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44 ユキ、参戦


 ユキが広場に到着すると、そこは激しい戦場だった。

 多数の人型魔物に巨大な肉食の蜘蛛が兵士や冒険者と入り乱れて混戦になっている。上空には洞窟蜂とスタージが飛び交い、飛竜(ワイバーン)の姿も見えた。

 ユキはしばし茫然と立ち尽くしていたが、我にかえると民間人を探しはじめた。目視では広場に民間人の姿は見えないが、どこかに避難民が収容されているはずだ。一般的に考えれば奥の大教会あたりか、その周囲の行政区、軍事区域の施設だろう。

 

 離れた場所で金髪の魔法使いがマジックミサイルの魔法を使った。二十個以上の青い光が魔法使いの周りに浮かび上がり、それぞれが上空の魔物に向かって飛んでゆく。正確に羽根を撃ち抜かれた魔物たちが次々に広場に落下していった。

 その近くでは巨大な盾を持った戦士が大蜘蛛の突進を受け止め、その隙に横に回り込んだ侍が一撃で大蜘蛛の胴体を両断する。

 ユキは自分がここに紛れ込んでいるのが、ひどく場違いな気がした。

 戦闘の邪魔にならないように、隅っこの方を移動していこうとユキは思った。五、六番通りの前を通って行政区にたどり着けば大教会はすぐそこだ。反対側の一番通りのあたりは激戦区のようなので近づかないほうがよさそうだった。


 広場を建物に沿って逆時計回りに進んで行くが、戦闘はすぐ近くで行われていて気が抜けない。しばらく進むと目の前が開けたが、そうなると逆に目立ってしまうのか、混戦から抜け出したゴブリンの群れがユキの方に走ってきた。

 ユキが慌ててマジックバッグを探っていると、上空から洞窟蜂がゴブリンの一匹に襲いかかった。洞窟蜂は背後からゴブリンの首を大顎でがっちりと咥えこみ、仲間のゴブリンの攻撃をものともせずに空中に連れ去っていく。 

 どうやら虫型の魔物は敵味方の区別がついていないらしい。魔物を操る場合、知能が高く強い魔力を持つ魔物ほど操るのは難しいが、逆に命令を理解する知能がなく強い本能的な欲求を持つ場合も制御が難しくなる。この場合は食欲が強すぎて動くものには見境なく襲いかかっているのだろう。ましてやこれだけの数を完全に制御するのは困難だ。これはユキが魔物を召喚する際に注意することを師匠から教わった知識だが、魔物使いにも当てはまると考えていいだろう。


 ユキはゴブリンの歯を取りだし、こちらに向かってくるのと同じ数の四体を召喚した。とりあえず時間が稼げれば、それでいい。

 ゴブリンたちが戦いを始めると、いきなり炎の渦が湧きあがってゴブリンたちを包み込んだ。召喚したゴブリンの反応が途絶えて消滅したことがわかる。炎が消えると焼け焦げたゴブリンたちは動かなくなっていた。

 どこかの魔法使いがユキを助けようとしてくれたのだろうか。広場を観察するが、戦場は混沌としていて誰がやったのかはわからなかった。

 ユキが召喚したゴブリンは巻き添えを食らったわけだが、よくよく考えれば他の冒険者や兵士にはただの魔物と見分けがつかないので仕方のないことだ。

 ユキは誰かもわからない魔法使いの好意に感謝しつつ先を急いだ。


「ユキちゃん!」


 五番通りの前を抜けてしばらく進むと、不意に名前を呼ばれてユキは立ち止まった。

 聞き覚えのある声に、まさかと思って目を向けると、酒場の看板の影からニナさんが手招きをしていた。


「え? ニナさん!?」


 ユキは驚いてニナさんに走り寄る。


「ちょっとユキちゃん、一人で何してんだい。 あぶないよ」


 ニナさんは声をひそめてユキを咎めた。


「それは、こっちのセリフです。 ニナさんを探しに来たんですよ。 ニナさんこそ、こんなところで何をしてるんですか」


「あら、それはすまなかったねえ」


 ニナさんは自分が捜索されているとは思っていなかったのか、驚いた顔をした。

 

「広場まで来たのはいいんだけど、大変なことになってるから大教会に避難しようと思ったんだけどさ、いろいろ見物してるうちに行政区まで魔物が入ってきちゃって、仕方ないからここに隠れてたんだよ」


「見物……ですか……」


 ユキは大きくため息をついた。


「それにしても、よく無事でしたね」


「これでも昔は冒険者でね、盗賊(シーフ)をやってたから、隠れるのは得意なんだよ」


 ニナさんは、お気楽そうに、あははと笑った。


「えと……ここに居るのもなんですから、とりあえず戻りましょうか」


「そうは言っても、通りだって危ないよ。 朝市はやってたんだけどね、値段の交渉をしてたら魔物が襲ってきてねえ。 あたしはすぐに隠れたんだけど、そしたらそこの親父が剣を取り出してね、これがけっこう強いんだわ」


「はあ……朝市……やってたんですね………」


 商人というのは、けっこう根性が入っているようだ。


「で、親父が魔物を倒しちゃったから、また値段の交渉をはじめたんだけど、けっこう負けてくれてねえ。 つい多めに買い込んじゃったよ」


「いや、そこは避難しましょうよ! なんで平然と買い物の続きやってるんですか!?」


 自慢そうに食材の詰まった袋を見せるニナさんに思わず突っ込んでしまう。そもそも戦場で世間話をしているのもどうなのかと思うのだが。


「そりゃあ、『お客様に美味しい食事と憩いのひとときを』ってのがうちのポリシーで………って、ユキちゃん! あれ! あれ!」


 ニナさんが血相を変えて広場の方を指さして叫んだ。


「わあ!」


 振り返ったユキも思わず叫び声をあげた。


 広場から真っ黒な巨大な蜘蛛が前肢を高く上げて走ってくる。大蜘蛛は明らかにユキたちを狙ってまっすぐにこちらへと向かっていた。

 ユキはあらかじめ手に握っていたゴブリンの歯を投げつけた。五体のゴブリンが召喚されて大蜘蛛の前に立ちはだかるが、大蜘蛛は長い前肢で抱きつくように三体のゴブリンを引き寄せると毒牙を突き立てる。

 致命傷を受けたゴブリンは消滅し、大蜘蛛は戸惑ったようにキョロキョロしてから残ったゴブリンに飛びついた。


 ゴブリンでは話にならないと思ったユキはマジックバッグに手を入れた。そしてユキの手には納まらない大きな犬歯を取り出す。

 カイトがくれた丘巨人の歯だ。いまの自分にこれが使えるのかは、まだ試していない。

 ゴブリンを倒した大蜘蛛が、くるりとこちらに向き直った。


「お願い!」


 ユキは祈りながら巨人の歯を投げた。

 白い水蒸気のような煙が歯から噴き出しかと思うと、ユキの目の前に背中を向けて片膝をついた巨人の姿が現れた。

 巨人は立ち上がると、手にした大木のようなこん棒を走ってくる大蜘蛛に振り下ろす。

 ドン! と、衝撃音が響き、大蜘蛛は一撃で潰れてぺしゃんこになった。


「グオオォォーーー!!」


 丘巨人は広場中に響き渡る雄叫びをあげ、戦闘中の皆がぎょっとしてこちらに視線を向ける。

 この丘巨人を護衛にすればニナさんを連れて宿まで戻ることはできそうだが、必要以上に目立ちそうではある。

 それよりも、他から見れば召喚した丘巨人もただの魔物なので、味方だとわかってもらうのが難しいかもしれない。

 何匹かのオークが剣や斧を振りかざして丘巨人に向かってくる。どうやらむこうは、ユキの召喚した丘巨人が敵だと認識しているらしい。

 丘巨人はこん棒を振ってオークを軽く蹴散らすが、兵士が放った矢が丘巨人の腕に刺さる。


「いけない!」


 丘巨人の怒りの感情が流れ込んできて、ユキは慌てて丘巨人に駆け寄った。召喚した魔物は召喚者との距離が近いほど支配力は強くなる。制御が効かなければ、兵士に殴りかかりかねないほどの怒りだ。

 丘巨人は身を屈めると、片手でそっとユキを抱き上げて肩の上に乗せた。ユキに触れると怒りは収まったらしく、ユキは胸を撫で下ろした。


「風の盾!」


 自分に飛び道具避けの魔法をかけておいた。こうして肩の上に乗っていれば、丘巨人にも弓矢は当たらない。

 近くの冒険者が弓と杖をこちらに向けて身構えている。

 ユキは硬い笑顔で手を振って見せ、精一杯の敵じゃありませんよアピールをしてみた。


「ゴオオオッ!」


 そのとき、離れた場所のオーガが丘巨人に吼えかかった。


「グゴアアアァッ!」


「わあ!?」


 丘巨人は吼え返すとオーガに向かってズシズシと走りだした。流れてきた感情をざっくり翻訳すると、

オーガ「おう、どこのモンじゃ、ワレ! いてこますぞ!」

丘巨人「ああ!? なめとんか、てめえ! 上等じゃ、ぶち殺したる!」

 といった感じになる。


 どうやら丘巨人はかなり怒りっぽいらしい。頭に血が上ってユキの制止も聞かない。ユキの力では完全にコントロールするのは無理のようだ。せめて人間には攻撃しないようにと必死で命令を送る。

 

「ちょっとユキちゃん! どこ行くんだい!?」


「すいませーん! 止まらないんですー!」


 ユキを乗せた丘巨人は叫びながら広場の奥の激戦区へと突撃していく。

 オーガもかなりの巨体だが、それでも丘巨人の胸のあたりが頭になる。その巨人の肩に乗ったユキは広場のどこにいても一目瞭然だった。 


「あらら、行っちゃったよ」


 ユキを乗せた丘巨人がオーガを一撃で叩きのめすと、広場全体から地響きのような歓声があがった。


「さすが賢者様だねー。 ユキちゃん、すごいわ。 ……わたしは、隠れといたほうがよさそうだね」


 ニナさんは、ユキに注目が集まってる隙に、再び物陰に身を隠すことにした。




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