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42 ゴブリンライダー


 ユキは宿を飛び出すと、広場に向かって駆け出した。賢者の色である紫色のローブを纏い、細長い棒の先に飾りのついた杖を携えている。


 魔物のうろつく市街地を冒険者とはいえDランクの後衛職が一人で飛び出すのは無茶である。だが、その危険な場所に出掛けているニナを放っておくことはユキにはできなかった。

 そもそも戒厳令の出ているなか、無謀な判断で勝手に出ていった行きずりの宿の女将にそこまでする義理はないのだが、楽しく世間話をして笑いあったりしたニナは、ユキにとってはすでに【お友達】として認識されており、その友達を見捨てて宿にじっと籠っているという選択肢はユキには存在しなかった。

 ようするに、ユキはとんでもなくお人好しなのだ。そのくせ、宿ではまだ村人たちのために自分にできることがあるのに、それを放り出して私情を優先させる自分は身勝手な人間だと本気で考えている。つまり自覚のないお人好しで、これはこれでタチが悪い。

 そんなわけでユキは『命に替えてもニナさんを無事に連れ戻す』という強烈な使命感を胸に

通りをひた走っていた。


 しばらく進むと、前方に人影が見えた。人影は三つ。明るくなり始めた東の空を照り返して猫のように目を光らせていて、遠目でも人間ではないと知れる。ゴブリンが二匹とオークが一匹、ユキを見つけると武器を振り上げて走ってきた。


「さっそくですね……」


 ユキは緊張した声で呟くと、マジックバッグから松明を取り出した。ライトと祝福の魔法を重ね掛けした光が溢れだすと、魔物たちは立ち止まって怒声をあげながら眩しそうに手を翳す。

 ユキはその隙にゴブリンの横を駆け抜けて先に進んだ。そのまま村の中心部を目指すが、すぐに後をついてくる足音に気づいた。振り向くと、さっきの魔物がユキを追ってくる。

 

「どうしよう……」


 少し考えてユキは足を止めた。まだ他にもうろついている魔物はいるだろう。時間も魔力も惜しいが、これ以上数が増えるとユキの手には負えなくなる可能性がある。いまのうちに叩いておくのが得策だと判断した。


マジックミサイル(魔法の矢)!」


 ユキが杖を振り上げると、その頭上に青い光の玉が三つ浮かび上がる。ユキには、これが一度に出せる限界だ。

 杖を振り下ろすと光の玉は残光を曳きながら魔物に飛んでいく。

 マジックミサイルの直撃を受けた二匹のゴブリンは勢いよく後ろに倒れて動かなくなるが、オークは少しよろめいたものの倒れはしなかった。

 ユキは杖をかまえて松明を突きだしながらオークに近づく。オークは丸盾で光から顔を守り、剣をでたらめに振り回した。これだけでユキは攻めあぐねてしまう。

 オークは盾で自らの視界を塞ぎながらも、隙間から足下はしっかり見ているので、下手に近づけば剣の餌食だ。


 ユキは松明から手を離すと、ゴブリンの歯を取り出して目の前に放り投げた。

 二匹のゴブリンが現れてオークに掴みかかる。一匹はオークの剣に斬りつけられて消滅するが、残った一匹がオークの足にしがみついた。

 オークはゴブリンを引き剥がそうと暴れだし、盾が下がる。ユキは狙いをつけてオークの喉に杖の先を叩き込んだ。

 呻きながら倒れたオークにゴブリンが馬乗りになって何度も棍棒を振り下ろす。ユキは最後まで確認せずに走り出した。少なくとも、もうこれで追ってくることはないだろう。


 やがて建物が密集しはじめ、未舗装の道が石畳に変わり市街地へと入る。

 通りのそこかしこに魔物の死体が転がっている。ゴブリン、コボルド、オーク、ホブゴブリン、バグベア、グールなど、まるでダンジョンで見かける人型魔物の展示会のようだ。


 少し先で冒険者のパーティーが駆け足で辻を左に曲がっていくのが見えた。他に人影はなく、ユキは辻をまっすぐ進み、広場を目指す。

 朝市が開かれるのは四番、五番通りの広場入口近辺らしいが、さすがにこの様子では朝市どころではないだろう。


 次の辻が見えてきた辺りでユキは足を止めた。

 遠くからたくさんの獣の唸り声が聞こえる。

 すると、辻を曲がって魔獣の群れがこちらへ押し寄せてきた。明るいオレンジの体毛に黒い斑の筋が入った模様は虎を思わせるが、これはセブウルフという狂暴な狼だ。簡素な鞍と手綱が装着され、その背中にはゴブリンが乗っている。


「ゴブリンライダー!?」


 ユキは路地に向かって走り出した。まともに戦ってどうにかなる数ではない。

 ゴブリンライダーの群れはガウガウと吠えたてながら、すごいスピードで近づいてくる。路地にたどり着く前に追いつかれたら助からない。先に路地に入れたとしても、囲まれはしないがすぐに追いつかれてしまうだろう。

 ユキは走りながらマジックバッグに手を入れた。ここから先は、判断を間違えると死に直結する。


 ユキは赤い粉末の入った瓶を取り出した。故郷の村を出るときに師匠にもらった魔法の触媒だ。興奮作用のある薬草を擂り潰して乾燥させたもので、魔物の狂暴性を高める効果がある。


薬効強化(レイズドープ)!」


 瓶に魔法をかけながらこちらが風上であることを確認した。

 ゴブリンライダーの群れが目の前に迫る。

 ユキは瓶の蓋を開けて中身を空中にぶちまけた。赤い粉末は強風に乗って拡散する。ユキはそのまま路地に飛び込み、振り向きざまに杖を突きだして魔法をかける。


「ウォール!」


 荷物を運ぶための浮き上がる力場を作り出す魔術師の下位魔法をユキが魔術回路を解析、改造して作ったオリジナル魔法だ。

 飛びかかってきたセブウルフがユキの目前で透明な壁に阻まれる。セブウルフは二本足で立ち上がるようにして前足で透明な壁をガリガリ引っ掻き、ユキに牙を剥いた。


「ウォール! ウォール!」


 ユキは続けて上下にも壁を作り出した。力場の大きさは一メートルにも満たず、一つでは全体をカバーしきれないのだ。

 危ういところで足下から路地に突っ込んできたセブウルフが壁に阻まれる。

 路地の入口に魔法で狂暴化したゴブリンライダーが殺到し、透明な力場がミシミシと軋む。それなりに重たい荷物を持ち上げるだけの強度はあるが、もともと戦闘用ではないので衝撃に強いわけではない。以前に使ったときはオーガの一撃で粉砕されたこともある。


 ユキはマジックバッグからゴブリンの歯を一掴み取り出すと、路地の壁と力場の隙間に投げつけて通りにばらまいた。

 群れのなかにゴブリンが召喚され、一斉にゴブリンライダーに襲いかかる。その数は七体。召喚されたゴブリンたちはユキと繋がっていて、その数やある程度の状態を召喚者のユキは把握できる。触媒に余裕があるときでもなければなかなか確認する機会がないが、いまのユキが一度に召喚できる限界がこの七体だった。


 不意を突かれたゴブリンライダーたちは召喚されたゴブリンの棍棒や小剣の攻撃を受けて騷つくが、すぐにセブウルフが反撃を始めると、その牙や爪の前にあっさりと消滅していく。

 しかし、一匹のセブウルフが突然ゴブリンライダーに飛びかかってその首に食らいついた。操者のゴブリンライダーが引き離そうとするが、狂暴化したセブウルフは命令を聞かない。裏切りと判断した回りのゴブリンライダーたちが暴走したセブウルフに攻撃をはじめると、それを皮切りに暴走が一気に広まり、激しい同士討ちがはじまった。


 セブウルフは騎手であるゴブリンライダーを振り落として襲いかかり、そのセブウルフを別のセブウルフが攻撃する。

 すでにユキは魔物たちの眼中にはない。

 ユキは肩で息をしながら壁にもたれかかって凄惨な同士討ちの成り行きを見守り、路地の奥にも気を配っていた。

 このままこの場を後にして路地を進むべきか迷ったが、他の魔物に至近距離で遭遇する危険があり、道に迷ってしまう可能性もある。やはり見通しのいい通りを行くべきだろう。


 やがて傷だらけになった一匹のセブウルフが残ると、ユキは七体のゴブリンを召喚してとどめを刺した。


 ユキは大きく息をつくと、ふらつきながら通りに戻った。血の海になった石畳の道を朝焼けの赤い光が照らしている。

 震えている足を叩いて気合いを入れ直すと、ユキは再び広場を目指して進みはじめた。

 そこになにが待つのかも知らず、運命の糸に導かれるように。



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