47 足止め
泉の影から飛び出したカイトは上の階層によじ登ろうとしている一ツ目のミノタウロスに魔法を放った。
「ファイアボール!」
カイトが手を突き出すとバスケットボールぐらいの炎の球体が出現してミノタウロスに向かって飛んでいく。
炎はミノタウロスのわき腹に命中したが、茶色い獣毛に当たると拡散するように広がって消えた。ダメージはまったく無さそうに見える。
「サンダー!」
カイトは続けて攻撃魔法を発動させる。ミノタウロスの図上に発生した黒い雲から稲妻が走り、角の生えた頭に直撃した。
稲妻は拡散してミノタウロスの表面を滑るように全身を覆うのだが、本体に届いてるようには見えなかった。
「魔法がきかないのか?」
そうなると物理攻撃しかないのだが、このサイズになると短剣を突き刺しても画ビョウが刺さったぐらいのダメージしかなさそうだ。
「飛燕斬!」
カイトは短剣を振り抜いて斬撃を飛ばした。斬撃はミノタウロスのふくらはぎに命中して皮膚を切り裂くが、傷はあっという間に塞がってしまう。
再生能力まで持ってるのかよ……
カイトの攻撃の手が止まる。瞬迅剣だとダメージを与えることはできるかもしれないが、威力が強すぎてダンジョンが崩壊しかねない。
やっぱり目玉かな。
弱点らしい部分と言えば、巨大な目玉ぐらいだ。的が大きく、防御力も低そうだ。
だが、ミノタウロスの頭部は天井あたりで、直接攻撃するには上層階に先回りする必要がある。カイトは螺旋階段に向かって走りだした。
ミノタウロスは懸垂のように体を持ち上げ、足が宙に浮いている。急がなければ。
螺旋階段に近づくとミノタウロスとの距離も近くなる。ミノタウロスは階層を登るのに夢中で、こちらを気にしている様子はない。
そう思っていると、いきなり鞭のような尻尾がカイトに向かって飛んできた。
「うわ!」
カイトは跳躍して電信柱のような太さの尻尾をかわすと、身をひねって着地した。
そこに尻尾が唸りをあげて戻ってくる。カイトは再び跳躍し、伸身宙返りで尻尾をかわす。ブオン! と音をたてて通りすぎた尻尾は螺旋階段に激突し、とばっちりを受けた螺旋階段はジェンガのようにガラガラと崩れ落ちた。
とんでもない威力だな。ていうか、あの尻尾、伸びてるだろ!
さっきまで足先ぐらいの長さだった尻尾は、倍以上の長さになっている。カイトを狙って攻撃しているのは明らかだった。
尻尾がまた唸りをあげて飛んでくる。何度も飛び上がって避けるのはまずい気がした。もし動きを読まれたら、空中では攻撃をかわすことができない。
カイトは短剣を構えて尻尾の動きに集中した。尻尾はとんでもない速さで迫ってきているはずだが、カイトの目にはスローモーションのように見える。実際のところ、カイトは自身の動きの速さに感覚が追いついておらず、いまだトップスピードで動いたことがなかった。
レベル100という人間としては規格外の力が自身の努力で手にしたものではないということを、カイト自身が一番よくわかっていた。なぜ自分にこの力が与えられたのか、この世界で自分はどう立ち振る舞うべきなのか、少しの間カイトは悩んでいた。
カイトが出した結論は、この力は召喚者であるユキのために使う、ということだった。
カイト自身がこの見知らぬ世界での富や名声には興味がなかったし、召喚英雄である自分がこの世界に存在できる時間が無限なのか有限なのかさえ分からない。とくに努力もせずに力を得てしまった自分が、自分を鍛えて強くなったであろう敵を倒すことに引け目を感じていたのだが、カイトという存在はユキが古代魔法で召喚したユキの力の一部だという考えがカイトにはしっくりときたのだった。
もちろん、その結論に至るにはカイト自身がユキを気に入ったということも大きな要素だ。召喚者がむさいオッサンだったり、いけすかないヤツだったりしたらまた違った結論になっていたとカイトは思っている。
ユキは危なっかしくて放っておけないところがある。まあ、かわいくてけっこう胸もあるし。うん、ここがいちばん重要かもしれない。
ともかく、自分はユキの召喚獣のようなものだと考えれば、力を使うことにためらいを感じなかったし、いつか自分が消えてしまうかもしれないということへの怖れも薄くなった。
床を破壊しながら迫ってくる尻尾の下の空間に狙いを定めると、カイトは前へ飛び出した。
身を沈めてかわしざまに短剣で斬りつける。
「飛燕斬!」
切り裂くのと同時に斬撃を飛ばすと、太い尻尾は見事に切り落とされた。
見上げると、ミノタウロスは上層階に上半身を乗せて足を上げようとしている。
残っているもう一つの螺旋階段に向かおうとすると、トカゲの尻尾のようにのたうっていたミノタウロスの尻尾がカイトに飛びかかってきた。
カイトはバックステップでかわして距離を取る。
床に刺さった尻尾の先が抜かれ、空中で止まるとカイトの方に向き直った。さっきまで尻尾の先だったそれは、黒い蛇の頭部に変わっていた。二つの目がカイトを見据え、口の先からは赤い舌がチロチロと出たり入ったりしている。逆毛の黒い獣毛が立ち上がり、光沢を持った黒い鱗に変化した。
カイトは舌打ちをして螺旋階段から距離をとった。残った階段まで壊されてしまうと、上の階層に上がるのが大変そうだ。
黒い大蛇はとぐろを巻くと大きな口を開け、牙を剥いてカイトに飛びかかる。
カイトは連続攻撃をかわしながら大蛇の胴体に斬撃を飛ばすが、ギン! と、金属音を鳴らして弾き返された。
大蛇は素早いカイトの動きにも反応して、かわしたと思っても軌道を変えて追尾してくる。
思った以上に厄介だな……
尻尾であしらわれていると思うと、ちょっとイラッとする。
カイトは手をかざして炎の球体を作り出した。
すぐさま大蛇が牙を剥いて突っ込んでくるが、引きつけてから炎を真上に放り上げると、大蛇が釣られて上を向いた。
その隙を逃さず、カイトが飛び上がって大蛇の鼻先に斬りつけながら斬撃を放つ。
斬撃は大蛇の頭部を両断し、胴体の半ばまで真っ二つに切り裂いた。二つに分かれた蛇は地面にどさりと落ちた。
蛇はピットという頭部にある器官で獲物の熱を感知して攻撃する。カイトは、大蛇が攻撃の瞬間には目を閉じているのにその後のカイトの動きにも反応しているのを見て、この大蛇もピットでカイトを探知していると確信したのだ。
ドゴオーン!
派手な音が頭上から聞こえ、大きな石材が天井の穴からドカドカと落ちてくる。
とにかく足止めをしなければ。そう思ったとき、倒したはずの大蛇がすうっと頭を上げた。
「嘘だろ……」
カイトは思わず呟いた。
二つの頭がカイトを見下ろしていた。大蛇は胴体の途中から二又に分かれた双頭の蛇となっていたのだ。
頭上では破壊音が響き、明るい光が降り注いだ。
どうやら外への穴が開いてしまったようだ。
カイトは短剣を構えて目の前の敵に集中した。まずは、こいつをどうにかしないと先へは進めない。
せめて、ここが村から離れた場所ならいいんだけど。
ちらりとそんな考えが心をよぎった。




