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43 ルシア奮迅


 赤く染まりだした東の空を背に、ルシアは村人と合流しながらひとかたまりになって宿への帰路についていた。

 坂道の途中にあったシンタの家ではコジローの吠え声に反応して多くの魔物が集まっていたが、扉や窓に魔物が取りつくと家の中からコジローが激しく吠えたてて魔物を怯ませていた。ここに魔物が集まっていたおかげで他の家にはほとんど被害がなかったようだ。

その魔物も兵士が到着する前にルシアが一人で片付けてしまった。


 現在は兵士のほかに冒険者も到着し、宿への道を確保して住民の避難を誘導しているので、ルシアも一息ついたところだ。

 ルシアはべそをかいていたシンタと手を繋ぎ、隣ではコジローが尻尾を振りながらシンタに寄り添って歩いている。


 ルシアはなぜ自分がこんなことをしているのかを考えていた。少なくともいままでの自分ではあり得ない行動だった。

 子供たちは、その小さなコミュニティに自分を受け入れてくれた。ただの人間として受け入れてもらえたということ、それ自体がいままでのルシアの経験にはなかったことなのだ。

 たとえ一時でもいま自分がいる場所を守りたかったのかもしれない。自分のために、自分がそうしたいからやったことなのだということでルシアは納得した。


 握った手にぎゅっと力を入れると、シンタは赤く腫らした目でルシアを見上げてはにかんだ。

 ルシアが守った笑顔だ。

 自分は昔と変わらず好きなようにやっているだけだ。それでも、その結果で誰かがこんな風に笑うなどということは今までなかった。

 心が暖かくなるような、満ち足りた気持ちになる。生まれ変わったような不思議な気分だった。


「やめた」


 ルシアはあっけらかんとした口調で言った。


「なにが?」


 シンタが不思議そうな顔でルシアを見上げる。


「もう、魔王はやめた」


「なにそれ? へんなの」


「はははっ、まあ、気にするな」


 ルシアはすっきりとした顔で言うと、カラカラと笑った。

 魔王だったアルシアザードは、もういない。自分はただのルシアなのだ。

 それでいい。


 

 しばらく進むと、民家の前に数人の兵士がいた。玄関から別の兵士が出てきて「ここも誰もいません」と、仲間に告げる。



「誰もいない? あそこは空き家なのか?」


 ルシアがいぶかしげに近くの村人に尋ねた。


「あそこは果樹園で働いてるサンチェスさんの夫婦が住んでます。 いまの次期は週に二日、果樹園に泊まりこんで夜明け前に収穫した分を朝市に出すんです。 今日は果樹園に泊まってるんですよ」


「む……果樹園か……」


「すぐそこの丘が果樹園ですから、ここには果樹園で働いている人が多いですね」


 騎馬兵が説明の捕捉をする。ルシアはいつの間にか兵士にも敬語で話しかけられるようになっていた。

 果樹園なら昨日に子供たちと行ったところだ。二階建ての施設があって、そこで果実を搾ったジュースをもらったのを覚えている。


「では、行ってくるか」


「ルシアねえちゃん、果樹園に行くの?」


 シンタが目をまるくして尋ねた。


「うむ、あそこの者たちには世話になった。 ギンジの親御もあそこにおるのだろう? なにかあっては、ギンジが悲しむ」


 子供たちには次に会ったときにも笑っていてほしいとルシアは思った。


「でも、村の外はもっと魔物が……」


「心配するな、問題ない。 それよりも、わしがおらんからといって、また泣くでないぞ」


「な、泣いてないよ!」


「ふふ、なら、宿で待っておれ。 お主ら、皆のことはまかせたぞ」


 ルシアは兵士にも声をかけると走り出した。

 北への横道を曲がるとあとは一本道だ。道は左へと曲がりながら開けた場所に出る。

 広場には十数人の兵士と冒険者が集まっていた。北側には村を囲う木の柵があり、小さな兵士の詰所の横に通用門が備え付けられている。

 柵の外には魔物が集まっていて、通用門に近づく魔物を兵士たちが柵越しに槍で突いている。


「あ! ルシア!」


 聞き覚えのある声に目を向けると、ギンジが広場の隅にきれいな若い女性と立っていた。共同炊事場でも見かけたので、おそらくギンジの母親だろう。


「おお、ギンジ。 こんなところでなにをしておる?」


「父ちゃんが……俺の父ちゃんが、あそこに……」


 ギンジは果樹園の方を睨んで泣きそうな顔をしていた。ギンジの母はギンジの肩を抱いて、青い顔で茫然と立ち尽くしている。

 果樹園の中の作業場、兼宿泊施設は二百メートルほど先にあり、その様子は肉眼でも確認できる。朝日のなか、作業場には蟻のようにゴブリンやオークが群がっていた。窓は壊されていたが、中から机やイスで魔物を防ぎ、男たちが槍で応戦している。二階の窓からは何人かが弩を撃っているが、焼け石に水といった感じだ。

 

「おまえたちは、助けに行かぬのか?」


 ルシアは近くの冒険者に声をかけた。


「無理だ……敵の数が多すぎる。 増援の要請はしているが、南門がたいへんなことになってるらしいから、十分な数が来るかどうか……」


 ルシアには人間と魔物の戦力比というものがよくわからない。

 ルシアの後を追ってきた騎馬兵たちも広場に到着した。


「まあよい、ギンジ、安心しろ。 わしが来たからには、もう大丈夫じゃ」


 そう言うとルシアは柵に向かって悠然と歩きだした。


「ルシア……?」


「ああ! ルシアさん、またそういう危険なことは……」


「おまえらに任せておっては、間に合わぬだろうが」


 ルシアは騎馬兵に言い捨てると、勢いをつけて飛び上がり、柵を蹴って宙に舞う。そのまま向こう側に着地したとたんに周りから魔物が押し寄せた。

 広場にいた誰もが息を呑んだが、ルシアがくるりと体を回すと魔物たちが四方八方に弾け飛んだ。

 吹き飛んだオークが柵に激突する。


「おっと、柵を壊しては不味いか」


 掌底でオークを弾き飛ばしたルシアは、オークの落とした剣を拾い上げた。

 かたまって押し寄せる魔物にルシアが踏み込んで剣を振ると、たった一振りで五、六匹の魔物が斬り倒される。

 そこから先は、もはや戦いにすら見えなかった。

 ルシアが豪快に剣を振る度に魔物たちがまとめて斬り倒されていく。それでも魔物たちは怯むことなく、炎に群がる虫のようにルシアという死神を目掛けてただ飛び込んでいった。

 柵の前の魔物が一掃されるまでに二分とかからなかった。


「ふむ、これで逃げ出さぬということは、魔物使いに操られておるな」


 ルシアは呟くと、丘から駆けおりてくる魔物の群れめがけて剣を水平に振り払った。

 それだけで横並びに押し寄せる十数匹の魔物がばたばた倒れ、後ろの土が弾けてめくれあがる。


「ちょうどよいなまくら(・・・・)具合じゃな」


 ルシアはにやりと笑うと、作業場めがけて斜面を駆け上がった。


「ちょっと、あれ、なんですか!? むちゃくちゃなんですけど!」

「誰だよ、あれ! 完全にSランク級だろ!」


 柵の内側から固唾を飲んで見守っていた兵士や冒険者たちが騒ぎはじめた。


「お、おい! それよりも、ルートの確保だ!」


 兵士の一人が叫ぶと、皆ははっとして動きはじめた。

 通用門から外に飛び出し、広場のように開けたスペースを確保する。避難してきた村人が魔物に襲われないように、避難ルートに魔物を近づけないようにしなければならない。


 ルシアはあっという間に施設にたどり着くと、群がる魔物に斬り込み、瞬く間にその数を減らしていく。

 兵士たちが避難ルートを確保する前にルシアは魔物を倒しきってしまった。


 兵士が安全を確認すると、施設から出てきた村人たちが次々に村に戻ってくる。

 最後にルシアが柵の前まで戻ってくると、拍手と歓声が出迎えた。ルシアは驚いたように目をまるくする。


「すっげー! ルシア、かっこいい!」


 ギンジが走ってきてルシアに飛びついた。後ろではギンジの母が救出された父と抱き合って喜んでいる。


「こらこら、ギンジ、ひっつくと汚れてしまうぞ」


 返り血で染まったルシアは、照れくさそうに笑った。


「ルシア、魔法使いとか言ってたけど、ほんとは剣士だったんだな!」


「いや、わしはーー」


「おい! あれを見ろ!」


 とつぜん兵士の一人が大声で叫んだ。

 その指さす方向ーー村の東側から柵沿いを大型の魔物の集団がやってくる。

 丘巨人(ヒルジャイアント)を先頭に、十体ほどのオーガにトロールも居る。


「大型の魔物が、あんなに……!」

「まずいぞ、あれに攻撃されたら、柵がもたない」


 兵士たちは青ざめているが、ルシアは古びた剣を肩にかつぎながら歩きだした。


「あれを倒せばよいのじゃな?」


 魔物の群れを指さしながら、道でも尋ねるように兵士に確認する。


「あ、ああ……だが、あれはオークどものようには……」


「大丈夫じゃ、問題ない」


 ルシアは事も無げに言うと、魔物の群れに向かって走り出した。








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