込んである。

 心ゆくまでゼフトの味覚を満喫したルシアは宿へ戻ろうとしたのだが帰り道がわからない。当然、宿の名前も記憶にはなかった。困ったルシアは迷子さながらに道行く人々に尋ねてみると、なぜか人々はルシアの泊まっている宿を知っているらしく、みんな親切に宿への道を教えてくれるのだった。

 近づいてくる宿を見ながら、ルシアはある想いを決意していた。

 

「今日こそは、ちゃんと言わねば……」


 ルシアは呟くと、最終決戦に赴く勇者のような顔で宿を睨んだ。

 ユキは、おそらくあと数日後にはこの村を旅立つだろう。カイトが同行するであろうことは、二人の様子を見ていればわかる。ルシアも二人についていきたかった。だがユキからすればルシアはただの行きずりであり、この後も行動を共にする理由がないのだ。

 ルシアから明確に意思を伝える必要があるのはわかっていた。その機会はこれまでに何度もあった。二人は快くルシアを受け入れてくれるだろうと思ってはいるのだが、万一ユキに拒絶されてしまうことを考えると、どうしても一歩を踏み出すことが出来なかったのだ。ルシアにとってユキの存在はそれほどまでに大きくなっていた。

 ルシアにとってユキは、たまらなく愛おしく、同時に恐ろしくもあった。先代の魔王と向き合ったときでさえ顔色を変えなかったほどの胆力を持つルシアが、ユキに睨まれただけで身がすくみ、心臓を掴まれたように呼吸が乱れて手足が震えてしまう。だが普段のユキは優しく、誉められようものなら天にも昇るほど幸せな気持ちになるのだ。

 カイトはルシアを封印から解放し、ルシアという名前を与えてくれた。二人に共通するのはルシアを魔王と知りながら、まったく畏れていないということだ。自然に接しながら、それでいて感じることができるさりげない優しさは、臣下の見せる忠心や畏れとはまったく違う心地よいものだった。魔王という肩書きではなく、素の部分のルシアという存在を認めてくれているという信頼感があり、不思議な絆を感じていた。ルシアはそれを言葉にすることができなかったが、「家族」という言葉がそれに近いのかもしれない。

 ルシアにとって、もう二人から離れることは考えられなかった。だが、それとは別に心に引っ掛かっていたことがある。それは、魔界の勢力がまたこの村を襲うかもしれないという危惧だ。そのため、ルシアはここに残り村を守るべきではないかという思いもあった。しかし、その懸念もつい先ほど払拭された。それは、かつて魔王軍の将軍であり、ルシアが『龍槍ゲイボルグ』を与えた男の存在による。その男は長い年月、自らの右腕にゲイボルグを封印していた。その封印を解いたことにより、その男は封印に費やしていた魔力を取り戻し本来の実力を発揮できるようになったばかりか、いまやゲイボルグを自在に扱うことができる。あの男が村の守り手である限り、もはや何の心配もないだろう。男の名前は覚えていない。

 ともかく、後顧の憂いがなくなり、広場での活躍によりルシアのポイントが上がっているであろう今こそ二人に旅への同行を申し出るいいタイミングだとルシアは考えた。


「だ、大丈夫じゃ……いつものように、さりげなく言えば……」


 そう言いつつも、緊張で汗が出てくる。これでユキに「嫌です」なんて言われ日には、本当に死にたくなるかもしれない。


 宿に戻ったルシアは食堂で村人や冒険者から拍手と歓声を受けた気がするが、ほとんど覚えていなかった。気がつくと部屋の前に立ってドアノブを握っていた。

 大きく深呼吸をして、思いきってドアを開けると、テーブルを囲んで話していたユキとカイトがこちらに視線を向けた。二人ともすでに目覚めていたようだ。


「ルシアさん、おかえりなさい」


「お、帰ってきた。 見廻りはどうだった?」


 二人は普段どおりに気安く声をかけてくる。


「う、うむ、なかなかの成果だったぞ。 今の時期はサクラマスという川魚が旬らしくてな」


「食べ歩きか!」


「そそそ、そんなことはない! しっかりちゃっかり見廻りの任務をまっとうしてきたぞ!」


 ユキはクスクス笑っている。


「まあ、ちょうどよかったよ。 いま、これから(・・・・)どうするかを話してたんだ」


「!! わ、わしは……あいたた、ちょ、ちょっと傷口が………」


 そう言ってふらふらとベッドへ近づくルシアをカイトががしりと捕まえた。そのまま無理矢理イスに座らせる。

 ルシアは小さなテーブルを挟んでユキと向き合う形になった。


「ねえ、ルシアさん」


「は、……はい!」


 ユキのあらたまった様子にルシアは緊張のあまり声が裏返ってしまった。


「わたしは、まだ依頼任務の途中なので、あと何日かしたらガレオンの町に戻らないといけないんです」


「う、うむ……そうであったな」


 ルシアは青い顔できょろきょろと視線をさ迷わせている。覚悟を決めたつもりだったが、まさか向こうから話を振られるとは考えていなかったのでパニックに陥っていた。先制攻撃をしようと突撃したら、想定外の待ち伏せ奇襲攻撃をされた気分だ。


「それで、一人旅は心細いので、お二人にも同行を御願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「え?」


 ユキから頼まれるという展開もルシアの想定にはまったく入っていなかったので、思考が停止する。

 

「俺は、もちろんついていくよ。 ルシアも来るんだろ?」


「え?」


 カイトがルシアの肩をぽんと叩いた。


「ルシアさんにも事情があるでしょうから無理にとは言えませんけど、わたしはルシアさんと旅がしたいです。 できれば、これからもずっと」


 その瞬間にルシアはテーブルの両端を押さえるようにして身を乗り出した。なにかを言おうとして口を開くが、なかなか言葉が出てこない。ユキは優しく微笑みながら、その言葉が(つむ)がれるのを静かに待っていた。


「い……行く!」


 ルシアはようやく言葉を絞り出すと、じわりと涙を浮かべた。

 ゴン!

 ルシアがテーブルに額を打ちつけて顔を伏せる。けっこういい音がしたので、ユキが驚いて腰を浮かせた。


「あ、あの………」


「わしも……お、おまえたちと一緒に………行きたい! い、いろんな……場所を……旅、して………」


 声を震わせるルシアを見てユキとカイトは頷き合った。

 ユキはルシアに深々と頭を下げる。


「ルシアさん、ありがとうございます。 じゃあ、まだ日はあるので、少しずつ準備をしていきましょう」


 カイトがルシアの頭を撫でると、ルシアはがばりとカイトの胸に抱きついてきてカイトの足が浮き上がる。カイトはいきなり巨大なサメに食いつかれた画が頭に浮かんだ。


「う゛~~~」


 ルシアはカイトの胸に顔を埋めて泣き声を圧し殺していた。


(うーん、高い高いをされてる気分だなあ)


 カイトはルシアの頭を撫でながら、目の前に迫った天井を見上げてそんなことを考えていた。



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