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54 幕間③


 ルシアは兵士たちに先導されて一番通りを広場に向かって走っていた。


「我々は留守中の民家に魔物が入り込んでいないかの確認作業をしているんです。 実際にゴブリンやオークが発見されることもあるんですが、ちょっと厄介なヤツが見つかって……」


 隊長が走りながらルシアに説明をする。


「厄介なヤツ?」


「はい、キメラとかいう、Aランクの冒険者でも手こずる魔物です。 負傷者も出ているのですが救出できず、手練れの助っ人を手分けして探していたんです」


 通りに面した店舗や住宅は窓や扉は壊されているが、建物自体はほとんど無事のようだった。横道に入ると大きめの住宅が並び、その一つの前に兵士たちが集まっていた。何人かの負傷兵が地面に横たわり治療を受けている。


「連れてきたぞ!」


 隊長が叫ぶとルシアを見た兵士たちからどよめきが起こる。


「おお、この方は……!」

「ゼフトの戦乙女(いくさおとめ)か!」

「この短時間でよく……」


 知らぬまに二つ名がついているようだが、ルシアは自分のことだとは気づいていない。


「こちらです!」


 兵士がルシアを玄関の前に誘導する。そのまま走り込んできたルシアは玄関の前で立ち止まった。

 扉は開け放たれたままで、その奥の大きな部屋の中央に兵士が二人倒れていた。兵士の下には血溜まりが広がり、すぐ横に大きなテーブルと倒れたイスが転がっている。


「中に入るなり一人目が襲われて、まだ息はあるのですが、救出に入った者も襲われてしまい……」


 兵士が手短に状況を説明する。


「なるほど、怪我人を餌にして助けにきた者を襲うというわけか。 小狡(こざか)しいな」


 ルシアは近くの兵士に手を差し出した。


「剣を」


「は、はい!」


 兵士が腰から外した剣を受け取り、その場で抜き放つ。

 ルシアは玄関を潜るなり無造作に真上に剣を突き上げた。

『ギッ……!』という虫のような苦鳴が聞こえ、その頭上に一瞬細長い手のようなものが踊った。ルシアが剣を下げると部屋の奥でドン!と、衝撃音が響く。


「よし、もうよいぞ」


 ルシアが振り返り、兵士たちに声をかける。


「え?」

「なんだ?」

「終わった……のか?」

「ええ!?」


 そのまま中へと入るルシアに兵士たちが慌てて続く。

 部屋の奥では肌色のつるりとした皮膚をもつ蜘蛛のような形をした不気味な魔物がひっくり返って、ゆっくりと脚を動かしていた。細長い頭部の先にある口からは赤い血が流れ出ている。


「ふむ……壁を壊さんように加減をしたから、まだ息があるな」


 ルシアは大股で魔物に歩み寄るとその首に剣を振り下ろした。

 うしろでは倒れた兵士に僧侶が回復魔法をかけている。


「よし、出血が止まった。 助かるぞ!」


 兵士たちが安堵するなか、ルシアは耳を澄ますように静かに天井を見上げていた。


「もうこの建物のなかに魔物はおらんようじゃな。 なにかあれば、また呼べ」


 そう言って(きびす)を返すと兵士に剣を返して玄関を潜る。


「ありがとうございました!」


 背中に兵士たちの感謝の言葉を受けながら、ルシアはどこかうわの空だった。


「虫みたいなの一匹か………まあ、人を救ったようではあるし、これは活躍したと言えるのじゃろうか?」


 顎に手をあてて考えていると、家の前で話す声が聞こえる。


「わざわざご足労いただいたのに、申し訳ありません!」

「ああ、かまわねえよ。 ところで、出てきたのはキメラだと聞いていたが、いったい誰が倒したんだ?」


 兵士と話しているのは黒いマントを着けた一本角の魔族だった。男は玄関から出てきたルシアと目が合うと化け物でも見たような顔で目を見開いた。


「てめえは……」


「む?」


 朝にカイトと一緒にいた男だ。ユキが名前を呼んでいたようだが、そこは覚えていない。ルシアをアルシアザードと呼んでいたので、魔王軍の残党なのかもしれない。ルシアは男の右腕をじっと見つめた。


「おい、アル……ちょっとつきあえ」


 兵士たちの前でその名を口にするのはまずいと考え、ギリアンは言葉を濁した。


「わかった」


 ルシアはあっさり了承すると、立ち去るギリアンの後を追った。



◇◆◇◆◇



 ルシアとギリアンは並んで通りを歩いていた。

 ギリアンはいつにも増して眉間に深いしわを寄せ、ルシアはなにか考え事をしているようにぼんやりと遠くを見ている。

 誘ったのはギリアンだが、なにを話すでもなく二人は黙々と広場に向かっている。


「………おい、アルシアザード」


 ギリアンが重い口を開いて呼びかけた。


「ああ、その名は、もうやめた。 いまはルシアじゃ」


「………ルシア?」


 そういえばユキがそう呼んでいたことをギリアンは思い出した。


「うむ、カイトがつけてくれた。 この名は気に入っておる」


 子供のような笑みを浮かべるルシアをどう扱えばいいのか、ギリアンは迷っていた。


「カイトが………じゃあ、ルシア。 おまえがキメラをやったんだな。 なぜ、あそこにいた?」


「ちょうど見廻りをしておるときに、兵士に頼まれたのでな」


「頼まれた……だと?」


 魔王が一兵士の頼みを聞いてあの場に駆けつけたというのか。そもそも交渉どころかまともな意思疏通が成立するような相手ではなかったと記憶している。

 ルシアの話をどこまで信用していいのか判断が難しい。そのため、ユキとカイトを交えた三人に話を聞くつもりだったのだが、それとは別にギリアンはルシアと一対一で話をする必要があった。


「そういえば、おまえ、なぜ角を隠している?」


 赤い瞳で魔族だということは一目で分かるので、わざわざ隠す必要があるのか疑問だ。確かに三本角は稀少で目立つことは間違いないのだが、ルシアの行動を見てもそんなことを気にするとはギリアンには思えなかった。


「ああ、これか。 捨てた。 いまは角なしじゃ」


「なんだと!?」


 ルシアはなんでもないように言うが、にわかには信じ難い告白だ。角は魔族としての魔力の源であり、大魔法使いとして名を馳せたルシアはその能力をほとんど失ったことになる。それが本当なら、あっさりと口外するなど考えられないことだ。

 どこまで信じればいいんだ、くそっ!

 苛ついてきたギリアンは煙草を咥えて火を点けた。ルシアがライターを物珍しそうに見ている。一言ことばを交わす度にこの調子ではやってられない。

 やっぱり四者面談だ。それしかない。

 ギリアンは煙を吐き出しながら遠い目をした。


 二人は広場に到着した。中央の記念碑があった場所には大きな穴が開き、その周りを囲んだロープには、これでもかとばかりに『立ち入り禁止』の札がぶら下がっている。その周囲を多数の冒険者たちが取り囲んでいた。


 ギリアンはまっすぐ大穴へと向かう。非常線の前で待機していたガトリックのパーティーがギリアンを迎えた。ルシアの姿に冒険者たちがざわめく。


「そちらは?」


「ルシアだ。 一次調査と拠点確保を手伝ってもらう。 最初は俺とルシアの二人で降りる。 悪いな」


 ギリアンが意味あり気に目配せをする。もともとはギリアンとガトリックのパーティーが降りる予定だったのだ。降りる直前に兵士からの援護要請があり、ギリアンが戻るまで調査は中断していた。


「ええ、戦力的には申し分ないでしょう。 我々は、合図があるまで待機しています」


「ルシアも、構わねえな?」


 ここまでギリアンからはなんの説明もなく、完全な事後承諾だ。察しのいいガトリックはおとなしく従った。


「かまわんが、わしは何をすればよいのじゃ?」


「とりあえず下に降りて、魔物が出たら適当に蹴散らせばいい」


「わかった」


 ルシアが頷く。すなおすぎて不気味なくらいだ。


「あーやーしーいー!」


「縄ばしごを下ろしておいてくれ」


 頬をふくらませるセレナをガトリックがなだめてる隙に、ギリアンは大穴に飛び込んだ。ルシアも迷わず後に続く。

 十五メートルを落下し、ギリアンは風魔法を発動してふわりと着地した。ルシアはそのままダイレクトに着地し、平然と周囲を見回している。


 ここは直径三十メートルほどのドーム状の空間になっていて、床に開いた大穴からは、さらに広い空間になっているらしい階下が垣間見える。下に降りる螺旋階段が二つあるが、片方は破壊されていた。


「ここは、どういう場所じゃ?」


「超獣合成体が出てきた穴だが、ダンジョンになっているようだな」


「ほう、人間界だけに発生する、自然精製される建造物じゃな。 これは興味深い」


「カイトがここから出てきたらしいが、なにか聞いてないか?」


「む? 覚えておらんな………あのときはコジローの話と、ニナが暗黒騎士だったとかいう話をしておったか……」


「まあいい、本格的な調査は明日以降だが、それまでにカイトにちゃんと話を聞いておきたい。 地図情報があれば、ずいぶん助かるんだがな」


「カイトなら、宿でぐっすり眠っておるぞ」


「まあ、そうだろうな。 夕方になったら使いを送るか……」


 ルシアは瓦礫の欠片を拾い上げて、「ほう、これは……」などと呟きながら熱心に観察している。


「たしか、この穴も生物の傷が治癒するように自然修復されるのじゃな」


「そうだ。 だが、こっちとしては穴は開けたままの方が都合がいい。 修復を遅らせるために瓦礫を撤去しておきたいんだが、これだけ高さがあると面倒だな」


 ギリアンは何もない部屋をつぶさに調査しながら瓦礫の撤去方法に考えを巡らせた。


「なんじゃ、これを片付けたいのか? そのぐらいなら造作もないことじゃ」


「なに?」


「こんなものは宝物庫に放り込んでしまえばよい」


 ルシアが手をかざすと瓦礫は次々に消滅し、瞬く間に床の上は石ころ一つないきれいな状態になった。


「どうじゃ、役に立ったか?」


「あ、ああ……すまない……」


「うむうむ、ならば、わしがいかに有能であるかを貴様の口からユキに伝えるがよい」


 ギリアンにとっては魔王が自発的に雑務の手伝いをしているというだけで驚愕だった。

 瓦礫が消滅したことで、上から二人を観察していた冒険者からもどよめきが起こっている。


「ここは、もういい。 下に降りよう」


「む、階段を使うのか?」


 ギリアンは階段に向かうが、ルシアはすでに穴から飛び下りようとしている。


「ルシアはそっちでいい。 俺はこいつも危険がなく使用できるか調べなきゃならねえからな」


 そう言ってギリアンは螺旋階段を慎重に降りていく。ギリアンが下に着いたときにはすでにこの階層の瓦礫もルシアが取り除いていた。


「ここは、力の弱い魔物は入り込めんようになっておるな」


 ルシアは壁際にある小さな泉を調べている。


「回復の泉か……これに加えて魔物と宝具を無限に産み出すとなると、とてつもない大規模魔法じゃな。 これがこの大陸規模で起こっているなら、どう考えてもマナの供給が……」


「おい、アルシアザード」


 ルシアが振り向くと、ギリアンが鋭い目で睨み付けていた。


「てめえには、返さなきゃならねえものがある。 ここなら邪魔は入らねえからな」


「ほう……そういえば、まだ名前を聞いておらんかったか」


「いまはギリアンと名乗っている。 ギルフォード・マクシミリアンといえばわかるか」


「………いや、わからん」


「てめえ、本当にアルシアザードなんだろうな!?」


「いまはルシアじゃ」


 しれっと返すルシアの態度にギリアンの苛々が募る。


「俺はてめえの配下の将軍だった」


「将軍といっても、何人もおったしなあ……」


「誰か一人でも覚えてるんだろうな?」


「顔は覚えとるんじゃが、名前が……ああ、四天王とかがおったな。 氷雪の……なんとか」


「氷雪のイオラか。 あいつは氷雪魔法なんか使えないのにそんな呼び名をつけられて悩んでいた。 俺はこっ恥ずかしいんで四天王は辞退させてもらったがな」


「炎系が被っておったのは覚えておる」


 ギリアンはため息をついた。どうやらアルシアザードなのは間違いないようだ。


「もういい、本題に入るぞ。 俺は、こいつをお前に返すことにした」


 ギリアンは右手を掲げて見せた。


「この腕に同化しているのは、『龍槍ゲイボルグ』。 二百年前にてめえに貰ったものだ」


「そうか……思い出したぞ! たしかに、そんなものを一人の将軍にくれてやった。 名前は……思い出せんが、顔は……そんな顔じゃったか?」


「何も思い出してねえだろ!? ギルフォードだ! さっき教えたよな!? ああ!?」


 苛々しすぎて殺意が湧いてくるのを鬼のような形相でギリアンはどうにか抑えこんだ。


「あ、そんな顔じゃった。 まあ、落ち着け。 なぜ今さらそんなものを返そうと思った?」


「俺には必要ないからだ。 俺にはこいつを扱いきれねえ。 こいつは実体化しただけで辺り一帯を火の海にしちまう。 俺は二百年間、こいつをずっと押さえ込んできたんだ!」


「…………」


 ルシアは顎に手をあててじっとギリアンの顔を見つめた。


「なるほど、そういうことか。 ならば、いまここで封印を解き、実体化させてみせるがよい」


「てめえ、話を聞いてなかったのか!? こいつは実体化すれば……」


「きさま、それを単なる大量破壊兵器かなにかと勘違いしておるのではないか?」


「………なんだと? どういうことだ?」


「『龍槍ゲイボルグ』、それはあまねく無数の異世界に於いても伝説として語り継がれる、宝具のなかの宝具と言える数少ない傑物じゃ。 そんなものと一体化などと気色悪いことまでしておいて、扱いきれんとはよく言えたものじゃ」


「………なにが言いてえんだ」


「つまり、無慈悲な破壊の権化の姿は、きさまがそう望んだからに他ならぬ」


「俺が……望んだ?」


「そうじゃ、二百年前のきさまは、さながら破壊神そのものであったな。 だが、いまのきさまなら、そうはなるまい」


現在(いま)の……俺……」


 ギリアンは自らの右手に視線を落とした。


「案ずるな、暴走するようならすぐに宝物庫に回収してやる」


 ギリアンは右手を見つめたまま、じっと黙りこんでいた。そのまま、長い時間が過ぎていく。やがて大きく息を吐くと、ギリアンは顔をあげた。


「…………わかった」


 覚悟を決めたのか、小さいが力強い声だった。

 右腕を縛りつけるように幾重にも織り込んだ魔力を引き剥がしていく。それが常態化して固着した封印を取り払う度に右腕が大きく震えた。解放の時を予感したゲイボルグが歓喜しているのだ。すべての封印を外すとギリアンの右腕が光を放ち始める。


「いくぜ……もしもの時は、頼んだ」


 ルシアが黙ってうなずく。

 ギリアンが右腕を掲げると光は爆発的な輝きとなる。それは圧倒的な何かの力を光として認識しているだけなのだろう。その証拠にそれは眩しくもなく薄闇の部屋を照らすこともなかった。光は弾けるように四散するとそれぞれがブーメランのような軌道で、開いたギリアンの掌に集まる。

 ギリアンが光の塊を強く握ると、光は瞬時に収束してその姿を顕現させた。


「こいつは……」


 ギリアンの手には白銀に輝く短槍が握られていた。

 そのすっきりとしたフォルムと神々しい輝きは、ギリアンが以前に見たものとはまったく異なる物だった。前のときは黒々とした巨大なランスのような形態で禍々しいオーラを放っていたはずだ。


「これが、いまの姿か……」


 ギリアンは静かにゲイボルグを構えた。試しに一振りと腕を引きかけたが、思い直して手を止めるとゆっくり構えを解いた。


「それがよかろう。 ただでさえ強力な宝具に二百年も魔力を吸わせ続けたのであろう? 加減ができるようになってからじゃな」


 ルシアの言葉にギリアンはうなずいた。

 ゲイボルグは銀の砂のようにサラリと崩れ去り、僅かに残った輝きがギリアンの右腕に吸い込まれていく。それを見つめるギリアンの胸に様々な想いが去来した。

 ギリアンの精神が昂る度にゲイボルグが外に出ようとしていたのは、単に持ち主であるギリアンを守ろうとしていただけなのだろう。長い年月を経て変わったのはギリアンだけではなかった。ギリアンはそれに気づくことが出来なかったのだ。


「一つ、聞いてもいいか」


 ギリアンは光が降り注ぐ天井に目を向けた。


「なんじゃ」


「どうして俺に、ゲイボルグを与えようと思った?」


「…………」


 ルシアは腕を組み、目を伏せた。しばらくそうした後、ぽつりぽつりと語りはじめた。


「その昔、部下どもは皆、わしの顔色ばかりを窺っておった。 だが一人だけえらい凶暴なやつがおってな。 そいつはわしのことを呼び捨てにするし、顔を合わせる度に敵意を剥き出しに喧嘩を売ってきた。 まあ、およそ意思疏通の計れる知性があるとは思えんかった。 その頃のわしは生きることに飽いておってな。 そいつにわしを殺せるほどの武器を与えてみたらどうなるか、試してみたくなった」


「……そんな理由かよ」


「まあ、昔の話じゃ。 今こうしてその男と普通に会話しておるのは妙な気分じゃな」


「それは……お互い様だ」


 ギリアンは部屋の中心に向かって歩き出した。


「今日はありがとよ。 もう帰れ。 近いうちにお前ら三人には話を聞かせてもらう。 それまでは、村でてきとうにやってろ」


「ふむ、そうするか。 ところで、まだ名前を………いや、聞いたか。 ……きさまの名は、なんじゃった?」


「ギリアンだ。 ……やっぱりムカつくな、てめえは」


 ギリアンは眉間にしわを寄せて煙草を咥えた。



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