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45 偶像


 丘巨人が自分の身長ほどもある巨大なこん棒でオーガの頭を粉砕すると、周囲からどっと歓声があがった。

 ユキは驚いて目をぱちくりさせる。


「やるなあ、お嬢ちゃん! どうやってそいつを手なずけたんだ?」

「まさか本物の賢者か? なんにしても、よろしく頼む!」

「大蜘蛛も始末してくれよ! あいつら速くて面倒なんだ!」


「え…? いえ、そんなつもりでは……?」


 ユキは自分が思った以上に注目を集めていることに気づいて、あたふたした。ニナさんと合流すれば戦闘の邪魔にならないようにひっそりと撤退するつもりだったのに、気づけば戦場のど真ん中で喝采を浴びている。それも、自分の力ではなく召喚した魔物が暴走した結果だ。

 この戦場では自分のレベルだと足手まといになってしまう。どうにか誤解を解いて早々に立ち去ろうとユキは考えた。


 しかし、そんなユキの思惑をよそに、奥で冒険者を蹴散らしていた大型魔物の群れが牽制するように丘巨人に吼えかかった。

 丘巨人はさらに怒りを増幅させると、咆哮をあげながらその集団に突撃を開始する。


「あわわ、ちょ、ちょっと……だめですよ! 止まってください!」


 ユキが制止するが、頭に血がのぼった丘巨人は止まらない。いまさら召喚を解除して激戦区で丸腰になるわけにもいかず、ユキは丘巨人の頭にしがみついて人間を襲わないように見張るしかなかった。


「すいませーん! どいてください!」


 丘巨人は怒りにまかせて目の前のものをなんでも攻撃しようとするので、ユキはその都度、大蜘蛛やゴブリンを目標に指定してどうにか人間を襲わないように誘導していた。


 一方で、苦戦を強いられていた防衛軍は、突如あらわれた賢者の登場に士気を高めていた。


「次はあの集団に突っ込む気か!? なんて勇敢なんだ!」

「おまえら、道を開けろ! 賢者の邪魔になるぞ!」

『グゴアアアッ!』

「うわあ!? すいません! ごめんなさい! すぐどきます!」


 なんだかいろいろと誤解が深まっていってるような気がする。

 大型魔物の集団までの道を兵士と冒険者が身を引いて開けた。丘巨人は残ったオークやゴブリンを蹴飛ばしながら突き進む。

 洞窟蜂やスタージが上空から近づいてくるが、弓兵や魔法使いが援護してユキと丘巨人に近づけさせない。


「蚊トンボはこっちにまかせろ!」


「あ、ありがとう…ございます。 あはは……」


 お膳立てはばっちりで、もはや引くに引けない空気になっていた。


「もう、やるしか……ないですね……!」


 戦場で中途半端な気持ちで流されていると死ぬだけだ。やれることを全力でやるしかない。ユキは肚を括った。目を見開いて前方のトロールとオーガで編成された十匹ほどの集団を監察する。

 魔物のランクは丘巨人のほうが上だが、敵の数が多すぎる。ユキが攻撃を浴びれば一撃で勝負はついてしまう。どうにかして丘巨人を誘導しながら一体ずつ倒していかなければならない。

 すると、集団と対峙していた冒険者が雷撃の魔法を放った。轟音と共に魔法使いから放たれた電光がトロールを直撃するが、トロールはびくりと体を震わせただけで、すぐさまパーティーに殴りかかる。


「え? カウンター……スペル?」


 魔法の威力が弱すぎる。近くに魔力を中和した使い手がいるはずだ。

 目を凝らして監察すると、集団の奥に、馬に乗った軍服姿の魔族がちらりと見えた。ユキと目が合った瞬間に、魔族がにやりと笑った。


「!」


 すると、丘巨人と繋がった精神ネットワークに何かが干渉してくるのを感じた。


「魔物使い!?」


 魔物使いがユキから丘巨人のコントロールを奪おうとしているのだ。

 召喚者で既にコントロールを握っているユキは有利な立場にあるが、実力差が大きければコントロールを奪われてしまう。

 本来なら魔力による綱引きのような力比べがはじまるのだが、そうはならなかった。

 ユキの師匠が組み上げた召喚魔術の術式は、他者のネットワークへの干渉を巧みに回避するように設計されている。

 魔物使いは舌打ちをして早々に干渉をあきらめると魔物の操作に注力する。

 窮地で師匠の偉大さを思い知るのは今回だけではない。ユキは心のなかで師匠に感謝のことばを浮かべた。そのことばは、直接合って伝えなければ意味がない。

 必ず生きて帰ろうと、ユキは心に誓った。


 だが、これだけの魔物に組織的に動かれては勝ち目は薄い。いざというときは、逃げることも考えておかねばならないだろう。

 丘巨人が集団に突っ込む直前に、魔物が左右に展開してV字の陣形をとりはじめた。このまま突っ込めば包囲されてしまう。ユキはとっさに左端のオーガを目標に指定した。

 丘巨人の恐ろしいところは、巨体にもかかわらず猿のように俊敏な動きをすることだ。

 丘巨人はユキの命令を受けるとサイドステップで跳躍し、のそのそ動くオーガにこん棒を振り下ろした。

 不意を突かれたオーガは頭に攻撃を食らい絶命する。そのまま後続にこん棒を振り払うと、トロールが手にしたこん棒で攻撃を受け止めてよろよろと後ずさった。

 丘巨人が追撃に出ようとしたが、後続が押し寄せてきてユキは距離をとることにした。一度に複数を相手にするのは不味い。一体を倒したことで落ち着いたのか丘巨人はユキの命令に従い、こん棒で牽制しながら後ろに下がるが、ここは密度の高い戦場だ。すぐ後ろでも兵士たちが魔物を相手に戦っていて、足を止めざるをえなかった。

 そこに横並びになったトロールとオーガが迫る。

 丘巨人は左側のトロールにこん棒を振り下ろすが、トロールが攻撃を受け止めるとその背後から別のオーガが現れ、丘巨人の左肩に乗ったユキの正面で大剣を振り上げた。

 しまった!

 ユキは死を覚悟したが、なぜかオーガはぐらりとバランスを崩した。即座に丘巨人の一撃が振り下ろされ、オーガは腕を折られ首をおかしな方向に曲げたまま崩れ落ちた。


 そのオーガの背後から黒い人影が飛び出し、目の前のトロールとオーガの足もとを駆け抜けると、魔物たちは叫び声をあげてバランスを崩す。

 丘巨人は倒れこんできたトロールを蹴り倒し、片膝をついたオーガの頭をこん棒で殴りつけた。黒い人影は後続の魔物の足もとを縫うようにして奥へと消える。

 あれは?

 丘巨人が倒れたトロールの頭にこん棒を振り下ろすと、後続の魔物たちが動きを止め、あたりをキョロキョロと見回した。

 その隙に丘巨人は手近のトロールを殴り倒す。倒れた魔物の向こうに、血を流して馬から転げ落ちる魔物使いが見えた。

 その傍らに、二本の曲刀を手にした黒いマントの男が立っている。


「ギリアンさん!」


 ユキがその名を口にすると、ギリアンはユキに視線を送り、にやりと笑った。既視感のある光景だが、魔物使いのときと違ってそれはユキにとって心強い笑顔だった。

 

 立ち止まっていた魔物たちが丘巨人をめがけて動き出した。三体がかたまって突っ込んでくるが、ギリアンは姿勢を低くして走り出すと、魔物の背後から足に斬りつけた。二匹のトロールが速度を落とし、無傷のオーガが抜け出して丘巨人の前に出る。

 一対一ならオーガは丘巨人の敵ではない。丘巨人はオーガの攻撃をすばやくかわすと、こん棒でオーガの足を凪ぎ払い、倒れたところにとどめを刺した。

 そこにトロールが走り込んでくるが、ギリアンが背後から足を斬りつけて丘巨人が体勢をたてなおす時間を稼ぐ。

 大型魔物の集団は丘巨人を執拗に狙うが、ギリアンが背後から巧みにサポートして各個撃破されていき、最後の一体が倒れると周囲で再び歓声が湧きあがった。


 魔法使いたちが再生能力を持つトロールに火属性の魔法でとどめを刺している。

 それを横目にギリアンが近づいてくると、ユキを見上げて声をかけた。


「いい魔法を持ってるじゃねえか。 さすが賢者だな」


「いえ、ちゃんと制御できてなくて、まだまだです。 それよりも、助けていただいてありがとうございます。。 あの……ギリアンさんが倒したほうが、早かったのでは……?」


 ユキは戦闘中に感じた疑問を口にした。ギリアンはユキのサポートに徹して魔物の動きを止め、丘巨人が複数と対峙しないように調整したり、ユキが危ないときには隙を作ってくれたりしたが、ギリアンが直接的に魔物の急所を攻撃することもできたはずだ。むしろ、そちらのほうが簡単だったはずなのだ。


 ギリアンは答えずに、意味ありげな笑いを浮かべた。そして、くるりと背を向けるととつぜん大声をあげた。


「みんな、聞け! ガレオンのギルドから、賢者ユキが参戦してくれた! こんな雑魚どもは、もう恐かねえ!」


 すると、広場全体から爆発するような歓声が上がる。


「都から賢者が来てたのか!」

「本物の賢者なんて初めて見るぜ! これは百人力、いや、千人力だな!」

「ガレオンのギルドだと? こっちも格好悪いところは見せられねえぞ」

「おい! ゼフトの意地を見せてやろうぜ!」

「ユキ! 好きだー!」


「あ……あのあの……これはいったい……?」


 自分に向けられる熱狂的な歓声にユキはあわてふためいた。賢者とはいってもユキはまだDランクの冒険者で、それすらもBランクのパーティーに拾ってもらったおかげで分不相応な実積がついたおかげだと思っている。


「戦場で丘巨人を操る美少女ってのは、なかなかシンボリックだからな。 こいつら、こういうのが大好きなんだ」


 ユキの困惑をよそに、ギリアンはなんだか楽しげに見える。


「び、美少女だなんて、そんな……いや、そこじゃなくて! わたしの手柄というよりは、ギリアンさんが……」


 そこでユキは気がついた。ギリアンは身を低くして魔物の足もとばかりを攻撃していた。少し離れた場所からは人間や魔物が壁になってギリアンの姿は見えず、ユキが一人で魔物を倒したように見えていたのではないだろうか。

 もとよりここは戦場で、ユキだけを見ているわけにはいかない。多少の不自然な点にも気づかない者は多いのかもしれない。


「………まさか、ギリアンさん?」


 もうユキにも察しがついていた。ユキは防衛軍を鼓舞するための英雄として奉り上げられたのだ。


「ははは、そんな顔をするな。 無事に村を守りきったら、おまえの銅像を建てるように進言してみよう」


「そっ、それだけは勘弁してください!!」


 召喚した魔物を暴走させたうえに銅像まで建てられたら恥ずかしすぎる。

 間近で見ていた者たちは真相を知っているので、あとから誤解をとくことはできるだろうが、ユキにはこの状況がすでに恥ずかしい。みんなを騙しているようで、申し訳ない気持ちも強かった。


「悪いが、しばらく我慢してくれ。 俺がサポートするから、ちょっと派手に暴れてくれるか?」


「そ、そんなこと言われましても、『ちょっと派手に』の意味が……って、聞いてます?」


 ギリアンが「賢者が通るぞ! 道をあけろ!」と叫ぶと、兵士や冒険者が戦闘を放り出して移動していき、その場に残った魔物をギリアンが二本の剣を操って苦もなく斬り倒していく。

 ギリアンは広場中央に近い激戦区に向かってズンズン進んでいき、丘巨人に乗ったユキは声援を浴びながらそのあとに続く。


(なんだろう、この状況?)


 ユキは青い顔で愛想笑いを浮かべながら、どうしてこうなったのかと考えていた。




◆◇◆◆◇◇




「あれは放っておいていいのか? ギルフォードをなんとかすれば、三秒で倒せるが」


 広場を見下ろす高級宿の屋上で、ゲーリッヒの後ろに立ったエリオラが訊ねた。

 広場では丘巨人に乗った紫色のローブを纏う賢者が歓声を浴び、防衛軍はにわかに活気づいている。


「かまわんよ。 むしろ、あれに注目が集まって好都合だ。 おまえは私の護衛に専念すればいい。 ギルフォード卿からは目を離すなよ。 本当に危険なのは、ヤツだけだ」


「ギルフォードか……たしかに、底知れない力を持っているようだな」


 エリオラは先刻の戦いを思い出し、唇を噛んだ。


「魔王軍の将軍だった男だぞ。 本当の実力は、あんなものではないはずだ」


 ゲーリッヒはギリアンの戦力を想定して戦場を村の中に限定したのだ。そうすれば、なぜか人間に肩入れしているギリアンは全力を出せないと踏んでいたのだが、それ以上に現在のギリアンの戦闘力は想定を大きく下回っている。


「本気ではなかったというのか?」


 エリオラの目の奥に、怒りと憎悪の火がチリチリと揺れていた。それは自分の力への自信が揺らぎはじめた焦りの裏返しでもある。


 そんなエリオラの様子を背中で感じながら、ゲーリッヒは皮肉っぽい笑いを浮かべた。

 総じて魔力が強い魔族は、一定のレベルを超えるととんでもない強さになる。魔界にはそんな化け物がごろごろしているのだ。エリオラも剣術だけならその一端に食い込む力があるが、人間界で育ったために魔力を有効に使う(すべ)を知らない。

 エリオラが魔王の座に興味を持っていることには感づいていたが、残念ながら魔王の器にはほど遠いだろう。それを餌に、せいぜい利用してやればいいとゲーリッヒは考えていた。


「いまのうちに、次の行動に移ろう」


 ゲーリッヒは手にした陶器の瓶を軽く振った。瓶は底が丸く、首の部分が細長くなっていてそこに大きな持ち手がついている。

瓶の中で、ちゃぷんと液体の跳ねる音がした。


「フローティングディスク」


 ゲーリッヒが無詠唱で魔法を発動すると、エリオラの体が二十センチほど浮き上がった。

 これは荷物を運ぶためのドーナツ形の透明な力場を発生させる魔法で、ゲーリッヒが移動すると力場も自動的についてくるようになっている。

 ゲーリッヒは続けて【飛翔】と【透明化(インビジヴル)】の魔法を発動させた。

 二人の姿は空気に溶け込むように見えなくなり、そのまま空中へとゆっくり浮かび上がった。


 ゲーリッヒたちは広場の上をゆっくりと移動していく。透明化は繊細な魔法で、少しの衝撃でも術が解けてしまう。

 ゲーリッヒは広場中央の記念碑の上で停止した。

 眼下に見下ろす石舞台の上には槍を構えた兵士たちが警戒している。少し離れた戦線ではギリアンと丘巨人が押し寄せる魔物を蹴散らしていた。


 ゲーリッヒは慎重に高度を下げていくと、手にした瓶を石舞台の中央に放り投げた。



 記念碑を警護していた兵士は、ガシャン!という陶器が砕ける音に驚き、振り返った。


「なんだ、これは?」


 足もとには陶器の破片が散らばり、赤い液体が石の上に広がっていく。


「血……なのか?」


 どこから飛んできたのかと空を見上げるが、兵士にはゲーリッヒたちの姿は見えない。血のような液体は石に染み込んでいくように見える。兵士たちは赤い液体を取り囲んで顔を見合わせた。


 異変はすぐにあらわれた。


 ゴ……ゴ……ゴ…ゴゴ…


 地鳴りが聞こえ、広場全体が揺れはじめていた。



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