46 地下迷宮
ゴゴ…ゴ……ゴ……ゴ…
「なんだ?」
警備兵団団長のクレイドは揺れに気づいて辺りを見回した。
小さな揺れなので広場で戦闘中の者の多くはまだ気づいていないようだが、それでも立ち止まって警戒するように辺りを見回している者がちらほらと見える。
クレイドは敵を近づけないように広場中央の記念碑の前に部隊を展開させ待機していた。揺れにいち早く気づいたのもそのためだ。
「こんなときに地震か?」
この辺りで地震が起こるのは数十年に一度ぐらいだ。
振り返ると、待機中の兵士たちが不安そうにざわついていた。その向こうに記念碑の石舞台があり、石舞台の上で警戒していた兵士たちがこちらに背を向けて足もとを見ている。
(なんだ? なにを見ている?)
嫌な予感がしてクレイドは走り出していた。副官のレントナーが居るので万一敵が防衛線を突破してきても指揮に支障はないはずだ。
石舞台の上の兵士が振り返り、クレイドを見て「団長!」と叫びながら手を振った。
クレイドは仮設のはしごで石舞台の上に登った。
「どうしたんだ!」
答えを聞くまえにクレイドの目に飛び込んできたのは、石舞台の上に赤い血で描かれた六芒星の魔方陣だった。
「なんだ、これは!」
「どこからか、血の入った瓶が飛んできて、あっという間に……」
クレイドは魔方陣を踏みつけてかき消そうとするが、血は石に染み込んでいき、やがて消えて無くなった。石には焼け焦げたような六芒星の形をした血の跡が残り、わずかに発光しているように見える。
封印のことを知らされていない兵士たちは事態を飲み込めずにおろおろしていた。
いつしか揺れはおさまっていたが、クレイドは茫然と六芒星を見つめている。
ほんとうに、これで封印が解かれてしまうのか?
これからどうすべきなのかの判断を、クレイドはまだ下せずにいた。
◆◆◇◆◆
石造りの薄暗い通路を、カイトは歩いていた。
あたりは壁が淡く発光していて、蛍光灯の豆電球を点けているぐらいの明るさは確保されている。壁が発光しているのはダンジョンの特徴のひとつだが、すべてのダンジョンに当てはまるわけではない。
カイトはいま自分のいる場所がどこなのか、まったく分かっていなかった。
あのときーー亡者の手がカイトに伸びてきた最後の瞬間、カイトは転移の罠を設置して自ら壁を叩き、罠を作動させたのだ。
あらかじめ出口を設置しておけば転移する場所も指定できたのだが、とうぜんそんな準備はしておらず、転移先は完全なランダムで気づけば見知らぬダンジョンの通路に立っていたのだった。
そもそも結界の中から転移で脱出できるかも不確定で、まさに一か八かの賭けだったのだが、設置の瞬間に【超越者】の称号がなんらかの効果を発揮したらしく、すんでのところで危機を脱することができた。
「……にしても、どこなんだ、ここは?」
カイトはすでに何時間もこのダンジョンを歩き回っている。
それほど離れた場所にまでは転移しないと思うのだが、村から一番近いダンジョンであるナギの洞窟でも十キロ以上は離れているはずだ。
遭遇する魔物を倒しながら上りの階段を見つけては上り、もう十階ほどは上がってきていた。
カイトの顔に疲労の色が浮かんでいるのは、体力面よりもMPが底をつきかけているのが大きい。
ときおり激しい眠気が襲ってきて、その度に倒れそうになるのをカイトはなんとか堪えていた。
「さいごのあれは、余計だったかな……」
後悔するように呟くが、これ以上MPを消費しないように注意するしかない。MPがなくなれば、そのまま気を失ってしまいそうだ。
そのとき、足もとから微かに振動が伝わってきた。振動は徐々に大きくなり、ダンジョンがグラグラと揺れはじめる。
「地震か!?」
カイトは足を止めて身構えたが、幸いにも揺れはすぐにおさまった。
「こんなところで生き埋めなんて、冗談じゃないぞ」
カイトは胸を撫で下ろすと、また歩きはじめた。村の様子が分からない以上、ぐずぐずしている暇はない。
「カイトさん、そっちじゃありませんよ」
聞き覚えのある声に振り返ると、離れた場所にユキが立っていて、心配そうな顔でこちらを見ていた。
「…………」
カイトは眠そうな顔でユキをじっと見つめた。周囲は薄暗いのだが、なぜかユキの姿だけははっきりと見える。
カイトは前を向くと、ユキを無視して歩きだした。
今度は前方にルシアが立っていた。
「カイト、この先は危険じゃ。 出口は下にあるぞ」
カイトはベルトから投げナイフを抜き取った。
「投げるよ」
なんとなく気が引けたので、カイトは一言ことわってからナイフを飛ばした。
ルシアは驚いた顔で胸に刺さったナイフを見下ろし、かき消すように見えなくなった。なにか小さなものが、ぽとりと地面に落ちる。
近づくと、背中に虫のような半透明の羽を生やした三十センチほどの小さな女性がナイフに貫かれて倒れていた。目は蜂のような複眼で、頭部に触覚を生やしている。邪妖精の一種なのだろう。
通路を進むと、邪妖精たちが蒼く光る燐粉を撒き散らしながらきゃーきゃー騒いで逃げていく。
カイトは燐粉を吸い込まないようにタオルを口にあてて先を急いだ。
しばらく進むと正面に扉が現れた。通路は左右に分かれたT字路になっていて、通路の先は長くて見通せない。
カイトは慎重に扉を開けた。
そこは円形の大きな広間で、円の直径は五十メートルはありそうだ。天井の高さも十メートルはある。
壁自体が発光しているので大まかな構造はわかるのだが、細かいところは薄闇に包まれていてよくわからない。
部屋の左右に真っ黒い影のような太い柱が見えるが、よく観察すると螺旋階段のようだ。
どこからか水の落ちる音がしている。
よく見ると、離れた壁際になにかの構造物がある。水の音はそこから聞こえてくるようだ。
近づいていくと、それは小さな泉だった。
壁際の台座に女神像のようなオブジェがあり、その足もとから水が溢れ出ていて五メートルほどの石造りの半円に水が蓄えられている。
カイトは泉の淵に膝をつき、水のなかに手を入れてみた。
水は冷たくて心地よい。罠感知も反応しないので、危険はなさそうだ。
アーチを渡って女神像の前までいくと、台座からこぼれる水で手と顔を洗い、両手で受け止めた水を口に運んだ。
気分がさっぱりして目も覚めたようだ。
「あれ?」
カイトは自分の手を見つめて、目を閉じた。数秒間そうした後に目を開き、
「MPが戻ってるな」
と言って、女神像を見上げた。
台座のプレートには『月の雫は夜に落ち、深い闇に命を満たす』とある。
ゲームなんかではおなじみの回復の泉なのだろう。女神像を含めてこんなものがダンジョンのなかに自然発生するとは考えられない。わざわざ誰かが設置したのでなければ、ダンジョンの生成にはやはり人為的な意思のようなものが感じられる。
ともかく、ありがたいことに変わりはない。カイトはこの世界の作法を知らないので、神社に参拝するように柏手を打って手を合わせた。
「……なんか違うな。 まあ、いいか」
ズゥン!
とつぜん地面を突き上げるような振動が起こり、カイトは身構えた。また地震かと思ったが、すこし違うようだ。
振動は断続的に繰り返される。どうやら下の階層でなにかが起こっているらしい。
ドズゥン!
いままでとは比べものにならない衝撃が突き抜け、前方の床が爆発するように噴き上がった。
それが三度繰り返され、床を突き上げる大きな塊がちらりと見えた。
破片はカイトのところまで飛んできて、砂煙が舞い上がる。床に開いた大きな穴の淵に、巨大な毛むくじゃらの手が現れた。
カイトは泉の淵に身を寄せて気配を消した。
穴の淵を掴んだ手に力が込められ、巨大な黒いシルエットがぬうっと現れた。
(でかいな……)
カイトはその巨体と凶々しいオーラに息を呑んだ。
下の階層に立っているらしく姿が見えるのは股から上だが、全身筋肉の塊といった感じで横幅の大きさが際立っている。頭部と前腕が異様に大きく、腕もかなり長そうだ。天井を気にしているのかもとから猫背なのか、軽トラックほどもありそうな頭部は肩のラインと並んでいる。
登頂には水牛のような太くねじれた二本の角が生え、牛のような顔の中心に巨大な単眼がぬらりと光っていた。単眼であることを除けば、その姿はギリシア神話でダイダロスの迷宮に封じられ生け贄の人肉を貪ったという半人半牛のミノタウロスそのものだった。
その単眼がこちらに向けられ、カイトは身を固くした。
(これは、ヤバイやつだ)
いままでの魔物とは桁違いの力を感じる。カイトの勘が危険を告げていた。
魔物はカイトに気づかないのか、それとも意にも介していないのか、態勢を整えると両手を穴のなかに突っ込んだ。
そして両手で握ったものを勢いよく天井に振り上げた。
ドゴーン!
景気のいい音と共に床と天井が爆散する。
ミノタウロスが振り上げた手を降ろすと、上の階層に突き抜けていた武器が姿を現した。それはミノタウロスの上半身ほどもありそうな巨大な戦斧だった。
ミノタウロスが巨大な鉄塊をもう一度振り上げると、天井に大きな穴が開いた。
ミノタウロスははしごを登るように階下から足を引き上げ、戦斧を上の階層に放り投げると穴の淵に手をかけた。
「こいつ、外に出る気か……」
出口がどこにつながっているのかは分からないが、おそらく村の近くだ。
カイトは少し考え、すぐに立ち上がった。
「仕方ないな。 ここで止めておいたほうがよさそうだ」
カイトは短剣を引き抜き、地面を蹴った。
前話で、ユキの来た町の名前がガレオンとなってますが、「あれ?こんな名前だっけ」と思ったあなたの記憶は正しいです。最初はガリアンでしたが、あとでギリアンと一字違いだと気づいてこっそり修正してました。書いてたときは、ギリアンのギの字も構想になかったので、てきとうに名前を決めてすっかり忘れていた次第です。いきあたりばったりノープランで書いてると、こういうこともちょくちょくあります。
いきあたりばったりと言えば、ユキも最初はただのモブのはずだったんですが、成り行きでいつのまにか主役の一人みたいになってます(笑)




