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53 幕間②


「さて、どうしたものか」


 宿の前でユキたちと別れたルシアは、ぐるりと通りを見回した。

 見廻りをするといってもルシアの行動範囲は狭く、村のことはほとんど知らない。


「まずは、知っているところからじゃな」


 ルシアは東門の方向に歩きだした。右側には共同炊事場があり、いつもならたくさんの女たちが子供を連れて昼御飯の準備で賑わっている時間だが、今日は広い炊事場に数人の女が大声で話しながら料理を作っているだけで子供たちの姿も見えない。なにやら美味しそうな香りが漂ってくるのはいつも通りだ。


 ルシアが前を通ると、炊事場のなかから声をかけられた。


「あら、あなたルシアさんですよね?」


「む?」


「やっぱり! 助けていただいて、ありがとうございます」


「お昼は食べましたか? たいしたものは出せないけど、よかったら、食べていきます?」


「食べる」


 ルシアは誘われるまま、炊事場のなかのテーブル席に座った。炊事場には小さな男の子と女の子がいて、それぞれ母親の足にしがみつくようにして、はにかみながらルシアを見ている。ルシアが笑いかけると、恥ずかしそうに母親の陰に隠れてしまう。シンタやミアたちは、子供たちのなかでも活発な方なのだろう。


 女たちが作りたての料理をテーブルに運ぶ。じゃがいも、玉ねぎ、豚肉を煮込んだものや、パスタに焼き魚を添えて魚醤と香辛料のソースをかけたもの、蒸したじゃがいもにバターを乗せただけのシンプルなものなど、宿で食べた料理とは違った素朴な味わいがあり、どれも美味しい。


「うまかった!」


 ルシアはぺろりと料理を平らげ、女たちに礼を言うと席を立った。子供たちの頭をなで女たちと握手をして、上機嫌で共同炊事をあとにする。


 東門に通じる起伏のある道は間隔をあけて民家が並ぶ。深夜にルシアが通った道だ。各家の玄関のドアノブには『安全確認済み』の文字とともに担当兵士のサインが記された紙がぶら下がっている。ときおりすれ違う巡回の騎馬兵がルシアに目礼し、草むらには魔物の残党を探す冒険者の姿が見える。あれだけの事件の直後であることを考えると、かなり手際よく治安を回復しつつあるようだ。


「ふむ……残った魔物どもを蹴散らしてやるつもりだったが……わしの出番はあるのかのう」


 不満そうに呟いていると、外に出て庭の手入れをしていた四十歳ぐらいの女が声をかけてきた。


「あら、あなた、私たちを助けにきてくれた人よね?」


「ああ、礼には及ばんぞ。 わしが勝手にしたことじゃ」


「そうだわ! ちょっと待っていてくれる?」


 女は、ぽんと手を叩くといそいそと家のなかに入っていき、しばらくすると紙包みを持って戻ってきた。


「子供たちに配ろうと思って昨日クッキーを焼いたの。 だけど、このままじゃ余らせてしまいそうだから、貰ってくれないかしら?」


 女はそう言って包みを差し出した。


「クッキー? ……おお、焼菓子か!」


 包みをほどいて、ルシアは目を輝かせた。一つつまんで口に放り込むと、ルシアは幸せそうに顔を弛めた。


「これは……なんとすばらしい! これをそなたが作ったのか? これほど美味い焼菓子を食べたのは初めてじゃ! 金銀財宝の献上品などより百倍の価値がある!」


 ルシアは興奮して目を潤ませている。もう手が止まらない。


「いやだわ、大げさねえ。 でもそんなに喜んでくれるなら、また近いうちに宿まで焼き立てを差し入れますよ」


「本当か! ユキやカイトにもぜひ食べさせてやりたい。 心遣い感謝するぞ!」


「あらあら、ささやかなお礼なのに、そんなに感謝されると恐縮しちゃうわね」


 女は穏やかな笑みを浮かべていた。



 ルシアは東門に到着した。ここはすでに未知の領域だが、とくにこれといった事件は起こらない。途中でサンチェスさんにもらった大玉のリンゴをかじりながら壁沿いに進んでいくと、途中で村人たちが集まってがやがやしている集団をいくつか見かけた。やがて未舗装の道は石畳に変わり、南門にたどり着く。


 南門は魔物によって破壊され、門の脇にある石造りの兵舎も瓦礫の山と化している。兵士と民間の作業員たちが壊れた門扉と支柱の撤去作業を行っていた。

 兵士たちはルシアに気づくと作業の手を止め、左胸に右拳をあてる敬礼の姿勢をとった。広場でルシアの戦いを見ていた兵士たちなのだろう。

 こういうときにルシアはどういった態度をとればよいのか分からない。ルシアはユキを助け、子供たちを悲しませる要因を排除した。そうしなければルシア自身がひどく悲しむことになると思ったからで、見も知らぬ人間に感謝される謂われはない。今までのように無表情に取り繕い、片手をあげて返礼すればよいのだろうか。

 指揮官らしき男が進み出てルシアの前で敬礼をする。


「先ほどの戦い、お見事でした。 部下たちに代わって感謝の意を伝えます」


「わしは……ユキを守りたかっただけじゃ。 この村を壊されるのも困るしな」


「……ならば、同士です。 あなたのおかげで、私も部下や家族を失わずに済みました」


「………同士か」


 なにかが腑に落ちた。この兵士たちにもそれぞれ守りたいものがあり、命懸けであの戦場に立っていたのだろう。そのために村を守るという思いは、あのときたしかに同じくしていたに違いない。以前のルシアには守るものなどなく、どれだけ味方が多くてもいつも一人だった。戦場に同士と呼べる存在が居るなど考えたこともなかったのだ。ルシアはゆっくりと右手を差し出した。

 兵士は驚いてその手を見つめたあと、おずおずと右手を差し出し、そして力強く握った。

 周囲から拍手と歓声があがった。いつしか村人たちも遠巻きにルシアを見ていたようだ。


「たしかに、お主らは同士じゃな」


 ルシアが笑いかけると、兵士は慌てて手を離して敬礼の姿勢をとった。


「隊長、顔が赤いですよ」


「浮気ですかー? 奥さんに言いつけますよー!」


「ばっ……馬鹿者! 仕方ないだろ、こんな……!」


 ルシアは歓声を贈る村人たちに笑顔で手を振り、その場をあとにする。

 民衆の歓声が心に響くことなど初めてだった。ただの一兵卒や戦うすべのない民衆ひとりひとりにそれぞれの想いがあることなど考えたこともなかった。

 この世界に貴い命などは存在しないーー意識せずとも自分はそんな風に考えていたのだろう。こんなつまらない世界で、なぜ人は死を怖れ生にしがみつくのか不思議だった。ルシアは長すぎる自身の寿命にうんざりしていた。あのころルシアが見ていた世界は色褪せていたように思う。

 花や空は、こんなにも色鮮やかだっただろうか。人々は、こんなにも力強く輝いていただろうか。いまは目にするものすべてが新鮮に感じる。もっと世界のいろんなものを見てみたいとルシアは思った。


 

 南門から北門をつなぐ宿場筋に入ると、あちこちから食欲を刺激する匂いが漂ってくる。


(あね)さん! メシでも食っていきませんか、(おご)りますぜ!」


 南門からいくらも進まないうちに、また声をかけられた。

 小さな店の前の石畳の上に置かれたテーブル。その一つを占拠しているガラの悪そうな冒険者のパーティーだった。


「む……肉料理か……」


 店では小さく切った肉を串に刺して炭火で炙ったものを売っていた。焼き場は通りに面していて、その前のカウンター席と道端のテーブル席だけで店内席はないようだ。焼けた肉と香ばしいタレの香りが相まって、いかにも旨そうな匂いがしている。

 ルシアは誘われるままにふらふらとテーブルに近づいていった。

 声をかけてきたのは顔に傷のある若い大きな男で、小さな鉄板を鱗のように織り込んだスケイルメイルという鎧の上に傾奇者らしい派手な陣羽織を着込んでいる。四人パーティーの男たちはどれも人相が悪く、山賊崩れといった雰囲気を醸し出していた。

 男たちはテーブルの前に立ったルシアを見上げてほうっ、とため息をつく。ルシアが身につけた白い一枚布の服はノースリーブで丈も短くスタイルの良さが際立っている。輝くような美貌に長い黒髪が映え、神話の女神が降臨したかのようだ。


「ささっ、どうぞこちらへ」


 顔に傷のあるリーダーらしき男が獰猛そうな相貌を崩してイスを引いた。

 ルシアが腰を下ろすと男は隣に腰をかけ、「おやじ、全種類追加だ!」と、カウンターの向こうの店主に叫び、串焼きの盛られた皿をルシアの前に差し出した。


「俺はディエゴっていうしがない冒険者でね、こいつらは(以下略)姐さんの名前をうかがってもよろしいですか?」


「わしはルシアじゃ。 これは、どういう料理じゃ」


 ルシアは串を手に取り、しげしげと眺めている。


「知らねえんですか? これは焼き鳥と言って、鶏の肉を焼いたものですよ」


「鶏か……」


 と呟くが、それがどんな姿をした鳥なのかルシアには想像がつかない。ルシアはタレの絡んだ肉にぱくりと食いついた。

 そして目を見開き、口元に手をあてる。肉は柔らかく噛みしめると肉汁が溢れ出す。カリカリとした焦げ目が香ばしさを際立たせ、甘辛いタレとネギの相性も抜群だ。


「美味いな! すごいぞこれ!」


「そうでしょう! どんどんいってください! あ、ビールもどうぞ」


「酒はいらん」


 ルシアは夢中で焼き鳥にぱくついた。


「いやあ、ルシアの姐御の戦い、シビレましたよ。 あの化け物を素手で一撃ですからねえ」

「ギリアンが吹っ飛ばされたときには完全に終わったと覚悟しましたが、とんでもねえ強さですね」

「おお、塩味もうまいな!」

「おやじ、どんどん焼いてくれ!」


 皿の山が積み上がったころ、ようやくルシアのペースも落ち着き人の話を聞く余裕も出てきたようだ。

 

「すっかりご馳走になっとるが、かたじけない、えーと……つくねじゃったか」


「ディエゴです。 なあに、姐御がいなきゃあ、こうして生きて飯を食うこともできませんでしたよ。 遠慮せずにどんどんいってください」


 もとよりルシアは一ミリも遠慮しているようには見えない。


「ところでお主ら、完全武装のようじゃが、こんなところでゆっくりしておってよいのか?」


「ああ、これですかい。 民家に魔物が隠れていないかの確認作業の手伝いに来てるんですが、まだ西側の作業が終わらないんですよ。 俺らは東側の担当なんで、兵士が来るまで待機してるんです。 確認が終わらないと住民も家のなかに入れねえんで大変そうなんですが、人手が足りなくてこればっかりはしょうがねえですね」


 そういえば、ここに来るまでに通りに立っているいくつもの村人の集団がいたことを思い出した。彼らは家に帰ることができずに作業が終わるのを待っているのだろう。


「そいつらを待たずとも、おまえらだけで確認すればよいではないか」


「そうもいかねえんですよ。 そういうのは警備兵団の仕事ですから、俺ら冒険者が勝手にやっても確認したことにはならないんでさあ」


「ふーん、よくわからんが、難儀なことじゃのう」


「そういや、姐御はなにをされてたんですか? 冒険者でもないって話ですから、賞金首でも探してたとか?」


「いかん!」


 ルシアはとつぜん叫ぶなり立ち上がった。


「ど、どうされやした?」


「いかんぞ……まだなんの戦果も上げておらんではないか。 このままユキに報告をすれば、ただ食べ歩きをしていただけと思われてしまう……。 先ほど株を上げたばかりだというのに、これではプラマイゼロか? いや、マイナスか!?」


「姐御? なんか、顔色が悪いですぜ?」


 そのとき、宿場筋を北側から走ってきた集団がテーブルの前で足を止めた。


「ルシアさん?」

「あ、ルシア隊長だ!」

「隊長!」

「おい! 隊長は俺だぞ!」


「む? きさまらは……」


 それはプレートメイルに身を包んだ兵士たちだった。よく覚えていないが、おそらく昨晩にルシアに付き従っていた騎馬兵たちだろう。


「ルシアさん、ちょうどよかった。 すまないが力を貸してもらえないだろうか?」


「うむ、まかせておけ!」


「え、いいんですか!?」


「もちろんじゃ! はやく用件を言え!」


 ルシアはひどく焦っているように見える。


「事は急を要するので、現場に向かいながら話します!」


「うむ、わかった!」


 ルシアはテーブルを離れかけて立ち止まり、振り返った。


「お主ら、焼き鳥は美味であったぞ。 わしはメシの恩は忘れぬ。 また次も頼んだぞ!」


「お、おう、そりゃあもう……。 またご一緒させてください」


 ルシアはもう兵士と一緒に走り出していた。


「いやあ、眼福だった。 肚も据わってるし、惚れちまいそうだぜ」


 ディエゴは嵐のように去っていくルシアを弛んだ顔で見送った。





次の話で後日譚①でさくっと終わらせるつもりだった話になる予定です。予定です。大事なことだから二回言います。

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